6-3 嘲弄卿アドラメレク

 脱獄なんて普通はバレないようにやるものだが、ドラゴンに常識は通用しない。

 扉をぶち破ったついでにいっそ開き直って、豪快に暴れてやることにした。


 腕に抱えていたルウをミーナに預けると、俺は高らかに笑い声をあげる。


「よく見とけよ。これがドラゴンの力だッ。ファファファファッ!」


 肉食獣さながらに牙を剥きだす俺を見て、ルウは震えながらミーナにしがみつく。


 やがて騒ぎを聞きつけたのか、アドラメレクの魔導兵器が列をなして迫ってくる。

 俺が出会い頭に尻尾の一撃をお見舞いすると、ガーゴイルのような悪魔像と緑色のオーガがまとめて爆発四散し、両方が混ざりあった前衛的なオブジェを作りあげる。

 まさにエンジョイ&エキサイティングな光景だ。


「やばいやばいやばいです! あいつは絶対に危ないやつなのですう!」

「落ちついてルウちゃん。危険物だってうまく扱えば役に立つから」


 さらっとひどいことを言われた気がするものの、ミーナはさりげなく電撃の魔術を放って俺が取りこぼした敵にトドメを刺していた。

 なんだかんだ言いつつサポートしてくれるようだから、彼女に背中を預けてどんどん先に進むとしよう。


 扉をぶち破るときに巨大化の力を使ったし、今後は不測の事態に備えて体力を温存しておきたい。

 できることなら警備が手薄な今のうちに〈魔導宮〉を抜けだしたいところだ。


 しかしその前に、建物のどこかにいるリオを救出しなければならない。


「お姉ちゃんのプラナは探知できるよな?」

「偉そうに指図しないで」


 俺が問いかけると、ルウは生意気な口を聞いてぷいと顔を背ける。無理やりキスして連れだしたせいで、彼女の好感度は底辺まで下がってしまったらしい。


 とはいえ俺たちに協力する気にはなったようだ。

 リオの居場所を特定しようと、ルウは意識を集中しはじめる。


「お姉ちゃんはこのまままっすぐ行ったところ……天守塔にいるみたい」

「天守塔って建物の中枢部よね。じゃあアドラメレクもそこにいるわけ?」


 ミーナの問いかけに、ルウは無言でうなずく。

 想定していた展開の中では最悪に近い。

 俺たちがルウを連れて牢獄を抜けだした時点で、アドラメレクはリオを餌にしておびきだすことに決めたのだろう。

 だとすれば間違いなく退路は塞がれている。


「たぶん今の状況もアドラメレクが用意したゲームなの。ドラゴンさんを研究して最強の魔導兵器を作りたいって言ってたもん」

「……俺の実戦テストってわけかよ。いよいよナメくさった野郎だな」


 吐き捨てるように言うと、ルウがじっと見つめてくる。


「本当にアドラメレクを倒せるの?」

「勝算はある。だから負けるつもりはない」


 絶対に倒せるとは約束しなかった。それはあまりにも無責任だからだ。

 この世に絶対なんてものはない。

 しかし逆に言えば、魔皇アスラにしたって絶対に倒せない敵ではない。


 だから俺は可能性を示す。


「魔皇はお前が思ってるほど万能じゃないぞ。周囲の空間を支配できる力があって、ほとんど不死に近い存在ってだけだからな」

「余計に倒せそうな気がしなくなってきたの……」

「そうでもないさ。恐ろしく頭がいいってわけじゃないから、予想外の行動に不覚を取ることだってある。おまけにあいつらは〈依代アヴァター〉って弱点を抱えてるんだ」


 弱点と聞いて、ルウが驚いた顔をする。

 いい反応だ。

 満足した俺は説明を続ける。


「魔皇を強大な存在たらしめる力の源泉――つまり心臓とか魂みたいなもんだな。あいつらは不自由なことに、身体の中じゃなくて外に魂が存在しているわけだ」

「だからこそ魔皇は不死性を宿しているのかもしれないわね。やがては朽ちる肉体を捨て、自らの魂を力の象徴に移す。ゆえに彼らは超常者と成りえたわけよ」


 ミーナが魔術的見地から、魔皇の魂の在り方に推測を述べる。

 しかしナーザからその辺の専門的な話は聞いていないので、俺には正しいのかどうかわからない。


「重要なのは魔皇は〈依代〉を奪われると力を封じられちまうってことさ。そうなれば奴らは不死性を失うから、問題なく倒すことができる。……理屈だけなら簡単だろ?」


 ルウが納得したようにうなずいたので、俺は本題に入ることにする。


「役割分担といこうや。俺がアドラメレクを叩くから、お前は〈依代〉を探してくれ」

「ルウが……?」

「ああ、ミーナといっしょにな。アドラメレクからすればドラゴンの俺はともかく、お前たちにまったく脅威を感じていないはずだからさ」


 きょとんとするルウとは対照的に、ミーナはさっそく俺の意図を理解したようで、


「確かにわたしたちのほうが、侮られてる分うまく隙を突けるかもね」

「そういうこっちゃな。ミーナは機転が利くし、美術が得意なルウは観察眼がありそうだ。少なくとも魔皇とガチでやりあう俺よりは〈依代〉を探す余裕があるだろ?」


