第9話 初めての活躍 中編
「じゃあ依頼があったら調べると?」
「当たり前よお。私の頭脳は世界の宝なのよ?」
俺の質問に所長は自信満々にそう答えた。流石若干17歳の天才少女は言う事が違う。彼女の実力が本当にその言葉通りだとするなら、俺はそう言う依頼が早く来て欲しいものだと願わずにはいられなかった。
最近多発している事件には何か裏がある、多分これからもっと多発するだろうと現場を知る者としてそう予感していたからだ。
俺が感じているこの危機感を知ってか知らずか、所長のキータッチの音はカタカタとずっと止まる事はなかった。
一体彼女の仕事の内容は何なんだろう?と思わない事もなかったけど、一応上司ではあるしそこは何も聞かずにいた。
遊んでいる訳ではなさそうだし、きっと俺には理解出来ないような高度な仕事をしているのだろう。
「……想定通りです。やはり奴が出て来ました」
俺を観察している組織の者が何か話している。どうやら今日も俺はストーキングされていたらしい。そいつの上司だか依頼主だかが、この報告を受けて言葉を返していた。
「須藤探偵事務所か」
「はい、動きますか?」
あいつら、もう俺の仕事場まで把握しているのかよ……。これは何かあった時にやばいぜ。
しかも何か不穏な動きがあるみたいだ。まさか俺を、そして職場の探偵事務所を襲うつもりなのか?
しかし動くつもりがありありな観察者に対して、上司はそこまで性急に動くつもりはないらしい。
「いや、もう少し泳がせよう。餌は蒔いたか?」
「準備は出来ています。それでは」
「ああ、始めてくれ」
事務所急襲は免れたみたいだけど、どうやら別の何かが動き始めるようだ。それが一体何かは分からないが、間違いなくハッピーな事ではないだろう。
悪の組織が本格的に動き始めたと言う事で、俺の平穏はこの日を境に終わりを告げる事となる。
しかし事務所で椅子に座っていた俺自身、今後まさかそんな事になってしまうだなんてこの時点では全く想像すらしていなかった。
次の日は休日だった。警察の非番と同じで何かあったらすぐ呼ばれる立場だけど。大体、あの事務所には俺と所長しかいない訳で――急な依頼があったら俺が出て行くしかない。何て社員に優しくない職場なんだ!
とは言え、今日は呼び出しの連絡もなくのんびりと平和な時間を心置きなく謳歌する事が出来ていた。
「うーん、平和だなぁ」
じっと家にいるのも退屈だったのでとりあえず着替えて散歩していた俺は、公園のベンチに座って背伸びをしていた。
胸いっぱいに吸い込む朝の空気は何よりも美味しい気がする。休日と言うだけで見える景色が違って見えるのは何故なんだろう。
そんなのんびりとした時間を過ごしていた俺の耳に、突然聞き慣れない謎の雄叫びが聞こえて来た。
「グガゴォォォ!」
その声と共に急に辺りが騒がしくなる。突然何か事件が発生したみたいだ。
この雰囲気はまるでヒーロー番組の定番のようだった。俺は周りを見渡してすぐに状況を確認する。
すると、そこには見慣れない異形の生き物が今まさに暴れまわろうとしていた。
「な、なんだ?まさか、怪人?」
一体こいつはどこから現れたんだ……。ここからだとよく見えないが、そいつはどこからどう見ても――バケモノだった。
全身が硬そうな甲羅のようなものに覆われていて、全体的に灰色で、しっぽが生えていて、おまけに頭には硬質の角までついている……えーと、着包み?ではなそうだし、そもそも周りに撮影しているスタッフはいない。
目の前で起こっている事は信じられないけれど現実のようだ。その化物はお約束のように近くの人物を襲おうとしていた。
「キャーッ!」
公園に偶然居合わせた女性がバケモノに襲われそうになっている!ここは何か考えている場合じゃない!変身だ!
