12時限目

 人とも動物ともとれぬ光子の波に抱かれながら、僕は雲霓の狭間を漂っていた。そのどこか懐かしい温もりに溺れていると、心身のあらゆる穢れが清められていくようで、とても気持ちが安らぐ。


 不甲斐ない。母の亡骸にしがみついて、僕は未だに乱雑な幻影を結んでいる。独り身となった現実を受け入れられずに、在りもしないまやかしを追い求めているんだ。


(――違う、あなたは一人じゃないわ。すぐそばに仲間はいる。ただ彼らから目を背けているだけ――)


 どこからともなく届いたその声音に、僕ははたと瞳を見開く。けれどとらえた景色はモノトーンのみで、先ほどの映像は跡形もない。


「ようやく気が付いたのじゃな。随分と幸せそうな表情をしておったが、よい夢でも見ておったのか?」


 視界の端でうごめく対の楕円が、僕にぽよよんと問いかける。その正体にたどり着くまでに、絡まった思考回路では幾分か時間がかかった。


 状況を確認するために上体を起こすと、耳障りな軋みが下層で響いた。内装から察するに保健室のようだけど、うちの学校には似つかわしくないエレガントな印象に僕は顔をしかめた。


「心配は要らぬ。ここは私立黒百合学園。そちも一度くらい耳にしたことがあるのではないか?」


 もちろん知っている。うちの中学からさほど遠くない場所に建っている、由緒あるお嬢様学校だ。しかし、僕はなぜそんな縁もゆかりもないところで寝ていたのか。


「あれほどの馬鹿をしでかしておいて、よもや忘れたとは言わせぬぞ。もしわらわがあの道を通りかからなければ、今頃あそこ一帯は焦土と化しておったろうな」


 語気を強める修道服姿の淑女に、凄惨たるビジョンが脳裏をよぎる。


 そうだ。僕はうわべだけの正義を掲げて、クラスメイトはおろか、あわや罪のない人々まで手にかけようとした。これでは身勝手な自爆テロと大差ない、自惚れが過ぎるというものだ。


(――えねるぎいガ著シク不足シテイマス――)


 彼女の肩にアイスがぐでんと乗っている。その様はさながら溶けかけのアイスクリームみたいでみすぼらしい。これも僕が意気消沈しているせいなのだろうか。


「お手数をおかけしたようで。ええと、あなたはここのシスター?」


 黒百合学園はカトリック系のミッションスクールだと聞き及んでいる。加えてその破廉恥な格好から鑑みるに、それが最も妥当な線だと踏んだのだ。


「そうじゃ。そして、ついでに学園長も担っておる。わらわは望月と申す。差支えがなければ、そちのことも教えてくれんかのう」

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