 ミーナに続きルウも作戦の主旨を理解したようなので、俺は具体的な説明に移る。


「魔皇は常に〈依代〉を手元に置いている。距離を離すとプラナが弱まっちまうらしい。あとは持ち主の力を象徴するものって話だが……ぶっちゃけよくわからんよな」


 ルウとミーナがうなずいたので、俺はかぎづめで頭をかく。


 酒場で聞いたのはさわりだけだったが、実はあのあと何度かナーザに会って〈依代〉の詳細を教えてもらっている。

 そのときに彼女が語っていた話を、例に出すことにしよう。


「煉獄卿アグニを象徴する力が火だとしたら、あいつの〈依代〉は火にまつわるものだ。だからもしランプみたいな火を使う道具が近くにあれば、それが怪しいってことになる。……まあこれは単なるナーザの憶測で、アグニの象徴が火とはかぎらないんだが」


 とはいえ、たとえ話としてはわかりやすい。

 あとは具体的にどうやって魔皇の力を封じるかだ。


「他者に〈依代〉を奪われた時点で魔皇は魂を掌握されたことになる。だから力を封じられるって理屈なんだが、他にも象徴としての条件を奪うって方法があるらしい」

「えっと……どういうこと?」「よくわかんないの」


 ミーナとルウが揃って首をかしげたので、俺は再びたとえ話で説明する。


「ランプから発光部と燃料を抜いたら、ただのガラス瓶になっちまうだろ? そうやって本来の役割を奪ってしまえば、魔皇の〈依代〉は力の根源としての効果を失うって話だ。……つってもそんなことやってるヒマがあるなら、物理的に奪ったほうが早そうだけどな」

「なんとなくわかったわ。わたしが魔皇だとしたら、美しいものが〈依代〉になるわけね。宝石やお花とか」

「何言ってんだ。お前なら雑草スープだろ」


 そう言って茶化してやると、ミーナは思いっきり尻尾を踏んできやがった。

 痛みに悶絶する俺を見て、ルウが控えめにクスクスと笑う。


 緊張はほぐれてきたし、やるべきことは定まった。

 だから俺は二人に告げる。


「――ドラゴンだけじゃない。で魔皇を倒すんだ」





 天守塔までの道のりは平坦ではなかった。

 入り組んだ通路で何度も敵と遭遇し、そのたびに激しい戦闘が巻き起こった。

 しかし幸いなことに誰も怪我を負わなかったし、体力の消耗を最小限に抑えることができた。

 考えようによっては本番までのウォーミングアップになったかもしれない。


〈魔導宮〉の狭い窓から見える都市の空は、今や真夜中の闇に支配されている。

 そういえばナーザと戦ったときも夜だった。

 魔皇に昼の空は似合わないから、彼らと戦うにはうってつけの時間かもしれない。


 そして案の定、嘲弄卿アドラメレクは天守塔で待ち受けていた。


 広々とした大広間。

 要塞の中枢というより、壮麗な劇場といった雰囲気の空間だ。

 全体の面積はサッカー場くらいあるかもしれない。

 幾何学的な模様が刻印された柱列は黄金に縁どられ、血のような赤で塗られた床は一面にカーペットを敷きつめたかのようだ。

 観客用の椅子こそないものの広間の最奥に大きな舞台があり、天井に設置された豪奢な鏡が周囲の燭台から灯りを反射して、空間全体を怪しく照らしだしている。


 嘲弄卿アドラメレクは、壇上から俺たちを見下ろしていた。

 夜と同色のマントをはおり、長く垂れた裾口を床に落ちた影と一体化させている。


 傍らに目を向ければ、黒い触手のようなものでリオが四肢を拘束されていた。

 目立った外傷はなさそうだが、気を失っているのか、彼女はぐったりとしている。


「――お、お姉ちゃんっ!」


 動揺したルウが大きな声をあげる。

 しかしリオからの反応はなく、代わりにアドラメレクの嘲笑が響く。


「ドラゴンを連れてきてくれたみたいだね、ボクのお姫様。……さあ、こっちにおいで。そしていつもみたいに怯えておくれよ。キミの一番ステキな顔を眺めたいんだ」


 山羊のような角を生やした魔皇の視線が、ねっとりとルウに絡みつく。

 たったその一言だけで、俺は寒気とともに直感する。

 アドラメレクはナーザよりずっとタチが悪い。

 こんな頭のおかしそうなやつに長く囚われていたら、小さな女の子が絶望してしまうのも無理はない。


 しかし――ルウはアドラメレクを真っ向から見すえる。


「あんたこそお姉ちゃんを放してよっ! じゃないとルウがけちょんけちょんにしてやるんだからっ!」


 泣きそうな声で叫んだルウの頭を、俺は軽くぽんと叩いてやる。


「よく言った。お前はやっぱり優しくてしっかりした妹だよ」

「リオさんだって自慢したくなるかもね。だから――早く助けてあげなくちゃ」


 三人揃って息巻くが、アドラメレクはまるで動じていない。

 むしろ予想外の展開に、愉悦すら感じているかのようだった。

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