第四章

4-1 プラナの繋がり

 ナーザを倒したあとの記憶はおぼろげにしか残っていない。

 リオをアジトに連れてきた直後、俺はいきなり眠ってしまったのだ。


 たぶん肉体の回復に専念するために、ドラゴンの力が俺の意識を切り離して完全な休眠状態を作りだしたのだろう。

 目を覚ましたのはなんと、それから数日後だった。


 ぐっすりと寝ている間に皆をだいぶ心配させてしまったようで、何事もなく目を覚ましたあとも、俺はしばらく安静にすることになった。


「治るまでは無理しちゃダメだよ、カイくん。休むのだって努力のうちなんだから」

「言われなくてもそうするさ。だから優しく看病してくれ」


 俺が率直に要求すると、ベッドの隣に腰かけたリオは穏やかに笑う。


 ナーザから奪ってきた錫姫シャクティを受け入れるべく、ミーナを中心としてアジトの住人たちはバタバタと慌ただしく動いている。

 しかし当のリオは手が空いていたので、最近は俺の部屋に来て看病してくれているわけだ。

 彼女がリンゴに似た果実を切ってくれたので、俺は起きあがって手を伸ばす。


「はい、あーん」

「逆に食いづらいんだけどなあ」


 リオが口に運んできたリンゴもどきを、牙でもしゃもしゃと咀嚼する。

 彼女のプレイはちょっと糖分が高すぎるというか、たまにものすごく恥ずかしくなってきて困る。

 いや、プレイと言ってしまうと余計にアレな気分になってくるが。


 俺はリオの姿をじっくりと眺める。

 通気性のよさそうな白いポロシャツと、同じく白の短いスコート。

 異世界にいるとは思えない、見事なテニス女子のスタイルだ。


「いや、用意したのは俺なんだけど……。マジで着るとは……」

「この格好のこと? 動きやすくていいよねー。テニス部だったから愛着もあるし」


 普通に考えたら竜骸都市マハーカーラにテニスのユニフォームがあるのはおかしい。

 ところがマイペースなリオはまったく気にしていないようだ。

 ちなみに衣装はバニーガール三姉妹に頼んで、異世界の素材で再現してもらった。

 素人のお手製なので全体的に作りが荒く、なおさらコスプレ感が漂う。


「気にいったんならいいんだけどさ。やっぱりその姿が一番似合うし」

「ありがと。でもちょっとサイズが小さいかなあ」


 リオはわずかに頬を赤らめて、スコートの端をつまんでふとももを隠そうとする。

 実はサイズが小さいのではなく、俺が悪ノリしてギリギリの短さで発注したのである。

 シャツもタイトな作りにしたので、ほどよく鍛えられた上半身のラインがくっきりと浮きでている。

 彼女のお胸はやや平坦なのだが、これはこれでいいものだと思う。


 無言でニヤニヤと眺めていたら、リオはいっそう恥ずかしそうにする。

 ……なんというか、ガチでいかがわしいプレイみたいになってきた。

 いっそ看病してもらうついでに、あんなことやこんなことをお願いしてみようか。


 調子にのった俺がリオに手を伸ばそうとしたところで――ドラゴンの感覚が強烈な殺気を感知する。


 扉の隙間からミーナが部屋の様子をうかがっていた。

 あっぶねえ……。今にも攻撃系の魔術をぶっぱなしてきそうだ……。

 向こうも俺の視線に気づいたらしく、わざとらしい咳払いをして部屋に入ってくる。


「様子を見にきたんだけど、思ってたより元気そうで安心したわ」

「まだ万全とは言えないけどな」


 彼女の声にはトゲがあり、いかにも機嫌が悪そうだ。

 しかし個人的にはそれより気になることがあって、どう反応すべきかよくわからなかった。


 ミーナは黒いレオタードを着ているのである。

 白いフリルのつけ襟で首元を飾り、薄手の網タイツは彼女のむっちりとした脚をさらに立体的に見せている。

 極めつけは頭につけたうさ耳カチューシャ。どう見てもバニーガールのコスプレだ。


 最近あんま話してなかったからなあ……。

 構ってもらいたくて奇行に走ったか。


 衣装は賭博場カジノの制服を拝借したようで、きちんと寸法を合わせているところにミーナの本気度がうかがえる。

 リオを見ると「この人なんでコスプレしてるのかなあ?」という顔をしていた。

 ……いや、お前もおかしいからな。完全にツッコミ待ちじゃねえか。


