悪、始動

動き始めた陰謀

第6話 動き始めた陰謀 前編

 とある会議室で謎の会議が開かれていた。U字型大きな机に数名の幹部らしき人物が中央のボス的立場の人物を中心に座り、今後の計画などを話し合っている。

 ボス的人物の背後には巨大なスクリーンが用意されており、そこでは色々な映像が流されている。災害救助の現場やら事故現場やらテロや銀行強盗などの犯罪の実況映像やら。

 しかしこれでは一番その映像を見せたいはずのボス的存在がその映像を見られないぞ……。

 だが安心して欲しい、ボス的存在の目の前の机にちゃあんと小さなモニターが用意されているのだ!


 この物語に登場する以上、これが普通の会社の会議ではない事は容易に想像がつくと思う。そんな訳で少し会議の内容を覗いてみよう。


「最近、何やらおかしな奴が現れてるらしい」


「何かのヒーローを真似ているのか、とにかく不気味な奴だ」


 ボスの背後のモニターに映っているのは爆弾処理のニュース映像。そう、俺が初めてスーツを着て活躍したその時のものだ。

 会議に参加している幹部達は、皆それぞれに俺の存在を不気味なものとして認識していた。つまりは会議をしていたのは俺の存在を邪魔に思う組織だ。

 ヒーロー的な存在を危惧する組織と言えば、お約束のアレしかない訳で――やっと物語がまともに動き始めるようだ。

 今までの展開を考えると物語的にも遅いとしか言いようがない訳だが、せめて描写が始まったのだから今後は大いに活躍して欲しいところではあった。


 それではまた話を会議に戻そう。幹部達は会話をヒートアップさせながら話を続けている。


「そいつの詳細は分かっているのか?」


「いえ、今はまだ……しかし必ず突き止めます」


「我々の計画にひとつのミスもあってはならない。いつかそいつが邪魔になる可能性があるなら、火が小さい内に消しておかねばな」


「お任せください。周到に計画を練って必ずや吉報を報告致します!」


 どうやら俺はこの組織の調査対象になったようだ。流石一流の組織は短絡的には動かない。何事も情報収集が先決なのはまともな企業だって同じ事。

 それがこのまともでない組織ともなると情報は更に重要なものとなる。これらの幹部達の自信に満ちた発言を聞いて、ボス的存在は満足気な笑みを浮かべ――彼らに言葉をかけた。


