第12話 変わり始める世界 中編

「誰だ」


「僕はガシューのエージェント……そうだな、ゴルグとでも呼んでくれ。この間君が倒した実験体とは格が違う」


 そいつは自分の事をゴルグと名乗った。そしてやはりと言うか当然と言うか、先日公園に現れたバケモノの仲間だった。

 ゴルグが言うには公園で暴れたアレは実験体だったらしい。ここまで勝手に喋ってくれると言う事は、うまく誘導すればこいつらの正体が分かるかも知れない。俺はこいつから何とか情報を引き出そうと感情を抑えながら話をする事にした。


「俺が倒した?まさかあいつはお前らの」


「そうだよ。まずは君の"精度"が知りたかったからね。予想以上に君のレベルが低かったから拍子抜けしてしまったよ」


 どうやら自分が行動を起こす前に俺の能力を確かめるためにあいつを送り込んだらしい。何て奴だ。

 そうして俺の能力を調べた結果、それが想定以下だったと言って馬鹿にしたように笑った。

 俺は湧き上がる怒りを何とか抑えて話を続ける。


「一体お前らは何者なんだ……ガシューって言うのが組織の名前なのか」


「そうだよ。悪の組織っぽくていいだろう?」


 こいつは自分のしている事に関して全く罪の意識はなさそうだった。その態度はまさしく悪の組織の構成員そのものだ。

 と、言う事はこいつの所属する組織の目的はやはりお約束のアレだとでも言うのだろうか?

 俺は少しふざけ気味に目の前のバケモノに対して何が目的か尋ねた。


「お前らは一体何がしたいんだ?世界征服か?」


「フフ、まあそう言う事にしておくよ。君はその方が盛り上がるんだろう?ヒーローごっこにはお似合いだ」


「俺が……ヒーローごっこ?」


「だってそうだろう?僕達のようなのが出てくるまで君はその恥ずかしいスーツを着て何をしていた?」


 ゴルグは終始俺を馬鹿にしていた。自分だってバケモノの癖によくそんな口が聞けるものだ。俺がヒーローごっこだって?違うな!ここは奴にハッキリ真実を伝えねばならない。そうしなければ俺はヤツの中で変態扱いのままだ。

 俺は拳を前に突き出してちょっとカッコをつけながら自分が何故スーツを着て活動しているのかその理由を語った。


「これは……そう言う求人があったからだ!」


 この俺の叫びに対する奴の反応はなかった。折角正直に話したと言うのに――納得したのか、そうでないのか、せめてそのリアクションくらいは欲しいところだ。俺がヤツの質問に答えた後、急に静かになって微妙な空気が暫くの間辺りを支配する。

 ああ、何だか急に恥ずかしくなって来たぞ。何だこの放置プレイ……。これもヤツの攻撃なのか?


「ふうん……で、どうするの?僕を捕まえるの?それとも倒すの?」


 十分放置プレイされた後にゴルグはそう言って俺を挑発する。それは自分の能力に絶対の自信を持っている態度だった。

 奇遇だな、実は俺も自分の能力には絶対の自信があるんだぜ。何せ俺は無敵だからな!だからこんな安い挑発には乗らない!


「それはお前の出方次第だ」


 この俺の言葉を受けてヤツは悪党らしい、いやらしい笑みを浮かべて言った。


「じゃあ捕まえてみてご覧よ」


 そこまで言った後、一呼吸置いて更に邪悪な笑みを浮かべて意味ありげに言葉を続ける。


「……出来るのならね」


 ここまで挑発されて冷静でいられるほど俺は人間が出来ていない。ここの従業員が皆殺しにされた怒りもあって、気が付けば俺は全力で奴に殴りかかっていた。この無敵のスーツから繰り出される渾身の一撃を喰らえっ!


「先手必勝パーンチ!」


 俺の一撃はゴルグの左手に簡単に防がれてしまった。ニヤニヤと笑いながら奴は言う。


「素人レベルだねえ」


「くっ」


 悔しいけど、素人に毛が生えた程度の俺の力はこんな人外に対しては余りにも非力だった。一発目を受け止められてしまった俺はすぐにその手を引っ込めて2撃、3撃と連続で拳を繰り出すものの、そのどれもが余裕で止められてしまっていた。

 攻撃を受け止めるのに飽きたのか、今度はヤツの方から拳が飛んで来る。


「それじゃあこっちはこう!」


 奴の繰り出す拳が俺の頬に直撃する。俺は一切攻撃を避けずに奴の思い通りにしてやった。スーツの力を知れば奴も少しは怯むかもしれない……そう思ったからこそのこの態度だった。そうしてスーツはヤツの衝撃を100%吸収した。


「へぇ、資料通りだ。ダメージを吸収するんだ。なるほどね」


 自分の出した拳を引っ込めながらヤツは言った。考えてみれば公園での戦いをこいつは知っている。今更スーツに攻撃が無効だって言うのは相手側も100%理解しているはずだ。この程度で動じる訳がなかった。

 それでも、俺はこのスーツの力を借りて虚勢を張るしかなかった。武器もない今の状況ではハッタリでも武器にするしかない。


「どうだ!俺は勝てなくてもお前には負けない」


「物理攻撃は効かない、と。でも攻撃って言うのはそれだけじゃないんだよ」


 俺のハッタリに対してゴルグは全く何の反応しなかった。それどころか既にその対策を十分しているような口ぶりで言葉を返して来た。

 考えてみればこいつは俺が来る事を想定して待ち構えていた訳で、このまま何の策もなく立ち向かえば勝てる見込みは100%ないと考えるのが妥当とも言えた。奴は次に間違いなく俺に対して有効な攻撃を何か仕掛けてくる。

 それが分かっていてもその攻撃がどんなものか分からない以上、俺は奴に対して何も有効な反応を出来ずにいた。


「早く離れて!そいつ何か狙ってる!」


「えっ?」


 緊張の中で突然所長の声が聞こえて来た。どうやら通信機能が稼働したらしい。俺は反射的にその言葉に従っていた。

 次の瞬間、ゴルグは口から何か粘液のようなものを大量に吐き出した。すぐに飛び退いた事で俺はその攻撃の直撃を免れる事が出来た。


「うわっ!」


 オフィスの床に飛び散ったそれはシュウシュウと白い煙を上げている。まさか、これでこの部屋の従業員をみんな溶かしたのか?

 俺は避けられたかった場合の事を頭の中でシミュレーションして顔が青くなった。いや、このスーツならきっと耐えられるのだろうけど。


「ほう、避けたか。君、誰かと通信しているね。そのスーツの新機能かな?」


 ゴルグはすぐに俺が攻撃を避ける事が出来た理由を解析してしまった。こいつ、意外に頭が良いぞ。

 俺はその質問には答えずに、このスーツの能力を誇示した。


「何だよその攻撃!言っとくけどこのスーツは無敵」


 ここまで喋ったところで、ゴルグはやれやれといったジェスチャーをしながら自らの作戦を俺に語った。


「確かにスーツ自体は無敵かも知れないな。でも周りを脱出出来ないジェルで包めばどうなる?息が続くかい?」


「そ、それは……」


 ゴルグの作戦を聞いて俺はすぐに言葉が出なかった。スーツは無敵でも、周りの空間ごと固定されてしまえばもうスーツの能力ではどうしようもない。この話しぶりから見てどうやら奴は溶解液攻撃だけではなく、そんな攻撃も出来るらしい。

 しかし何故ヤツは黙っていれば確実に成功した作戦をここでバラすのだろう?俺だってそこまで間抜けじゃない。

 馬鹿にされるのも癪なので俺も奴に対して挑発する事にした。

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