走りながら変身した俺は女性の前に立ってこの異形の怪物の前に立ちはだかる。これだよ!俺が求めていたのは!
バケモノは変身した俺を目の前にしてありえなものを見るような不思議そうな顔をする。
「ウゴァ?」
いやいやいや、有り得ないのはお前の方だろう?こいつは一体どこから現れたんだ……。元が人間だったのが変えられてしまったのか、異界の生物がこの世界に転移して来たのか、それとも――。
「まさか、本当にこんな奴が出てくるなんて……」
今まで人間相手に戦う事はあったけど、こんなヒーローっぽい戦闘は初めてだ。相手にとっては不足はないけど、いかんせんこっちは武器を何ひとつ持ってない。昔のヒーローモノの物語の中には腕一本で悪を倒していたのもいたけど、俺は一般人レベルの腕力しかない。このスーツはヒーロースーツなのに体力増強的な機能すらない。
ハッキリ言って勝算は全くない。今の俺にあるのは攻撃を受けてもダメージを受けないこの無敵の打たれ強さだけ。
それだけでもないよりはあるだけマシだ。ここは精一杯強がって、まずは一般の人を敵から遠ざけなければ。
俺は襲われそうになっていた女性を逃げてもらうように促した。こう言うセリフ、前から言ってみたかったんだよね。
「早く逃げてください!こいつは俺がここで引き止めます!」
「あ、有難うございます」
女性は一言お礼を言うと一目散に逃げ出していった。ようし、これで被害を最小限に抑えたぞ。さて、問題はこのバケモノだよなあ。
俺、こいつに勝てるだろうか?見た目はバケモノだけど実は友好的な種族とか、そう言うんだったらいいんだけど。
それにしても、さっきからウガウガとかしか言ってないのは言葉を喋れないと見ていいのかな。
ただ、こいつと対峙していると、なんだろう?対面している俺に対して敵意と言うか悪意しか感じられないんだよね。
この仕事を始めて数多くの悪人と接して来て、そう言う感覚だけは研ぎ澄まされて来たような気がする。
「ウガァァァ!」
「話し合いは……、出来そうもないねこりゃ」
言葉が通じない以上、ここは肉体言語で会話するしかない。既にバケモノが発する悪意は俺を殺しそうな勢いでガッシリと握りしめていた。
この気迫に負ける訳にはいかない。何故ならこの場でこいつを止められるのは俺しかいないからだ。
「さてと、今まで防御にしか自信がなかった訳だけど……どうしますかねぇ」
俺は覚悟を決める。目の前のバケモノは多分好戦的なはずだけど、何故か威嚇するだけでまだ攻撃する気配はない。
どれだけこいつに効くか分からないけど、まずここは先手必勝!俺の拳が火を噴くぜ!
気合を入れて振りかぶってーかーらーのー!渾身の一撃を喰らいやがれっ!
「とりあえずパンチ!」
俺は後先考えずバケモノに渾身の一撃を放つ。バケモノの顔を直撃した俺の拳は何のダメージも喰らわずにそのまま奴をふっ飛ばした。
自分の体力にそこまでの自信はなかったものの、拳が痛みを感じない事でパンチの勢いを何ひとつ殺す事なく全エネルギーを相手に打ち込めたのだ。
スーツを着た今の俺なら硬い岩だって打ち抜ける……そんな気がしていた。殴った右拳を見ながら俺はこのスーツの利点を知って今更ながら感心する。
「おお……ダメージを喰らわないってこんな効果があったんだ」
「ウガァァァ!」
殴り倒されたバケモノもすぐに何事もなかったように起き上がった。そりゃそんな見た目だからそうこなくちゃただの見掛け倒しだ。
俺はすぐに戦闘の構えを取りつつ、間合いを計っていた。次の瞬間、俺の目の前からバケモノの姿が消える。
一気に距離を詰められた俺はヤツの攻撃をもろに受けていた。そう、こいつもまた肉体言語をこよなく愛する生き物だったのだ。
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