初めての活躍

第8話 初めての活躍 前編

「所長、ここ探偵事務所ですよね?」


「うん、そうだけど?」


 この俺の質問に所長は何をそんな藪から棒にと言わんばかりの顔をする。彼女が今作業しているのはスーツ関係の研究なのか、それとも事務所運営の仕事なのか――。あまり深く詮索するつもりはないんだけど。

 ただ、探偵事務所と名乗るからには探偵らしい仕事もあっていいんじゃないかと俺は思った訳で。


「探偵って浮気調査とか猫探しとかそう言うのが定番じゃないですか?」


「え?そう言う普通の事がしたいの?」


「いや、そう言う訳じゃ」


 普通の事……。確かに浮気調査とかならヒーローである必要はない――けど、今の業務がヒーローらしいとも思えない。

 ただ、探偵事務所と言うのが世を忍ぶ仮の姿だというのなら、たまには探偵らしい仕事もした方がいいんじゃないかとは思う訳で……。

 俺がうまく伝えられない言葉を何とか言語化しようと苦難しているその時だった。所長のPCに依頼メールが届いた。


「また依頼が入ったわ!すぐに準備して!」


「また急だなぁ」


「口動かす前に体動かす!いいね!」


 依頼が入った後の所長の行動は素早い。依頼に対するプランを立てて、直ぐに必要な手続きを済ませて的確な指示を出す。

 そう、別にいつも相手に丸投げな時ばかりじゃない。短気と言う訳ではないと思うんだけど、仕事に邁進している時の彼女はとにかく無駄が嫌いで、それを俺にも押し付けてくる。だから彼女が動いている時は、ちょっと緊張感を持って動かなきゃならない。

 ま、準備が整って事務所を出てしまえばもうこっちのものだけど。基本所長は事務所を出ないから。


「まったく、探偵とか言いながら推理とか尾行とかそう言うのすら皆無だもんな」


 俺は愚痴りながらも依頼のあった現場へと急いだ。所長がいつも迅速に動くのは、大抵の依頼が急ぎだからと言うのもあるのだろう。

 一分一秒を争う現場で遅れると言うのは、それだけ危険のリスクが高まると言うものだ。基本、俺の仕事ってのはそんなものばかり。


 ああ、たまには時間に余裕のある仕事、出来れば探偵らしい仕事もしてみたいものだよ。ま、推理とかそんな得意って訳でもないけどさ。

 尾行くらいなら出来る気がしないでもないぞ――っと、現場に到着だ。ここは……最近出来たオフィスビルかな?


