第13話 変わり始める世界 後編

「いや、ネタバレして良かったのか?攻撃が分かっていれば俺は避けるばかりだぜ?」


 俺はゴルグに対してドヤ顔でそう宣言した。スーツの弱点をつけば動揺すると思ったんだろうがそうは行かないぜ。

 この言葉を聞いた奴は静かにクククと笑って、俺の言葉など全く気にしていない風に言葉を返した。


「じゃあ、避けているといい。逃げ場はどんどんなくなっていくよ」


「そんなハッタリ……」


 ゴルグは次の瞬間、超高速で口からジェルの大きな塊を次々に吐き出し始めた。それは出入り口のドアから始まり周りの壁を一瞬で埋め尽くす。

 周りの景色があっと言う間に奴の吐き出したジェルの青い色に埋め尽くされて俺は言葉を失った。


「う、嘘……だろ?そんな一瞬で……」


 これで俺はこの部屋からの脱出は不可能になった。きっとこのジェルに捕まったら俺は動きを封じられてしまうのだろう。ずっと固定されてしまえば、敵は何もしなくてもそのまま放置するだけで俺は身動きが一切取れないまま窒息してしまうのだろう。

 逃げ場はもうどこにもない。くそっ!こんな方法があったのか。スーツの力に頼り過ぎていた。一体どうすれば……。


「スーツの力を信じて!こんな所で負けるはずないんだから!」


 こんな時に所長から届いたメッセージは無責任とも取れる不確実なものだった。この言葉を聞いた俺は思わず不満をぶちまける。

 至近距離に敵がいると言うのも気にせずに大声で叫んでいた。


「信じれば奇跡が起こるって言うんですか!こんな状況で」


「出来る!スーツを!私を信じて!君はヒーローなのよ!不可能を可能にする存在なの!」


 変わらずスーツを信じろという所長の言葉に対し、俺は全く話にならないと思った。

 余裕があるからなのか、このやり取りの間もゴルグは俺に攻撃しようとはしていなかった。ある意味絶好のチャンスだと言うのに。

 そんな奴はニタニタと笑いながらゆっくりと俺に近付いて来る。くそ、何もいい手が思い浮かばない!


「さて、じわりじわりと嬲り殺しにしますかあ」


「ふっ……古来から悪が栄えた試しはないんだぜ?」


 勝ちを確信したゴルグを前に、俺は苦し紛れの負け惜しみを言った。勿論そんな言葉が通じる相手ではない事もよく分かっている。

 でも何か言わないと戦う前から負けた気がして仕方なかったのだ。この言葉を聞いた奴は声高々に笑いながら持論を述べた。


「それは勝った側が常に正義を名乗ったからです。僕が勝てば君が悪なのですよ!」


 このゴルグの言葉には説得力があった。今までの歴史は常に強者が塗り替えて来たものだ。

 だが、ここで俺が負けてしまってはヒーローになった意味がない。ヒーローは逆境を乗り越えるものだ!


「俺は悪にはならない!お前を倒してそれを証明する!」


「出来るものならね……」


 ゴルグはゆっくりと、しかし確実に俺との距離を詰めてくる。その恐怖とプレッシャーは計り知れないものだった。

 戦いの中で俺は初めて死を意識した。スーツが無敵過ぎて今までこんな日が来る事なんて想像すらしていなかった。

 冷や汗が頬を伝う。スーツの内側の手が汗で滲んでいる。どうすればいい?奴の攻撃を無効化するには――。

 そうだ!あの攻撃はそもそも口から吐く粘液だ!ならその口を使えなくしてしまえばいい!俺が本気でヤツの口を殴れば、あるいは!今はそれに賭けるしかない!


「うおおおー!」


「はい、ビンゴ!」


 俺は奴が攻撃に移る前に速攻で攻撃を仕掛けた――はずだった。自分でも渾身のスピードでゴルグに迫り、攻撃は確実にヒットすると思った。

 でも、それこそがヤツの仕掛けた罠だった。俺が攻撃で一番近付いた瞬間にゴルグは軽くプッと口からジェルを吐き出した。

 気付いた時にはもう遅かった。俺は一瞬の内にそのジェルの取り込まれてしまう。ジェルの中で俺は完全に身動きが取れなくなっていた。

 その様子を見て自分の勝利を確信したゴルグは、俺に向かて憐れむような顔をしながら言った。


「スーツも欠陥なら、中の君も間抜けだなぁ。熱血で物語が成立したのは遠い過去の話だよ」


 こ、こんな所で……。こんな所で倒される訳にはいかない!俺は溢れる熱意をこの状態から脱出する為に使った。正確には本気を出して100%以上の気合でここから脱出しようとただがむしゃらに踏ん張った。

 その時だった。俺の熱意にスーツが呼応したのだ。溢れる熱意は実際の熱量に変換されて俺を取り込んだジェルに異変を起こさせていた。

 これならもしかしたら何とかなるかも知れない。そう思った俺は高みの見物を決め込むゴルグに対し忠告の意味も込めて宣言する。


「……と、思うじゃん?」


 スーツから発生したエネルギーがジェルを蒸発させていく。その様子を見て流石のヤツも動揺し始めた。


「な、馬鹿な!俺のジェルが」


 スーツが熱を発生させて数秒後にはもうすっかりジェルは蒸発しきっていた。ここからは俺のターン!

 スーツが生み出した力を思い次第で自由に操作出来ると実感した俺は、この熱エネルギーを右腕に集中させて必殺技として撃ち込んだ!


「ヒーロー熱血スマーッシュ!」


 俺が初めて身につけたこの技を受けてゴルグは豆腐が砕け散るようにあっけなく粉砕された。奴の身体は外側の硬い殻の部分以外はほぼ液状だったのだ。力は加減したつもりだったのだが、結果的に一撃で奴を倒してしまった。

 そのせいで組織の詳しい事など聞く事は出来なかったが、やってしまった事をいつまでも悔やんでも仕方ない。

 どう考えたって正当防衛だし、敵は人間じゃなかった。罪の意識は今は忘れよう。とにかく、正義は勝ったのだ。


「ね?私の言う事は正しかったでしょ」


「これがスーツの潜在能力……やっとヒーローぽくなって来た!やったぜ!」


 所長の言葉が計算されたものなのか、ただの結果論だったのかは今は分からない。

 けれど今、こうして俺は初めての必殺技を手に入れた。ただ防御が完璧なだけじゃない、強い攻撃力も手に入れたんだ。

 名実共にヒーローになったとこの時俺は初めて実感した。きっとまだまだああ言うバケモノは俺の前に現れるのだろう。

 でも、もう負けない!ヒーローらしく立ちふさがる悪は全て打ち倒そうとこの時俺は心から強く誓ったのだった。



「計画が動き始めました」


「ふ……もう止まらない。止められないな」


 俺を観察していたらしき組織の幹部がボス的存在を前にそう告げる。いよいよ本格的に悪が動き出すらしい。

 嵐の前の静けさの中で、俺はこれから起こるであろう苛烈な日々をまだ何も知らずにいた。

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