「うむ。期待をしているぞ」


 その後も会議は続いたものの、俺に関する事はもう語られなかったので省略する。この謎の会議をする組織の正体は一体――。

 ただ、間違いなく言えるのは、この組織の関係者はいずれ俺の前に姿を表すだろうと言う事だ。

 その時までに俺はスーツの能力を使いこなせるようになっているだろうか?きっとそれは俺の頑張り次第なのだろう。


 そんな俺が今何をしているかと言うと――必死でフェンスをよじ登っていた。


「うひぃ~。何で今日はこんなヘボい仕事を」


 スーツを着た俺が必死で登るそのフェンスの先には、猫が身動き取れずに固まっている。そう、今回の俺の仕事はこの猫の救出だ。

 今回は珍しく現場に所長もついて来ていた。何故かと言えば、彼女の知り合いの子供達が今回の仕事の依頼者なのだ。

 身内の依頼と言う事もあって、彼女はいつも以上に気合を入れて俺に指示を出している。


「猫の救助も大切な仕事よ!手を抜かない!」


「ミッシェルー!じっとしててー!」


 そう、この猫の名前はミッシェル。洋風な名前だが実際はどこにでもいそうな白黒猫だ。もしかしたら雑種かも知れない。

 多分調子に乗ってどんどん上まで上がってしまい、降りられなくなったんだろう。飼い主の姉妹は10歳と7歳の可愛い盛り。

 彼女達の期待が俺の肩に重く伸し掛かる。これは失敗出来ないぞ。子供達にとっては俺はもう既に立派なヒーロなのだから。

 そんな俺の意気込みを知ってか知らずか所長が発破をかけてくる。


「貴方、まさか高所恐怖症なんて言わないわよね?」


 う、厳しいところをついてくる……まだ彼女には何も話していないと言うのに。

 でもまだ疑惑段階だからここはうまく誤魔化せばいい。

 バレてしまったら弱みを握られたみたいで気分のいいものじゃないし。こう言う仕事が続けばいつかはバレるだろうけど……。


「う……そ、そんな訳ないじゃないですか」


 俺は顔を引くつかせながら、ぎこちない笑顔で所長の言葉に答えていた。あれ?平常心は保っていたはずだったんだけど(汗)。

 どうにも表情って言うのは嘘をつくのが苦手らしい。うん、俺に演技の素質はないな。

 彼女は俺のその言葉を信じているのか、分かった上で敢えて言っているのか、更に厳しい言葉を俺に言い放つ。


「じゃあ、楽勝で仕事をしてらっしゃい。簡単でしょう。大丈夫よ、捕まえた後にそこから飛び降りたって。スーツが守ってくれるんだから」


 スーツの力を今更疑っている訳ではないけど、苦手意識って言うのはそんな簡単に克服出来るものじゃない。いくら方法が簡単だからってこ、こんな高さから飛び降りるだなんて無理に決まっている。しかもミッシェルが固まっているのはフェンスの上も上、地上約20m地点だ。

 ああ、今登りかけているこの場所から地面を見下ろしただけもでこっちまで緊張で体が動かなくなる。もうこっちが助けてもらいたい気分だよ!

 でも、弱みなんて見せてたまるか!これは男の意地だ!絶対弱音なんて吐くもんか。


「お、おうよ!」


 俺は所長相手に精一杯強がってミッシェルに近付いていった。ゆっくりじわりじわりとフェンスを更によじ登っていく。この時、俺の気分はスパイダーマンだった。あんなヒーロになれたらなぁ。憧れるよ、本当に。

 手を伸ばせばぎりぎり掴まれる範囲内にまで何とか近付けた俺は、フェンスに必死に捕まって怯えるミッシェルに精一杯手を伸ばす。


「さ、さぁ~。猫ちゃん、ミ、ミッシェル?こっちにおいでぇ~」


 折角俺が手を差し出していると言うのにこの猫、全く微動だにしなかった。そりゃ逃げられるよりはマシって言うものだけど、無視されているみたいで何だか寂しい。くそっ、少しは俺の気持ちも汲んでくれよ……っ!


「ほ、ほら、怖がらなくていいよ~」


 警戒させないように精一杯の笑顔で俺はミッシェルに話しかける。まぁ、猫の方だっていきなりこんな全身ピッチリスーツ男に近付かれても驚くだろうし、怖がる以外の選択肢はないんだろうなぁ。普通の道でここまで至近距離まで近付いていたらきっとその爪で顔をひっかかれていた事だろう。

 俺があまりにぎこちなくミッシェルと接しているのでその様子を見た所長が急かすように声をかけて来た。


「何やってるの!もっとぐっと行きなさい、ぐっと!」


 ああ、言う方は楽だよな、本当。当事者になってみろって言うんだよ。こんな高い場所でフェンスにつかまりながら――しかも猫の救助だぞ。

 ええい!もっと簡単な方法はなかったのか!って素直にその作戦に従った俺も悪いのか。実際に登るまでは簡単に思っていたからなぁ。


「ほ、ほら~。ミッシェルの好きなおやつですよぉ~」


 いつまでもグダグダしていても埒が明かないので俺はこの時の為に渡されていた最終兵器を使う事にした。

 袖のポケットから取り出したのはミッシェルが大好物だと言う猫用のおやつだ。動物相手には餌で釣る、これは鉄板だよね。

 え?スーツの袖にポケットとかあるのかだって?それがこのスーツの面白い所で、スーツのあらゆる場所がポケットになるように作られているんだ。

 いつかそう言う機能が役に立つかも知れないって所長の考えでこう言う素敵仕様になっているって言う訳。今回早速役に立ったぜ。

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