 現場に近付くと、仕事を通して知り合った顔馴染みの警部が目に入った。彼はいつもの様に困った顔をしながら誰かを待っている。

 俺を待っていたのは警部で間違いないだろう。知り合いの顔が見えて安心した俺は昔ながらの友人に会うような態度で彼に挨拶をした。


「はいはい、来ましたよ。で、今日は何ですか?爆弾処理?それとも強盗の説得?」


「何だ、また何も聞いていないのか。仕方ないな」


「いつも詳しい仕事内容なんて教えてくれないんですよ、あの所長」


「うーん、まぁ、彼女の事だからなぁ」


 まずは軽い挨拶から仕事の内容を推測する。自分が呼ばれるなんて大体の予想はつくんだけど。所長への愚痴を口にすると警部は苦笑していた。

 彼も彼女に何かしてやられた事があるのだろうか?しかしその話を広げるのは仕事が終わってからでいいだろう。

 多分今は無駄話する時間も惜しいはずだ。俺は気持ちを切り替え、すぐに仕事の詳しい話を聞く事にした。


「で、何です?今回は」


「ああ、そうだったな。実は」


 仕事の話題になって、いつにもまして真面目な顔になった警部は今回の依頼の内容を話し始めた。現場は目の前のオフィスビルの15階。

 そこのある一室をテロリストが爆弾を腹に巻いて占拠している。彼の要求を飲まなければドカンと言う訳だ。


「ああ、もう分かりましたよ」


「やってくれるか!」


「そう言うの、一番の得意分野ですから」


 スーツの力を確信してから、俺はテロリストと言われても全然怖くなくなった。どんな爆発にもこのスーツは耐えられる。

 だから子供がお使いを頼まれるような軽い気持ちで、俺はテロリストが占拠したと言うその場所へと向かった。

 俺がビルに入っていくのを見届けながら、警部はポツリと言葉を漏らす。


「しかし、最近本当にテロが多いな……」


 現場についた俺は緊張感溢れる室内に緊張感なく飛び込んだ。実際、こう言う現場は今日が初めてじゃない。何度か繰り返す中で、大体どう言う行動を取れば一番被害が少ないか、自分なりのパターンが構築されつつあった。

 正直な話、今回はどのパターンで行こうかなんて楽しむ余裕すら俺の中にはあった。まずはニコニコ笑顔で犯人に挨拶だ。


「テロの人~!ヒーローのお出ましですよー。無駄な抵抗はやめちゃってくださーい」


 緊張感のあるオフィスに人質とテロの実行犯がいる。その2人以外はうまく逃げ出せているようだ。平日の午後に、普通なら賑やかなはずのオフィスが、この部屋だけはやたら静かで違和感すら感じる。

 いきなり部屋に入って来た人間がこんなふざけた格好をしているので、犯人は激高して持っている銃を俺に向けて突然乱射し始めた。


「くっ!てめぇ!舐めやがって!」


「どれだけ撃っても弾の無駄ですよー!」


 俺の知名度ってまだまだなんだなぁ。もし知れ渡っていたら犯人もこんな無駄な事はしなかっただろう。

 俺は乱射する犯人に躊躇なく近付いていく。弾丸は何発も俺の体にぶつかるものの、その全てはスーツの能力で無効化される。

 この時の犯人の絶望に満ちた顔はいつ見ても面白い――って言うと悪趣味だろうか。


「フハハハ!我がザルファに栄光あれ!」


「ザルファ?初めて聞く……」


 攻撃が全く効かない俺に対して、犯人は観念したのが腹に巻いた爆弾の起爆スイッチを押そうした。その傾向を読み取った俺は素早く犯人に駆け寄り、人質の女性を突き飛ばすと犯人を強く抱きしめた。これはスーツの力で爆発の威力を抑え込むためだ。結局自爆自体はされてしまったが、被害はこの犯人が黒焦げになっただけで済ます事に成功する。事件を最小限の被害で終わらす事が出来て俺は満足していた。


「まさか自爆するとはな……奴は何か言ってたか?」


「確かザルファとか何とか……」


「ザルファか……聞き慣れない名前だが、うむ、有難う、後はこっちで調べてみるよ」


 警部はそう言うと組織の名前をメモして去っていった。俺、結構事件解決に貢献しているし、たまには食事くらい誘ってくれてもいいのにな。

 こっちが催促するのも変だし、まぁ仕方ないか。用事も終わった事だし、俺もまたあのおんぼろビルに戻る事にする。


 事務所に着くと、所長が画面をにらめっこしながら言葉ばかりの労いを受ける。


「おつかれー」


 その態度は最初からだから、もうそこに特別な感情は抱かない。ただ、今回は少し思うところがあって、それを彼女にぶつけようと思っていた。

 自分の席に座った俺は、まるで世間話をするように何気ない振りで話を始める。


「なぁ、あの自爆テロ組織の名前、初めて聞く奴だったけど……そう言うのこっちで調べたりとか」


「それ調べるのは警察の仕事でしょ」


 意を決した俺の言葉はサラッと流されてしまった。所長は事件の真相とかには全く興味がないようだ。

 せめて組織名を聞くとか、まともな好奇心があったらちょっとは話に乗るものだろうに。


「でも、ここは探偵社じゃ」


「そう言う依頼がないんだもの。当然じゃない?」


 飽くまでも動くかどうかは依頼次第、それが所長の考え方らしい。クールだなぁ。理系な考えの人はみんなこうなのだろうか?

 しかし、これは逆に考えれば話が来れば動くと捉える事も出来る。

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