第3話 ピッチリスーツ

 俺の前に提示されたもの。それはヒーローの着るスーツだった。うん、やっぱヒーローはスーツを着てナンボでしょ。


「じゃあ、着てみて。多分着れるはずだから」


 彼女にそう言われて俺はスーツを受け取った。このスーツ、やっぱり何か特別なギミックがあるのだろうか?

 見た目はちょいと凝った全身タイツと言った感じなんだけど……。


「えぇと、これってやっぱりアレですよね。全裸になって着るって言う……」


「うん?下着くらいは付けててもいいよ別に。何なら今の服の上から着たのでもいいし」


 ふぅん、何かアバウトだなぁ。あ、ヒーローと言えば変身とかするんじゃ……いや、そこまで求めるのは贅沢か。


「じゃああの……更衣室とか」


「このビルは全部買い取ってるからどの部屋で着替えてもいいよ」


 えぇ……この人、意外にお金持ちだった?全く目の前の彼女には謎が多過ぎる。


「じゃああの、着替えて来ます」


 俺はそう言って隣の部屋に入った。どの部屋でもいいと言われても、わざわざ遠い部屋に行って着替える意味もないし。

 逆にどの部屋でもいいからこそ一番近い部屋がいいし。


 脱ぎ脱ぎ、脱ぎ脱ぎ……。一応礼儀として、素っ裸とは言わないまでも下着姿にまではなって渡されたスーツを着てみる。

 サイズは余裕を持って作られていて、意外と簡単に着る事が出来た。余裕があると言う事は要するにダボダボな訳だ。

 多分だけど、どこかにこの余裕さを引き締めるスイッチ的なものがあるな。


 この時俺はこのスーツにプラグスーツ的な仕組みがあるのだと確信していた。なので手首のあたりを確認してみる。

 手当たり次第に触っていたら何かのスイッチが反応したらしい。ピッ!と言うその音と共にスーツがキュッと引き締まった。


「おおおお!」


 俺はスーツがただそうなっただけで興奮していた。普通の素材じゃこうなりはしない。やはり特別仕様なんだ。

 俺はスーツが着れたので早速彼女に見せに行く。隣の部屋に戻ると彼女はドヤ顔で腕を組んでまた仁王立ちをしていた。


「お、結構似合ってるじゃないの。で?スーツを着た感想はどう?違和感とかない?」


 そう言われて俺は着心地を確認してみる。体を動かしたりストレッチをしてみたり――このスーツ、思いの外自分の体にフィットしていて違和感は特に何も感じられなかった。


「大丈夫です。体も普通に動かせるし気分がイイくらいですよ」


「本当!やっぱり私の目に狂いはなかったわ!」


 オレがスーツの感想を言うと、彼女は目をキラキラ輝かせながらそう言った。

 しかしスーツが着られたって言うだけで、どうしてそこまで喜ぶんだろう?その態度にどうにも違和感を覚えてしまった俺は、その事を素直に口にした。


「あの……それはどう言う?」


「このスーツはね、普通の人は着られないの。今まで誰ひとりとしてまともに着られなかったんだから」


「マジですか」


「普通の人が着ると締め付け過ぎたり気分が悪くなったりでね……開発中もそれで手を焼いたのよ」


 彼女の口から出た開発中と言う言葉――もしかして彼女はこのスーツの開発者のひとり――とかだったりするのだろうか?

 普通の人には着られないと言うこのスーツ、一体どんな秘密が隠されているって言うんだろう?


「このスーツ、そんなにすごいんですか?」


「そりゃそうよ!このスーツを着ていればまず大抵の攻撃に耐えられるわね!例えば爆風とか銃弾とか!」


「ほえ~、それはすごい」


 この彼女の言葉にオレは素直に感心する。その俺の態度が気に入ったのか、彼女はさらに得意顔になって話を続けた。


「でしょ、だからこれが着られると言うだけでヒーローになれるって訳よ」


「で、攻撃は?すごいキックとかパンチとか!」


「えっ?」


 あれ?攻撃についての質問になった途端、さっきまで雄弁だったのに急に黙っちゃったぞ――まさか、攻撃性能はない――とか?


