7時限目

 玄関を入って突き当りを右に真っすぐ行くと、そこは先生という名の鬼がひしめく地獄だ。


「全ての教材を忘れてくるなんて、まったく呆れてものも言えないわ」

「はい、すみませんでした」


 もう何回この台詞を口にしたことか。長い間立ちっぱなしだったから、じんじんと足が痙攣している。


「前々から怠慢な授業態度を注意されていたにも関わらず、この体たらく。学年首席だから今まで見過ごしてきましたけど、これ以上ことを荒げるのなら、こちらもしかるべき手段を取らせてもらうわ」


 僕はいつからこんな問題児になってしまったのだろう。自分なりに精一杯頑張っているはずなのに、いつも結果は空回り。おかげで今ではサイコパスのレッテルを貼られる始末だ。


 こっぴどく叱られて、僕はとぼとぼと職員室を後にする。廊下から外を窺うと、すでに太陽が山間に入っていた。施設の門限は午後七時。早く戻るに越したことはない。


 誰もいない教室は、僕の好きな安寧で充満していた。オレンジに染まった黒板はほんのりと暖かい。床に引かれた影の線路をけんけんして渡る。


 そういえば、あの摩訶不思議な生き物をどうするか考えなければいけないんだった。まず思いつくのが捨てるという選択肢だけど、あれを自然界に放ってよいものか僕には判断しかねる。次に部屋でこっそり飼うという選択肢、でもあの殺風景な内装では隠しようがない。


「あれ?」


 そうこう頭を悩ませながらザックを開くと、中はすっかりもぬけの殻。あのへんてこりんな姿は跡形もない。


「もしかして逃げた? いや、ファスナーはしっかり締めていたし、ほつれている個所も見当たらない」


 仮にファスナーを開けたとしても、ご丁寧に締め直す道理などない。なら考えられる原因は……


「いだッ!」


 不意にこめかみに激痛が走る。その強烈な衝撃に堪らずうずくまると、続けざまに不可視の刃が太ももをつんざいた。


「ど、どうなってるんだ!? ここには僕以外誰もいないはずじゃ」


 自由を失った足を引きずりながら、生ぬるいフローリングを這う。なおも背に降り注ぐ透明な矢じりが、容赦なく冷静さを奪っていく。


 自分すらろくに守れない、その事実に肩が震えた。反撃の手立ても持たず、ひたすらに耐える姿は、さながら狩られる獣のそれだ。


「――嫌だ」


 誰かの歯ぎしりが鼓膜を震わせると、途端に感覚が冴え渡り、室内に残された微かな臭いを嗅ぎ分けられるまでに至った。自身に芽生えた野生に戸惑う暇すら、その時の僕には与えられていなかった。

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