時は跳んで

5時限目

 かくして幕を開けた波乱の高校生活に、一週間が過ぎ去って、私は早くもそのアブノーマルな環境に慣れつつあった。


「よし、今日の授業はここまでじゃ。寄り道をせず真っすぐ家に帰るのじゃぞ」

「ウィッス!」


 ✕組の生徒は部活動への参加を禁じられている。私も中学校では美術部に入っていたけど、お察しの通り賞を貰ったことなどないし、今更未練はない。まぁ、おかげさまで退屈はしていないから、この話は不問にしておこう。


「ねーねー! 放課後みんなで駅前に行ってみないッスか?」

「また唐突ね。それに昨日、デパートで買い物したばかりじゃない」


 掃除用具入れからバケツを運びながら、ついさっきの望月先生への返事を思い出す。だだっ広い礼拝堂に、この人手の少なさではさすがに骨が折れる。これならトイレ清掃のほうがまだマシだ。


「僕は遠慮しておく。施設の門限に遅れてはかなわないからね」

「ふーん、それは残念ッス。あそこにけっこう評判のいいクレープ屋さんがあるんスけど、とっきーは来れないんスか」

「な、それを先に言わないか! 行く行く、僕も行くから!」


 どうやら太武は大の甘いもの好きのようで、お菓子やスイーツという単語が絡むととんと我を忘れてしまうらしい。ちなみに、とっきーとは太武のニックネーム。いつまでもAカップと呼び続ける刃七に、太武が無理やり命名させたのだ。


「ん? 之未さん、浮かない顔してどうかしたの?」

「あっ、いえ。その、実はパパから、外での食事は控えるよう釘を刺されているのです……」


 なんでも陰陽道宗家には様々な掟やしきたりがあるらしく、生真面目な之未さんにそれらのしがらみを破れるはずもない。庶民の私には想像もつかない世界だ。


「じゃあカラオケはどうッスか? ウチも実は行ったことないんスけど」

「おい、ちょっと待て! クレープはどうした!」

「確か最近のカラオケボックスはフードメニューが充実していて、季節限定のデザートなんかも提供しているって噂で聞いたッス」

「よし、今すぐ行こう」

「ならさっさと済ませちゃいましょ。ほら、あなたたちも手伝って」


 騒がしい二人の狭間に箒の柄を投じると、途端に揃って渋い顔をされた。あくまで体裁上ではあるが、私も委員長を任じられた身。彼女たちを一日も早く通常学級へ移すためにも、厳しく接するに越したことはない。


「くそっ、億劫だ。こんなもの、魔法が使えればものの数分で片付くだろうに」

「あははははは! 魔女が箒持ってるッス」

「君ってやつは……」


 太武の鋭い眼光など歯牙もかけず、刃七は相変わらずのあほくさい笑い声を上げている。ホント、怖いもの知らずというか、空気が読めないというか。


「まぁでも、魔女が箒にまたがって飛ぶ、ってのはお決まりの設定よね。私も昔は、ブラウン管の中で飛び回るキャラクターたちを、恍惚として見入ったものだわ」


 くたくたの雑巾を絞りながら、在りし日のとあるアニメを懐古する。私の視力が0.1を下回ったのもその頃だったかな。


「へぇ、意外と夢見がちな子だったんだね。今の委員長からはまるで想像できない」

 そこまで可愛げないか、私。

「しかしあの迷信は全くのデタラメだよ。浮遊術なら僕もできるけど、こんなものはいらない」


 太武が人差し指だけで箒を立たせる。魔法少女に必要な資質はバランス感覚ということか? いや、まさかね。


「コイツの言うことが正しいなら、魔法の原理は元素の状態操作が基本らしい。例えば、空気中の原子を気体から固体にして、それをまた気体に戻せば膨張した体積分の動力が得られる。これを足元で行えば体が浮くという寸法なんだとさ」

「コイツ?」

「これこれ。名前は『アイス』っていうんだ」


 自分の肩に目配せして、太武は気だるげに床を掃き始める。あの忌まわしき事件の発端となったUMAは、彼女の姿勢に合わせてうろちょろしている。


「よくそんなキモいヤツを連れ歩けるッスね。ウチには絶対無理ッス」

「そうなのですか? 之未はカワイイと思うのです」


 両極端な意見を総合すると、どうやらキモカワイイが一般的な見識のようだ。


「んで、結局その生き物は何なのよ。まさか使い魔的なアレ?」

「正直なところ僕にもわからない。はっきりしてるのは、僕が魔法少女になった最たる所以ってことくらいさ。コイツがいないとろくに変身もできないしね」


 つまり、な○はのデバイスや、ま○かのソウルジェムと同じ類か。


「それは前に話していた、契約がうんたらかんたら、ってのと関係が?」

「よく覚えていたね。そう、独りぼっちの僕らはあの宵、契約を交わしたんだ」

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