6時限目

 不慮の事故で両親を亡くし、身寄りを失った僕は、児童養護施設の置かれているこの飯鳩いいはと町に移り住むことになった。でも僕はこんな性格だから、施設の人たちともなかなか打ち解けられなくてね。当時は部屋の窓辺にもたれて、眠れない夜を過ごしていたものさ。


 その日は雲一つない、待宵月が下界を照らしていた。らしくもなくその美しさに見惚れていると、ふと僕は徐々に肥大していく影に気付いた。


「なんだあれ。っておいおい、こっちに近づいてないか?」


 物理法則にとらわれない緩やかな落下速度を維持するその物体を、ベランダにぶつかる間一髪でキャッチする。その途端、稲妻のような感覚が全身を駆け巡った。


「うっ! おい、しっかりしろ。ひどいケガじゃないか」


 死んだ家族の面影を重ねたのか、僕はなぜだかコイツを見捨てられなかった。見る見るうちに、掌に血の池が出来上がる。


(――えねるぎいヲ補給シテ下サイ、えねるぎいヲ補給シテ下サイ――)

「この声は、まさか君が?」


 脳内に響く無機質なノイズに歯噛みして、淡く点滅するUMAを睨む。人であろうと動物であろうと、息絶える瞬間を目のあたりにはしたくない。


「むざむざ死なせたりするもんか。だけど、エネルギーって……」


 一滴、また一滴と温もりがあふれ出す。シャレにならない量だ。さっさと手当をしてやりたいが、皮肉にも僕は簡単な応急処置の仕方すら知らなかった。


 自分の非力さが、無能さが、憎たらしくてしょうがない。誰も救えない、守れないことに、反吐が出る。


 強くなりたい。そう切に願った。


(――膨大ナえねるぎいヲ感知、早急ニ許可ヲ要請シマス――)

「えっ?」


 刹那、蛍光色の背にブワリと丸い幾何学模様が浮かび上がる。僕は脳裏に流れ込んできたイメージに従って、胸にそっとかざした。


(――認証ヲ確認シマシタ、えねるぎいノ補給ヲ開始シマス――)


 UMAの傷が癒えていく一方で、僕の額からは滝のような汗が噴き出す。まるで精神を削り取られるかのような、あまりに異様な現象。


「ハァ……ハァ……」


 かすみゆく意識の中で、互いの鼓動が共鳴していることだけが明瞭に把握できた。押し寄せる疲労の波に呑まれて、僕はいつしか眠りについていた。


 僕の記憶はそこから翌朝までスキップする。


「ふわぁ、久々によく寝た。ひどい悪夢を見たような気もするけど、まぁいっか」


 服や絨毯に血の跡はなく、窓も閉められている。天井のシミをぼんやり数えていると、突然何かに視界を遮られた。


(――ゴ協力有難ウ御座イマス――)

「きゃあ!」


 それを引きはがし慌てて上体を翻す。今まで出したことのない甲高い声は、間違いなく僕の喉仏から発せられたものだった。


「君は、昨晩の……」


 その奇怪なフォルムが禍々しいフラッシュバックを起こす。


「君は一体何なんだ?」

(――でいたガ破損シテイル為、オ答エ出来マセン――)

「デ、データ?」


 寝ぼけた頭で懸命に状況を整理しようとうなっていると、横たわった目覚まし時計が指先に触れた。


「って、もうこんな時間か。早く支度しないと。いや、ちょっと待て。施設の人たちにコイツが見つかったらどう説明をつけよう」


 原則として、施設内でペットを飼うことは禁止されている。ただでさえ周囲から疎まれている僕が不祥事をしでかせば、場合によってはここを立ち退く必要も出てくる。


「チッ、めんどくさいなぁ。君も一緒に来るんだ!」


 ぎゅうぎゅうに詰まったザックから荷物を引き抜き、僕は勢いよく腕を伸ばした。

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