第2話 面接合格
「本当にあんな方法で人が来るのかしら?」
その古びれた建物の一角、今まさに俺が向かおうとしているその部屋に一人の女性が立っていた。彼女は俺より若い見た目で着慣れないスーツを着ている。
そうして誰かと電話で話しているみたいだった。
「分かってるわよ、あの記事が読める人物がいたならまだ希望はあるの!」
どうやら例の求人情報について話しているらしい。やはりこの求人には何か裏があると見て間違いはなさそうだ。
その頃俺はその古びたビルの正面入口にいた。何度も頭の中で面接のイメージをシミュレーションして、それから意を決して一歩を踏み出す。
キィ……今時珍し手押しのドアを押し開いていざビルの中へ。
ビルの1階は全て引き払ってしまったのか、余りにも静かで人のいる気配が全然なかった。この景色を見て俺は呆然としてしまう。
(本当にここで合ってるんだろうか?)
本日2回目のこの不安……。
しかしそう思ってしまうのも仕方のない話だった。見ようによっては廃墟のこのビルの中に本当に誰かがいるのだろうか?
疑心暗鬼のまま俺はエレベーターを探した。面接会場はこのビルの2階だからだ。
エレベーターはすぐに見つかったものの、ボタンを押しても反応しない。流石古く小さいビルだけあって、エレベーターは故障したままずっと放置されているみたいだった。
仕方なく他の移動手段を探して無人の1階を歩き回ると、階段が見つかったのでそれを利用して2階へと向かう。階段を登り切るとこの階のどこかに面接会場がある。いざとなるとやっぱり緊張が頭の中を支配していた。
バクバクと心臓が鳴っている。今更だけど帰っちゃおうかなんて思ってしまう。
(いかんいかん、俺の人生はここからじゃないか!)
何とか自分にそう言い聞かせて廊下を歩いて行く。この階も予想以上に静かだった。
余りに人の気配がないので、俺はこれは手の込んだ悪戯だなと勝手に結論付けていた。逃避行動ってヤツだ。
目の前にその面接会場の部屋が見えて来たと言うのに。
「あった……」
俺はその扉の前で立ち止まっていた。ノックをして入ればそこは戦場。そんな場所に迂闊には入れない。
これがもし凝った悪戯だったとしても、そうでない可能性を考えればコンデションは最高の状態になっていなければ――。
すーぅ、はーぁ……すーぅ、はーぁ……すー
何度も何度も深呼吸を繰り返して精神を緊張から開放させる。それでも心臓の緊張は中々取れないままだった。ドクンドクンと心臓のポンプが血液を大量に循環させていく。手は震えてノックをする形のまま固まっていた。
俺が中々ノック出来ずにいたその時だった。不意にそのドアが向こう側から勝手に開いた。
その突然の不意打ちに俺の頭は真っ白になった。
「あれ?もしかして……」
「あ、えーと……」
「ご、ごめんなさいいい!」
ドアを開けた女性はそう言ったかと思うと思いっきりドアを閉めた。あれ?何か勘違いされた?
俺はすぐに誤解を解こうとドアの前で大声でここに来た目的を喋った。後で思えば別の方法もあったかも知れない。
でもこの時は焦っていてこの方法しか頭に浮かんでいなかった。
「あのーですねー、面接に来たんですけどー!」
「え?ええええー!」
ドアの向こうでどすんと何かが倒れる音が聞こえた。一体何なんだ?
