14時限目
「なんか、片手間にすごい話を聞いちゃったわね」
雑巾を窓辺に干し終えて、私は濡れたままの手で冷や汗を拭った。それが絵空事でないことを知っているだけに、彼女の言葉の重さが身に染みたのだ。
「いやぁ、つい自分語りにふけってしまったよ。でも門限を破って施設の職員に大目玉を食らったのは、あまり思い出したくない記憶かな」
太武の表情がぼんやりとかげる。だからあれほど門限にこだわっていたのか、と先刻の刃七とのやり取りを想起する。彼女がそこまで恐れるお仕置きとはどのようなものか、怖いもの見たさも相まって興味をそそられる。
「そのあと学園長があれこれと手を回してくれたらしくて、僕は一度も登校せずに中学を卒業することになったんだ。いざこざがきっかけで僕がいつ暴走してもおかしくない、としつこく言われてね。結果的に彼女たちの言いなりになってしまうから、僕は気が進まなかったんだけど」
私はこれまでいじめに関わった経験などないけど、対象となる人物は非凡なことが多いように思える。自分が持っていないキラキラした輝きを忌み嫌う心中は不本意ながらよくわかる。「出る杭は打たれる」とは言い得て妙だ。
「って、ちょっと待ちなさい。それが去年の夏の出来事だとしたら、どうして刃七と之未の入学がすでに決まっているの?」
私が受験したのはつい一ヶ月前、推薦でも合格発表は十二月のはずだ。
「ウチとあっすんは裏口入学なんスよ」
「問題発言をサラッとしないで!」
困り眉の之未に反して、刃七は誇らしげな笑みを浮かべている。いかにも罪悪感の欠片もないという顔だ。
「義務教育もまともに受けてないから、そもそも入学すら叶わない身分なんスけどね。なんでももっちゃんから直々にお誘いが来たらしくて、気が付けば合格通知が届いてたッス」
「之未も同じなのです。パパから急に告げられて……」
学園がここまで腐敗していたとは、さすがにショックを隠せない。できることなら血眼になって参考書とにらめっこしたあの時間を返してほしい。まぁ、落ちた私の台詞ではないけれど。
しかしながら、今の私には彼女たちをとがめられない。「特別」を手に入れるとは、つまり「普通」を犠牲にすること。二人の力も太武のような経緯により得たものならば、私の叱責はもはやエゴだ。
「その子、アイスちゃんでしたか。之未も一度声を伺ってみたいのです」
「ごめんね之未さん。アイスの信号は契約者の僕にしか届かないらしいんだ。もっとも、ノイズだらけでおばあちゃんみたいなものだけど」
「そうなのですか、残念なのです」
之未さんが近づくと、それまで眠っていたアイスが気配を察知してぴんと耳を立てた。件のせいか人嫌いらしく、私の目にはひどくおびえているように映った。
「そういえば、カラオケボックスにペットは持ち込み禁止じゃなかった?」
「大丈夫、策は立ててあるさ」
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