「そ、そうね、今誠意開発中なのよ。もう少し待ってね」


「あの、キックやパンチは特に武器とかじゃないんですが……」


 俺がこの事に冷静に突っ込むと、彼女は観念したのか真相を話してくれた。


「正直に言うわ……着てすぐは基礎体力は変わらないの」


「え……っ?」


「あなた、今そのスーツを着てみてどう?力を特別強く感じる?」


 そう言われてみれば、このスーツを着て全然力が強くなったような気はしない……えええ……強くなれないのこれェ……。


「だ、大丈夫よ!スーツがあなたの遺伝子情報を取り込めばやがてそれなりに強くなる……はずだから……その……理論上は……」


 弁明する彼女の声がどんどん小さくなる。最後の方なんて全く聞き取れなかった。大丈夫かな。

 俺はスーツを着たまま、その場で適当にキックやパンチを繰り出してみる。体は軽かったけど、特に体力が上がった気はしない。


「敵と戦うには自力で鍛えるしかないのかぁ」


「いやいや、敵とかいないからね特に、うん。いたとしたら偶発的に発生する凶悪な犯人とかそう言う奴だから」


 この彼女の発言に俺は半分納得の半分がっかりだった。そう言えば、今のところ特にヒーローが活躍しなきゃいけないような敵なんていなかったんだ。

 そこまで考えて、俺はふとある素朴な疑問を思いついていた。その疑問をそのまま彼女にぶつけてみる。


「敵もいないのになんでこんなスーツを作ったんですか?」


「うん、あの……知的好奇心?スーツの仕組みを思いついたから作らずにはいられなくなったのよ」


「はぁ……じゃあ俺は体のいい実験動物って訳ですね」


 俺のこの指摘が図星だったのか、彼女は顔を真っ赤にして沈黙してしまった。この反応は間違いないよねうん。

 あんまり沈黙の時間が長く続くと物精神的に耐えられなくなるから、こっちから助け舟を出してみるか。


「まぁでも給料出るからには頑張りますよ。実験動物でも何でも。命に危険がない限りは」


「そ、そこは大丈夫よ。そのスーツを着ていれば死ぬ事はまずないから」


「死ぬ事はないって……何か過激な事をさせようとしています?」


 この俺の何気ないツッコミに、彼女は焦ってめっちゃ早口になって答えた。


「そそそ、そんな事ない、大丈夫よ!危なくないから!えぇと、合格!明日からここに来てくれるかな?出勤は朝の10時までにここに来てくれたらいいから!じゃあそう言う事で!」


 どうやら彼女は焦ると早口になってしまうらしい。

 しかし成り行きでエラい早口で色々と決められてしまった。それもこっちの了承を得ずに一方的に。

 まぁいいんだけど。これで就職は決まったって言っていいのかな?

 でもあれ?この服どうやって脱いだらいいんだろう?さっきみたいに手首のスイッチにもう一度触ればいいのかな?


「何やってるの?」


 俺がスーツの仕組みを探ろうと、あちこちベタベタ触っていると彼女が不思議がりながら声をかけて来た。


「いや、このスーツ今ピッチリ貼り付いているから脱ごうにも脱げなくて」


「多分もう声紋は登録されていると思うから、解除って言えば脱げるはずよ」


「解除?」


 俺が彼女の答えに何気なくオウム返しで答えると、その瞬間にシュッとスーツが消えていく。えっ、何これ最新技術?

 でもスーツが消えたら俺は下着姿な訳で……急いで隣部屋にさっき脱いだ服を取りに戻った。


「まるで変身ヒーローみたいだ。すごい」


「ちなみにスーツ装着は脳波を読み取るから、スーツをイメージして何か掛け声を言うだけでいいわ」


「そりゃそうなったら定番の変身でしょう!」


 ビシュッ!俺のこの何気ない一言でまたスーツが一瞬の内に装着された。おいおいすごいなコレどんな最先端技術だよ。


「気に入った?もしそうならずっとつけていていいよ、あげる」


 えぇ……何て太っ腹なんだ。俺はこの彼女の気前の良さに感動していた。今時こんな気風のいい人はいい年したおっさんの中にも中々いないくらいだよ。

 これで就職面接と業務説明は終わった感じだけど……今日はこのまま帰っていいのかな?


「えっと、今日はこれで終わりで明日の朝の10時までにここに来たんでいいって事ですか?」


「うん、それまでにちゃんと準備しておくから。今日は来てくれて本当に有難う!」


「いやあのそんな……お礼を言われる筋合いは……そうだ!」


 そこまで段取りが済んで、俺はふと一番気になっていた事を聞く事にした。


「あの、最後に名前を聞かせてもらっていいですか?名刺があればそれでもいいんですけど」


「私!今名刺はないんだ。名前はアリカ。須藤アリカよ。花の17歳!よろしくね♪」


 何と――彼女の話が本当だとしたら見た目だけじゃなくて実際に若かったんだ。

 でも本物の女子高生だとして、じゃあ学校は一体どうしているんだろう……。きっと何か複雑な事情があるんだろうな。

 俺は色々とアレな妄想を膨らませながら、その日は素直に家に帰ったのだった。

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