どうも向こうは向こうで何やら混乱しているっぽい。俺は向こうの場が収まるまでしばらく待つ事にした。
何もせずに待つ時間は実際よりも余計に長く感じる。俺は短くて長いその時間をドアの前でただひたすら待っていた。
「あの、すみません、お待たせしました……どうぞ入ってください」
その声が聞こえて来たのはここで立ち尽くしてからどれだけ経った頃だろう?3分かも知れないし、5分かも知れない。
けれどその短い時間が自分の中では20分にも30分にも感じられていた。
ただ、そのトラブルのおかげで自分の中の緊張感はかなり緩和されていた。これなら普段通りのやり取りが出来そうだ。
「それでは、失礼します」
軽いノックをして俺は未知の領域へと突入した。神よ、我をどうか見守り給え。そう心の中でつぶやきながら――。
「いらっしゃい、君、あの記事を読んでここに来たのね」
その部屋にいたのはさっきの女性ただひとりだった。部屋の中は必要最低限の物しかなく、余りにも殺風景だった。本当にここで仕事なんかしているのだろうか?きっとこの光景を見た誰もがそう思うに違いない。
ただ、あまりキョロキョロしていても印象が悪くなるだけだと思った俺は、一礼して用意されていた椅子に座った。
「徳田ユキオです。よろしくお願いします」
「はい、合格!」
「は?」
今までこんな就職面接があっただろうか?俺はただ面接会場に辿り着いただけなんだけど……。
そりゃコネがあったり、最初から採用が決まっているならこう言うパターンもあるのかも知れないけど――やっぱり怪しい。
って言うか、そもそも目の前の年端もいかないスーツ姿の彼女からして怪しい。これはアレか?簡単に採用すると見せかけた悪質な詐欺か何かか?
いざ仕事を始めようとしたら、事前に必要だからと色々と買わされて実質儲けは何ひとつない!みたいな。
俺は……簡単には騙されないぞ!
「いやね?求人情報空白だったでしょ?アレが読める事がまず採用条件だったのよ。アレ、普通の人には読めないから」
「えっ?」
「怪しむのも分かるけど君、ここに来たって事はさ、興味あるんでしょ、ヒーロー」
そう、俺がここに来たのは求人情報に書かれていた業務内容に惹かれたって言うのも大きかった。
もし本当に子供の頃に憧れていたヒーローになれるって言うなら、やってみたいって思うのは普通の感覚だよね。
だとするなら、当然のように色んな疑問が湧いてくる。気が付いたら俺はその事を無意識に口走っていた。
「ヒーローってあの、ヒーローショーとかじゃなくて?」
「何言ってんの?本物のヒーローに決まってるでしょ。ヒーローショーなら体力があれば誰だって出来るんだから」
この俺の当然の質問に対して、彼女は不機嫌な顔をしてそう答えた。どうやらヒーロー業務と言う業務内容は本当の事らしい。
ヒーローと言えば、やはり重要になって来るのは敵の存在だ。普通に考えて敵が出現するからヒーローが活躍出来る。
もしかして今そんな世界の危機が迫るような、ヒーローを必要とする事態にでもなっているんだろうか。
「悪を倒すんですか?倒すべき悪がいるんですか?」
「ヒーローってのはね、悪の組織と戦うだけじゃないのよん。どう?やってみたい?」
俺のこの質問に彼女はケロッとした顔でそう答えた。この反応から想像する限り、具体的な敵はいないらしい事が伺えた。
で、やるかやらないかって話だけど、この様子から見て特にからかわれている風でもない――いや、まだ完全には信用出来ないんだけど――。
とにかく彼女の自信に満ちた顔を見てこの話に乗ってみても悪くない気はする、少なくともこの時の俺はそう思えていた。
えぇい!ここまで来たら毒を食らわば皿までだっ!
「そりゃ、出来るならやって……やって、みたいですけど……」
「じゃあ決まりね!それじゃあ早速こっちに来て!」
こうして、余りにも呆気なく俺の次の仕事は決まった。仕事ってこんなに簡単に決まっていいものなんだろうか。
そのある意味強引とも言える彼女に連れられて、俺はそのまま別室に案内される。一体これから何をされるんだろう。
期待と不安の入り混じった中で、新しい俺の人生の幕が上がった事をこの時しっかりと感じていた。
案内された別室にあった物を見せられた俺はただただ言葉を失っていた。そこにあった物こそ、ヒーローがヒーロたる所以の大切なアイテムだったのだ。
「これを……俺が?」
それを見て言葉を失う俺を見る彼女は、何故かドヤ顔で自信満々に腕を組んで仁王立ちをしている。
今更だけど彼女、一体何者なんだ。
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