 俺は平静さを取り戻したところで、頭がぴょんぴょんしてそうなミーナに言った。


「ちょうどいいところに来たな。そろそろ次の計画に向けて準備しようぜ」

「この衣装にコメントはないの……?」

「はいはいカワイイカワイイ」

「ちょっと! 全然キモチが入ってないじゃん!」

「ミーナさんはなんでそんな恰好してるんですか?」

「……あんたが言うなっ!!」


 ようやくツッコミが入ったところで、俺たちは今後のことについて話しあう。


 銀腕卿ナーザに囚われていたリオは、魔皇アスラの目的について詳しく知らない。

 だからまずは彼女に順を追って説明していく。


 竜骸都市に充満する霊素をめぐり、十二の魔皇がかつて争っていたこと。

 争いによって弱体化した魔皇たちが、失われた力を取り戻すために秘宝を求めたこと。

 地球の少女――つまり錫姫たちは、秘宝を作りだす資質を持つがゆえに召喚されたこと。

 一年かけて体内に秘宝を作りだした錫姫は、魔皇の生贄として食べられてしまうこと。


 最後の説明を聞いたとき、リオはかなりショックを受けていた。

 自分が食べられていたかもしれないと知ったのだから、まあ当然の反応である。


 リオいわくナーザに囚われていたころの生活は、漠然とした不安や恐怖こそ感じていたものの、衣食住に関してはいたく優雅だったという。

 まるで本当のお姫さまになったみたいだったと、当時を振り返ってそう語っていた。


 たぶん他の錫姫も似たような環境にあり、魔皇に食べられる運命にあるとは知りもしないだろう。

 彼女たちは今も囚われの姫として、オブラートに包まれた不安と恐怖の中で暮らしているのだ。


「説明はあらかた終わったし、俺たちの計画について話すとしようか。リオはこうして連れだすことができたけど、囚われたままの錫姫はまだ十一人も残っている」

「わたしとカイは全員さらうつもりなの。魔皇たちに目にもの見せてやるためにね」


 ミーナはそう言って豊満な胸を張る。

 元の世界に戻りたいとか、女の子を救いたいとか。

 自分の目的についてリオにそう説明するつもりだったのに、彼女はもっと単純な理由に置きかえてしまった。

 ――気にいらないからぶちのめす。

 ただそれだけだ。


 俺は内心で笑う。

 あれこれとキレイな御託を並べるよりもずっといい。


 リオは少し黙りこんでから、やがて決心したかのようにおずおずと口を開く。


「わたしがこんなこと言える立場じゃないかもしれないけど……」

「ルウを助けてもらいたいんだろ?」


 言葉の続きを待たずに言うと、リオは驚いた顔をする。

 ミーナがこっちを見たので「リオの妹だよ」と教えてやる。


 リオはきっとそう願っているだろうと、実のところ数日前から察していた。


 彼女が今まで言葉にしなかったのは、ナーザと戦ったあとに俺が倒れたからだ。

 リオをさらうために死闘を繰り広げ、文字どおり死にそうな目にあったからだ。

 彼女の立場からすれば、俺にまた助けてくれと、また戦ってくれとは言いにくい。


 だけど血の繋がった妹が――まだ小学生の女の子が、今も魔皇に囚われているのだ。

 姉として心配しないわけがない。助けたいと思わないわけがない。

 だから最後は決心して頼みこもうとしたのだろう。


 それが悔しかった。

 もっと素直に頼ってほしかった。

 もっと気軽に甘えてほしかった。


 俺は本音を隠すように、教科書を貸してくれと頼まれたときと同じノリで答える。


「いちいち立場とか気にすんなよ。めんどくせえなあ」

「でも……カイくん」

「でもじゃねえって。俺はドラゴンなんだぞ。この前は調子が悪かったから、ちょっとばかし苦戦したけどな。次はもっと余裕で倒す。たぶん相手はワンパンで死ぬ」

「そう願いたいわね。毎回あんな無茶されたら心配で身が持たないもの」


 ミーナが呆れた様子で合いの手を打つ。とはいえ反対の意志はないらしい。


「竜賊の理念を教えてやるよ。つっても今決めたんだけどな。……一つ、気にいらないやつはぶちのめす。二つ、欲しいものは必ず手にいれる。三つ、奪われたものは奪い返す。そんなわけで次の獲物はお前の妹――ルウだ」


