2017
秋
薔薇の髪飾り (思春期、浮気)1006
金色で繊細なブレスレット。細かいバラ模様のガラスでできた髪飾り。角度によって微妙な光具合を作り出す黒縁の眼鏡。
それらと揃うように繊細なペン先をするすると、
彼女は見た目も中身も立派な27歳、成熟した女性である。少し数学が得意であった彼女は文系の中でも理系寄りの経済学部を卒業し、今は金融機関で「OL」といった職業に就いていた。
昔からの憧れであり、現在の自分の憧れ。「大人の女性」という魅力的な響きの中に自分が生きていることに、由子はまるで有名女優になったかのような優越感に浸っていた。
彼女の周りに、彼女のこの心持を知らないものはなく、既に「大人の女性」=由子という等式は彼女の香水の香りとなっていた。
目の前に置いてある拙い文字で書かれた手紙は、しかし、彼女の奥深く、幼く愛おしい感情を思い起こさせた。
「十年後の由子へ
あなたは、どんな仕事をしていますか。
くんと結婚はしましたか。
十年前の由子より」
消しゴムでぐちゃぐちゃに消された名前は、彼女の記憶を再生するには十分であった。
「あきくん……」
その呟きは錆びた玄関扉の音で掻き消された。
「ただいま」と、単調な声が小さな部屋に響く。
「おかえり」
一度枯れた花がまた芽生えることが、果たしてあるだろうか。人間の感情は道端の花より何百倍も執念深いのだろうか。彼女の胸はとくとくと、時計の針を巻き戻して鳴っていた。
するすると、由子の指は動く。
「何書いてるの、由子」
「手紙よ」
「誰へ?」
「私宛の、ね」
変わった人を見るように彼は由子の机へ視線を注いだが、特に気にもかけずソファーに腰を掛けた。
外も暗くなり、彼女は部屋の電灯を付けた。すると明かりに照らされた手紙に、小さな影が見えた。まさか、と由子は封を逆さにする。
出てきたのは、何年も触れずに入れてあったバラの髪飾り。彼女が当時好きだったブランドものだ。確か、一周年記念に当時の彼が買ってくれたものである。
こっそりと由子は現在付けている髪飾りと付け替えてみる。
「ん? 何こそこそやってるの」
察しの効く彼はすぐに由子の動作に気付き、近寄った。
「あれ……何かが違う、けど、なんだろう。何か隠してる?」
「隠してないよ。見えるもの」
「いや、何も見えない。ギブアップ」
「じゃあ、内緒」
クスッ、と子供のように由子は笑った。まるで中学校の教室で、好きな人は誰でしょう、といたずらっぽく答える純粋な少女のような姿であった。
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