3時限目

「ちょ、ちょめ? 勝手なこと言わないでください。そんなの初耳ですよ」

「じゃろうな、ついさっきわらわが考えたんじゃからのう」


 いたいけな笑みに惑わされないように、少し語気を強める。私はどこぞの魔法科高校ではなく、由緒正しいお嬢様学校に入学したのだ。これではまるで詐欺じゃない!


「そちが知っての通り、この三人は常識を超越した存在じゃ。ああ、わらわも含めれば四人じゃったか」

「えへへ」

「もしかしなくても褒められてないよね」


 夫婦めおと漫才をしている輩はほったらかしにして、話を続ける。


「もしこやつらを通常学級に配属すれば、今回のような事故を起こした際にケガ人を出しかねん。そこで学校生活に順応するまでの間、この特別学級に隔離することと相成ったのじゃ」

「つまりは猛獣を閉じ込めた檻だと」

「そうとも言えるかの」


 望月先生は別段悪びれた様子も見せずに、ちんまりした胸を張っている。

「Aカップさんよりあるんじゃないッスか?」

「少し黙ろうか。でなければ、その聞き分けのない口を待ち針で縫い合わせるよ」

 あんたら本当は仲いいでしょ。


「いきさつはおおむねわかりました。ですが望月先生、そんな魑魅魍魎ひしめく監獄に、どうして私の席があるんですか? 私は何の取り柄もない、グズでノロマな、ただの……」


 自分で言葉にすることが、ここまで辛いとは思わなかった。どす黒く淀んだ感情がのどにつかえて息苦しい。


「そち、面接でどんなことを話したか、覚えておるか?」

「なっ」


 急な問いかけに思考がフリーズしてしまう。記憶を遡ること一ヶ月前。粉雪に身を潜めた薄氷うすらいが私にした仕打ちは、未だに忘れていない。けど、


「思い出せぬか。まぁ無理もあるまい、あの日のお主は過度の緊張でガヂガヂに固まっておったからのう。ではわらわが教えてやろう。そちはの、『特別が欲しい』と申したのじゃ」


 私はそんな臭い台詞を吐いたのか。でもそのフレーズは、間違いなく私のものだ。


「異端者を更正させるにあたり、望ましくは学級にも模範モデルを置きたい。そこで白羽の矢が立ったのがそちじゃ。『特別』を手に入れるには、ここは打ってつけじゃろうて」

「わ、私は騙されません。たとえそうだとしても、彼女たちに殺されてしまったら元も子もないじゃないですか!」


 バクバクと鼓動がうるさい。人前で小っ恥ずかしいやり取りをしているのもそうだけど、自分の抱いていた理想がひどく曖昧なものだと痛感させられて、内心戸惑っていた。


「ふむ、そうか。わらわも無理強いをするつもりはない。そちが嫌だと申すのなら止めはせん」


 やけにあっけない幕引きに、頭上のサイレンがウーウーうなっている。これには何か裏があると、私は直感で悟った。


「つかぬことを伺いますが、✕組を抜けたら私は……」

「さぁ? 少なくとも、黒百合学園にはおられんじゃろうな。なんせそちは、なのじゃから」


 そうだ。いつから勘違いしていたのだろう。私がお嬢様たちと同じ空間を共有するなんて、端からありえない話ではないか。


「あの、これ……」


 柔らかな声音に隣を一瞥すると、丁寧に畳まれたハンカチーフが目の端に映った。憂えげな少女からそれを奪い取って、つーんと染みる鼻先に宛がう。


 ずびびびびびぃ~っ!


「台無しッス」

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