6-2 ドラゴンさんは通報されちゃう
ルウは扉を開けることなく、マーブル模様の壁をすり抜けて牢内に入ってきた。
つまり彼女は壁抜けの術を習得していて、体内で凝縮された霊素を用いれば魔封じの牢獄だろうが問題なく魔術を扱えるってことだ。
「誰にそんな手品を教えてもらったんだ?」
「アドラメレクに決まってるでしょ。そのほうが
俺の問いかけに、ルウは初対面のときと同じく生意気な態度で応じた。
見たところ彼女は姉よりも魔術の扱いに慣れていそうである。
だからこそリオが探知の魔術を使ったとき、幻を介してこちらにメッセージを飛ばすことができたのかもしれない。
「その様子なら理解してるよね? ルウは牢獄の中でも魔術が使えるんだから、無駄な抵抗しないで。じゃないと――」
ルウは懐から小さなペンを取りだすと、模様を描くように宙をなぞる。
すると薄紫色のモヤが生まれ、デフォルメされたクマのモンスターが現れた。
モフモフした可愛らしい見ためのくせして、丸太のような腕をびゅんびゅん振りまわす仕草から、けっこう凶悪なパワーを秘めていそうなのが伝わってくる。
今の俺は本調子じゃないし、無暗にケンカを売るのは得策ではなさそうだ。
「嘘……。ゴーレムを作りだすなんて……」
「もしかしてかなり難しいのか?」
「高度な術なのはもちろん、脳内のイメージを忠実に再現するセンスが必要なの」
そういえばルウは絵画コンクールで何度も入賞している天才児だ。
ゴーレムの創造というのは、持ち前のセンスを活かした魔術なのだろう。
ミーナは名のある美術品を眺めるように、クマさんゴーレムを見つめている。
「私は絵心ないから失敗しちゃうのよね。三年くらい前にゴーレムでイケメンを作ろうとしたんだけど、危うくヘドロのオバケに呑みこまれそうになったし」
「昔から変なことやってんだな、お前……」
このお嬢さんは黒歴史が豊富だから困る。
話を聞いていたルウは俺以上に呆れたらしく、ため息まじりに言う。
「ほんとに緊張感のないおバカさんだし……。しかたないからルウが面倒みてあげる。研究に協力するなら命は助けてやるって、アドラメレクも言ってたもん」
「だってさ。どうする?」
「魔皇って冗談がヘタなのね。まるで笑えないわ」
ミーナはふんと鼻をならす。俺も同意見だ。
口封じに殺そうとしてきた相手なんて信用できるわけがなく、今の言葉が真実だとしてもどうせロクでもない研究をやらされるに決まっている。
ドラゴンの俺なんて実験の餌食にされて、ホルマリン漬けにされるのがオチだ。
「てなわけで俺たちの答えはお断りだ。お前のほうこそどうなんだ。……本当に帰るつもりはないのか?」
「なんで帰るの? ルウはお姫さまになれたのに」
幼い姫君はそう語ると、あどけない仕草で黒いドレスをひるがえす。
しかし言動とは裏腹に表情は仮面のように固く、壊れかけの人形みたいだった。
「ここにいたらお前はアドラメレクに食われちまうんだぞ」
ひとまず現状に危機感を持たせるべく、俺は真実を告げる。
しかしルウはむっつりとした表情を浮かべると、
「知ってるよ。だから何」
驚くべきことに、ルウは
しかし……殺されるとわかったうえで、救いの手を拒む理由がどこにある?
