変わり始める世界
第11話 変わり始める世界 前編
今朝は珍しく依頼の連絡がなかったので朝はのんびり出来ていた。先日の事件に関する報告書をぼちぼちと書きながら、暇潰しに何となく所長に質問をしてみる。
「所長は結局アレは何だったと思う?」
「まぁ、敵でしょうね」
そう言えば、彼女はヒーロー活動していたら勝手に敵が出てくる論者だった。だからこう言う答えになるのも納得がいく。
敵って言うのは社会の敵って言う意味なのか、それとも個人的な敵って意味なのか。どっちだろう?
でも普通は自分だけを付け狙う存在を敵って言うけど――。
「敵って誰かに狙われている?」
「貴方の存在が邪魔なんでしょうね」
俺の質問に所長はそう答える。やっぱり俺を倒そうとする存在が動き始めたと言う事なのだろうか。倒される要因がひとつも思い浮かばなかった俺はつい言葉を返していた。
「俺が?」
「私のスーツが無敵だから」
ああ、つまり俺そのものじゃなくてスーツの存在が邪魔だと言う訳か。確かに悪党にとって無敵のスーツの存在は邪魔だろうな。
しかしああ言うのが現れたのは今回が初めてな訳で、しかも最後には自爆した。敵の詳細は何ひとつ分かってはいない。
正直、何も分からないと言うのは不安で不気味だ。色んな可能性を考え始めたら止まらなくなる。俺はそんな気持ちを払拭したくて、今考えている事を所長に吐き出した。
「じゃあ、これからあんなのがうじゃうじゃと出てくるとでも?」
「そりゃ出てくるでしょう。私はアレは始まりに過ぎないと見るよ」
今後は常識の通じない人外的な存在との戦闘が続いて起こる事になる。彼女はそう見通していた。ちょ、冗談じゃないぞ。
こっちにはそれを受け入れるには明らかに準備不足な面がある。第一、俺の側にはまともな武器すらもない。敵がもっと強力な兵力を送り込んで来たら対処出来る自信はない。
「じゃあ対策を考えてくださいよ!俺、何の武器も持ってないんですよ!」
「武器なんてなくても私のスーツは無敵だから」
「そりゃダメージを受けないから無敵ではありますけど!」
俺は先の戦闘の経験からスーツが無敵であるが故の利点は何となく理解していた。
ただ、有効な武器がないなら敵にダメージを与える事もままならない事も、その戦闘で実感していた。
俺の熱弁を聞きながら、所長は少し冷めた口調で俺に話す。
「いい?そのスーツをあなたはまだ着こなしていないの」
「え?」
「スーツが100%の能力を発揮すればすごいんだから」
彼女によれば、俺はこのスーツの能力を完全には発揮出来ていないらしい。完全に使いこなせるようになればすごい事が出来るのだと。
その説明があまりに大雑把で不明瞭だったので、俺は更に詳しい説明を所長に求めた。
「どんな風にすごいんですか?」
「そりゃもう……とにかくすごいのよ!」
「何で誤魔化すんですか!」
聞き返しても具体的な事は何ひとつ言ってくれない所長に俺は軽く切れてしまった。俺の気迫に驚いたのか、彼女はハッキリと説明出来ない理由をこう説明する。
「えーとね。正直言うとスーツは着用者の熱意を具現化するのよ。つまり着用者によって効果はバラバラって訳」
「何ですかその不確定要素バリバリ設定」
スーツの無敵設定も謎理論だったけど、スーツの能力設定もまたそれに輪をかけて謎の理論で働くらしい。
この俺の冷静で常識的なツッコミに今度は所長の方が切れ始めた。
「だーかーらー!スーツの力を信じて!能力が目覚めれば大敵の敵は一撃でコロリよ!」
「表現が害虫駆除の薬剤っぽい」
全く、彼女の説明はとても説得力のあるものではなかった。そりゃスーツの力は信じてるけど、もっと強く信じ込めば本当にそんな夢の様な力が発揮出来るんだろうか?俺はその場で椅子に座ったままボクシングの真似事をする。
全く実感を感じられない俺は所長の言葉を信じ切れないでいた。自分の言葉を信用しきれていない雰囲気を察した彼女は付け足すように俺に話す。
「武器だってね、ちゃんと考えているんだから!もうちょっと待っていなさいよ」
「そりゃ待ちますよ。待つしか出来ないんだから」
そんなやり取りをしていると、突然事務所の電話が鳴り響いた。内容は聞かなくても分かる。これはまた仕事の依頼の電話なのだろう。
受話器を取った所長は二、三返事を返してして受話器を置いた。俺はゴクリとつばを飲み込む。
「さ、また仕事よ!すぐに現場に向かって!」
いつものお約束の呼び出しを受けて俺は現場へと直行する。そこには顔なじみの警部がいた。
警部は苦虫を噛み潰したような顔をしながら俺を待っている。その雰囲気に嫌なものを感じながら俺はいつもの調子で警部に軽く話しかけた。
「またテロですか?」
「おお、察しが良くなったな」
「ワンパターンだから流石に読めるようになりますって。で、いつものヤツですか?」
「ああ、だが少し様子がおかしい。注意してくれ」
警部の様子が普段と違っていたのはそれが原因のようだった。その言葉に違和感を覚えた俺は、その言葉の意味を尋ねる。
「様子がおかしい?いつもと何が違うんですか?」
「やけに静か過ぎるんだ……嫌な予感しかしない」
「俺のスーツは無敵ですよ!安心してください!すぐ解決して来ますよ!」
警部の心配を他所に俺は現場になっている部屋に向かった。その場所はまたしてもビルの一室。バカのひとつ覚えみたいに同じパターンだ。
前回と違うと言えば、そのオフィスの誰も逃げ出せていないところだろうか。これは状況によってはかなり大変な事になりそうだ。スーツの力を信じてはいるものの、大勢の人物を人質に取られたら果たしてどう対処していいものやら――。
いざとなったら多少の犠牲は覚悟してもらうしかないか――いや、きっと俺なら大丈夫だ、いつもの様にやればいいさ。
そう楽天的に考えながら俺は勢い良くオフィスのドアを開ける。
「へいへいへーい!無駄な抵抗はやめ……な……」
ドアを開けた俺の目に飛び込んで来たのは、無数のかつて従業員だった人々の成れの果ての姿だった。見た感じの印象でしかないけど、みんな見事に"溶かされて"いる。今まで何度も事件の現場に飛び込んで来たけど、こんな現場は初めてだった。
「な、何だこれ」
あまりの惨状に思わず俺はそう言葉を漏らしていた。そう、何もかも手遅れだったのだ。悲惨な現場に動揺したものの、何とか気持ちを切り替えて顔を上げると、その元凶がドヤ顔で待ち構えていた。
「遅かったな、ヒーロー」
俺をヒーローだと認識しているそいつは、またしてもバケモノだった。2回連続、これは偶然じゃない。
今度のこいつは体全体が水色で全体的に洗練されたようなツルッとした体つきで、頭から背中にかけて謎のたてがみが生えていた。
公園に現れたのはまともに言葉も話せない文字通りのバケモノだったが、目の前のこいつは流暢に言葉を喋っている。
知性は明らかにこいつの方が上だった。もしかしたらそれ以外の能力も桁違いなのかも知れない。この部屋の従業員全員を溶かしたのはこいつで間違いなさそうだ。俺は怒りで声を震わせながら奴の名前を聞いた。
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