公園のバスケットボール  (雨、バスケ)1070

 じめじめする、この空気。

 俺の苦手な季節だ。

 塾の受験用クラスから、薄暗くなりかけている道を俺は家まで歩いていた。今日は晴れだと聞いていたはずだが、空から無数の水滴がしとしとと俺の肩を叩いていた。

 勉強は得意な方じゃない。元々大学に行くつもりもなかった。しかし俺には悲しいくらい他に何も能力がなかった。

 得意だと思い込んでいたバスケでさえ、このレベルでは職に就けるわけがない。そう言われて、数か月前に他の三年生と一緒にバスケを引退した。

 俺がバスケを好きになったのは小学三年生くらいの、丁度同じようにじめじめした時期だった。その日、俺は初めて親とけんかした。内容は特に覚えていないけれど、俺は気圧のせいかとてもいらいらしていて、初めて家を出た。俺は近くの公園まで行って雨を避けて座っていた。するとそこに一つのバスケットボールが転がっていた。まるで俺と同じように、家出したみたいだった。俺はそれまでスポーツに興味なんてなかったのに、その日からバスケが大好きになった。

 それでも始めたのが遅すぎたのか、元々スポーツが苦手なのか。バスケは俺を選ばなかった。

 ただいま、と誰もいない家に小声で言った。

 兄貴が大学に上京してしまった今、ここに住んでいるのは俺とお母さんだけだった。お父さんは俺が中学に入る前にお母さんと離婚した。離婚を知ったとき、別に悲しくもならなかった。いなくなってからは、お母さんが夜働くことになって寂しくもなったけれど、それだけだった。そのおかげか今の俺は寂しさに慣れていた。

 自分の部屋へ直接向かうと、デスクの上に青と白の小さな花が花瓶に添えられていた。まるで俺の心と空気に合わない色だった。しかしどけようとも思わなかったので、そのまま机でノートを広げた。

 机の下の空間には、バスケットボールがあった。あの家出した日に持って帰ってきてしまったものだ。そのあと持ち主に返そうとも思ったが、持ち主が誰かも分からずじまいで自分のものとなったのだ。

 そのとき、俺はふとおかしなことを思いついた。元に戻そう。持ち主が忘れていった場所に、このボールを戻してあげよう。もうきっと持ち主も忘れているだろうボールを、〝元〟に返してあげたくなった。

 外に出ると雨は弱まっていた。九年前は十分かかった道のりも、五分もかからなかった。俺はそのバスケットボールを公園の広場の隅っこに置いた。

 公園を出て家まで歩いていると、小学生くらいの男の子と擦れ違った。顔はよく見えなかったが、しかめっ面をしていたように見える。

 けんかでも、したのかな。俺はふと、その子と昔の俺を重ねて思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る