俺が困惑していると、ルウはまるで自分に言い聞かせるかのように言った。
「どうせ逃げようとしたって無駄なの。だったら優雅に暮らしたほうがいいもん」
その声は小さな女の子が発したとは思えないほど空虚で、深い諦観に満ちていた。
彼女の言葉を聞いて、俺はようやく理解できた。
ルウはおうちに帰りたくないと本心から願っていたわけではなく。
アドラメレクを恐れるあまり――帰れるわけがないと諦めているのだ。
「……ふざけんなよ。リオはお前をずっと心配してた。だから危険をおかして助けにきたんじゃないか。なのにお前が先に諦めたら意味ねえだろうが!」
「じゃあどうすればよかったの! ルウは来ちゃダメって言ったのにっ!」
姉の名前が出たことで、ルウの口から堰を切ったように感情が溢れだした。
冷淡な仮面が剥がれ落ち、涙でぐしゃぐしゃになった小学生の顔があらわになる。
「お姉ちゃんは何にもわかってないっ! ルウを助けにきたらアドラメレクに捕まって殺されちゃうのに! そんなの……そんなの絶対に嫌だもん……っ!」
リオの言っていたとおり、ルウは本当に優しくてしっかりした子なのだろう。
だからこそ愛する姉が犠牲になる結末を、何よりも恐れているのだ。
「嘲弄卿と呼ばれるアドラメレクは、他者を弄び欺く行為をなによりも好むと言われているわ。ルウちゃんはそのことをよく知っていたから……」
ルウの真意を理解したのか、隣のミーナが呟く。
あえて助けがくることをアドラメレクに打ちあけ、家に帰りたくないと告げる。姉を裏切るという『見世物』を披露すれば、満足した魔皇は恩赦を施すだろうから。
自らの気持ちを偽り――救出の手を拒むことで。
ルウは姉の命を守ろうとしたのだ。
「バカじゃねえの、お前……」
思わず出てしまった俺の言葉に、無茶な背伸びを続ける少女は何も返さない。
わかってんのかよ。
それでも覚悟したのかよ。
お姉ちゃんが殺されるくらいなら、自分が殺されたほうがいいだなんて。
それが正しい答えじゃないとわかったうえで、それでも選んだのかよ。
不愉快だった。
ぶっちぎりで笑えなかった。
「まったく……素直に俺の力を信じてくれりゃ話は早いのにな。そしたら全部なんとかしてやるよ。アドラメレクのこともリオのこともさ」
「何も知らないから……そんな調子のいいことが言えるんだし」
「じゃあお前は知ってるのか? アドラメレクよりも恐ろしいドラゴンのことを」
俺は牙を剥きだして問いかける。
しかしルウは怯えるどころか、挑戦的なまなざしを向けてくる。
「ドラゴンさんはアドラメレクに立ち向かうどころか、牢獄から抜けだすことすらできないじゃん。本当になんとかできるんなら……今すぐここで証明してよっ!」
ルウは小さな身体をめいっぱいに広げると、癇癪を起こしたように叫ぶ。
クソ生意気な態度が戻ってきたらしい。上機嫌になった俺は告げる。
「――牢獄から抜けだしてみせればいいんだな?」
ならば教えてやろう。
ドラゴンの答えを。
ドラゴンの力を。
笑いながら近寄ってくる俺を見て、不穏な気配を察したのだろうか。
ルウは勇ましい態度を改め、小動物みたいにぷるぷると震えはじめた。
「ちょっ……どうするつもりなの! すっごく嫌な予感がするけどっ!」
「そんなに怯えるなよ。証明しろって言ったのはお前じゃないか」
俺は獰猛な笑みを浮かべたまま、ルウの肩をがっちりとつかむ。
主の危機を察知したのか、視界の隅でクマさんゴーレムが動きだす。
だが――遅い。
女の子の唇を奪うのは、ほんの一瞬だけ隙があればいい。
「もご……っ!」
ドラゴンの腕に拘束されて、ルウの華奢な身体が小刻みに震えつ。
俺は舌を使って彼女の唇をこじあけると、ピンク色の口内を貪欲にむさぼった。
そうして彼女の体内に凝縮されていた霊素を奪いとっていく。
つまりこれが牢獄から抜けだすアイディア――王子様の真似事だ。
錫姫であるルウから霊素を補充する。
口内摂取できることは、ミーナから事前に聞いておいた。
ドラゴンの力がみなぎってくるのを感じた俺は、ルウの唇を解放する。
「ななな……なにしやがるのよロリコン! 今すぐ通報してやるもんっ!」
「ハハハ! やれるもんならやってみろ!
クマさんゴーレムが襲いかかってきたので、俺はさっそく両腕を巨大化して殴り返す。ファンシーなボディは凄まじい勢いで四散し、薄紫色のモヤに戻っていく。
それから両腕を元に戻してルウを担ぎあげると、今度は右脚を巨大化させて魔封じの扉を粉砕する。
いくら強度があろうとも、ドラゴンが本気を出せばこんなもんだ。
怯える彼女と目が合ったので、俺は思い出したように告げる。
「言っとくけどファーストキスだぞ。光栄に思え」
「こ、こいつマジで頭おかしいっ! やだやだ食われちゃううう!」
腕の中でジタバタと暴れるルウに、俺はなおさら愉快になって大声で笑う。
背後ではミーナが、変質者を見つけたような顔をしていた。
「ほんとひどいわね、あんた……」
おいおい、そんなふうに言わないでくれよ。
女の子とのキスで力を取り戻すなんて、おとぎ話みたいで素敵じゃないか。
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