 リオは俺の言葉にあっけにとられたあと、瞳に涙をにじませて笑った。


「ありがと……カイくん。お願い、わたし、ルウちゃんを助けたいの」

「だから気にすんなって。クラスメイトの妹を迎えにいくだけのことさ」


 そう言ったあとで、実際に計画を立てるにあたり大きな問題があることに気づく。


 十一人の錫姫がそれぞれどの魔皇に囚われているか――もっと具体的に言えばルウが竜骸都市のどの地区にいるのか、まったく見当がつかないのだ。


 ……自信満々に妹を助けると宣言したのに、早くも前言撤回するハメになるとは。

 リオにどう説明しようか考えあぐねたあげく、俺は小声でミーナに助けを求める。


「たぶん問題ないわよ。ルウちゃんて子はリオさんの妹なんでしょ?」

「まあそうだけど。問題ないってどういうこっちゃ」

「今から説明してあげる」


 ミーナは俺との内緒話を切りあげると、リオに向けて言った。


「リオさんは魔術についてどこまで知ってるの?」

「なんか魔法みたいなの。この世界の人はみんな使えるんですよね」


 その一言でほとんど知らないことがわかった。


 親切なミーナ先生は光の玉を作りだす実演を交えて、魔術とはなんたるかについて説明する。

 俺としては既知の情報なので今さら驚きはないが、リオは素直に感動していた。

 とくに地球人でもやり方さえ覚えれば魔術を扱えると知ったときの、彼女の反応は凄まじかった。

 小さな子どものようにキラキラと瞳を輝かせて、


「ほんとに? わたしもミーナさんみたいな魔法少女になれるんですかっ?」

「魔法……少女? はよくわかんないけど、あなたたち錫姫は魔術の才覚があるから、人並みに努力すればどんな魔術でも扱えるようになるわよ」

「なってもらわなくちゃ困るけどな。じゃないと俺たちは地球に帰れないんだから」


 横から口を挟むと、リオがきょとんとする。

 そういえばまだ説明していなかったか。


「俺たちが地球に帰るためには、十二人の錫姫を凄腕の魔術師に鍛えあげて、全員の力を合わせて〈召喚の儀〉なる秘術を行わなくちゃいけないんだよ」

「そ、そうなの……? わたしにできるかなあ……」


 魔術についてわりかし軽いノリで聞いていたリオも、高度な術式を使えるようにならなければ元の世界に戻れないと聞いて、不安そうな表情を作る。


「テニスなら得意なんだけど、お勉強はちょっと苦手で……」

「苦手でも頑張らなくっちゃ。リオさんがそれなりに魔術を扱えるようになれば、妹のルウちゃんを探すことだってできるはずだから」


 ようやく話が最初に戻ったようだ。ミーナは両手を胸に当てて、


「魔術の源はプラナよ。それがどんな力なのかは知ってるわよね?」

「おっぱいパワーだろ。ミーナはともかくリオは少しパンチが弱いな」


 俺が口を滑らせると二人揃って睨んできやがった。

 二対一だと分が悪い。

 ナーザと戦ったときより恐怖を感じてしまったじゃないか。


「バカは放っておくとして……プラナは魂の力なの。だから肉体と密接に関係していて、とくに血の繋がりが強いと、離れていてもお互いのプラナを感知できるわけ」


 地球にも似たようなオカルトはある。

 いわゆる虫の知らせというやつだ。

 遠くにいる家族が不幸にあったのを直感で察知する超常現象だが――魔術の概念はないとはいえ魂の力そのものは地球にも存在するわけだから、何かの拍子でプラナを感知することだってあるのかもしれない。


 ルウの所在をどうやって突き止めればいいのかは、今の説明を聞けば大体わかる。

 理論立てて考えるのが苦手なリオもさすがに察しがついたのか、


「わたしがルウちゃんの魂を感じられるようになればいいってことですよね?」

「そういうこと。……めんどくさいけど魔術の天才であるわたしが教えてあげるわ」


 ミーナは口ではそう言っているものの、声の調子はどことなく嬉しそうだ。

 なんだかんだで親切だし頼りになる女の子なのである。

 リオも彼女の人柄のよさを理解したようで、全身で感謝を示すように深々とお辞儀する。


「あ、ありがとうございますミーナさん」

「言っとくけど厳しくやるから覚悟してね。泣いたって手加減なんてしないんだから」


 ミーナはスパルタ教師になるつもりのようだけど、背丈が低すぎて威厳はあまり感じられない。

 ヘタレな性分を考えると、リオが泣くほど厳しくすることもなさそうだ。


 とにかくそんなわけで。

 当面はミーナが講師となって、リオに魔術の手ほどきをすることに決まった。

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