第5話 謎のヒーロー理論

「ようし、行ってくれっ!」


「は、はいっ!」


 今日のお仕事は銀行強盗で困っている警察からのヘルプ。犯人が武器を持っているからオレが突入役をする事になっている。どれだけ撃たれてもノーダメージだからそりゃあ犯人も混乱するよね。それでその間に本職の人が捕まえるんだとよ。なんだかなぁ……。



 最初に爆弾処理を肩代わりしたあの日以降、俺の仕事は危険な場所での物ばかり。先の爆弾処理もそうだし、凶悪犯との戦闘やらテロのアジトに突入、暴力組織の抗争のあれやこれや――。スーツのおかげで無傷ではあったものの、本当に便利に使われている。これで時給1000円って……(汗)。

 この待遇、多少の文句だって出るよね。言っちゃって構わないよねコレ。


「所長、俺こんな事の為にヒーローになったんですか」


「確かにまだヒーローにはなってないわね」


「そう言う話じゃないんですが!」


「何も怒らなくていいじゃない。実質そう言う仕事しかないんだから」


 そう、SWATにも顔が利くほどの人脈の広さを持つ彼女だけど、今のところその人脈を持ってしてもヒーローっぽい仕事は得られていない。

 凶悪犯と対峙するのはちょっとヒーローっぽいけど、そう言うのは警察の御役目であり、よっぽどの事がないとお声はかからない。

 それに今はまだスーツの調整中で、有効な攻撃手段を持たない俺は盾的な仕事以外にあんまり需要がないのだ。

 俺の不満はそう言うところにもあった。スーツの防御能力が完璧なだけに、その先にも期待してしまうんだ。


「武器とか、せめて体力向上的な機能はまだなんですか」


「そんなに急かさないでよ、ちゃんと研究はしているんだから」


「本当に所長がこのスーツを開発したんですか?そもそも学校はどうしたんです」


 ああ、ついに言ってしまった。きっと事情があるんだろうから一応言わないようにはしていたんだけど――。ずっとこっちの意見をのらりくらりとかわされていたものだからついカッとなってしまった。

 俺はすぐにそう言ってしまった事を後悔したんだけど、全ては後の祭りだった。


「私を疑ってるの?そのスーツの効果はあなたが一番知っているでしょう?」


「そうは言っても……」


「学校なんて10年前に全部卒業しちゃったわよ!それからずっと研究三昧。それでやっとこのスーツが完成したのよ!」


 えっ……と言う事はもしかして7歳で大学まで学び終えたってって事?彼女はそんなに天才なのか。信じられない。

 大体このビルは解体寸前で殆どなにもない訳で、そんな研究は一体どこでやっていたって言うんだろう?


「研究はどこでやってるんですか。少なくともこのビルじゃないですよね。そんな施設はどこにもないし」


「ラボは……今はまだ秘密よ!男がそんな細かい事を気にするものじゃないの!」


 怪しい――いや、最初に会った時から怪しいと思ってはいたけど怪しい。彼女は本当に何者なんだ。

 これから先、彼女の正体が明らかになる事はあるんだろうか?何も知らないままだと不安ばかりが大きくなる。


「と、とにかく、今は顔を売る時期なの!その内満足出来る仕事も来るから!ヒーローっぽい仕事もきっと」


「何でそう言い切れるんですか」


 俺は所長の言葉に冷静に返した。その言葉がその場しのぎの何の根拠もないものに感じたからだ。

 すると彼女は独自のヒーロー理論を展開して、さっきの自分の言葉の説明をした。


「いい?世の中は全て上手い事バランスが取れているの。全ての生物に天敵がいるようにね」


「人間にはいないけど」


「人間はそれを克服しちゃったの!その代わり今度は同じ人間同士が天敵になってしまった」


「悲しい現実ですよね」


 彼女の話はここまではまともだった。俺もここまでは素直にこの話に頷いていた。


「でね!悪がいればヒーローが出現するように、その逆のパターンもあるのよ!」


「?」


 ここで急に話がおかしいな方向にネジ曲がる。鶏が先か卵が先かって話じゃないけど、正義が生まれると悪も発生する?

 まるで警察官がいるから泥棒が生まれるみたいな言い方じゃないか――。

 俺は突っ込もうかと思ったけど、適当な言葉を探している内に彼女の方が先に言葉を続けていた。


「あなたがヒーローであり続ければ、必然的にバランスを取ろうと『悪』が出現するの!そう言うもんなの!」


「まさか」


「いずれ時間が証明するわ。だからそれまでに立派にヒーロー活動をしていて。お願い」


 それは無茶苦茶な考えではあったけど、何となく納得出来る部分もない事もなかった。ヒーローっぽい人間が活躍すれば、そいつをどうにかしてやろうと考える者が表れる可能性なら考えられなくもない。

 この仕事を通じて、例えば強盗犯とのやり取りとかで俺がテレビに顔を出す事も多くなっていた。


 きっと少しずつ世間にも俺の存在が認知されるようになって来ている。そんな仕事をこなす内に本当に何かが変わるのかも知れない。

 今は武力的に特に大した事も出来ないから、しっかりその時の為に鍛えた方がいいのかも。給料貰えるようになったらジムにでも通おうかなぁ。


 ちなみに普段は変身を説いているから、俺は全くの一般人だ。道ですれ違っても誰からも指摘される事はない。一応顔はそのままなんだけどな。マスクもある事はあるんだけど、任意で付け外し出来るから危険だと思う時しか付けていない。でまぁ芸能人じゃあるまいしチヤホヤされたいとも思わないけど。


 もし彼女の説通りに本当に悪の存在が現れるのだとしたらこんなにのんびりなんて出来ないだろうから、今はしっかりこの生活を楽しむ事にしよう。

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