3-8 決闘晩餐会【後編】
虚を突かれた様子のナーザを思いきりぶん殴る。
銀色の甲冑が墓地の方角にふっ飛んだのを見て、俺は迷うことなくあとを追う。
いっしょについてきたミーナとリオを再び後ろに避難させ、ナーザが倒れていると思わしきところに近寄っていく。
共同墓地のど真ん中だ。墓石が密集していて見通しが悪い。
しかしナーザの姿を見つけるのは簡単だった。
俺の攻撃がクリーンヒットしたにも関わらず、
「この私が不覚を取るとは、実に何百年ぶりのことでしょう。ドラゴンさん、あなたは本当に面白いお方だ。ぜひとも今宵の宴を楽しんでいただきたい」
ナーザは脇に携えていた剣を取ると、刃の尖端を俺に向けてゆっくりと構える。
騎士のような姿にふさわしく、実に優雅な所作だ。
「あなたにふさわしい晩餐をご用意いたしましょう。互いに理想をぶつけあい、その正しさを自らの力をもって証明する――決闘という名の晩餐をっ!」
全身の感覚が告げる。
ナーザが俺を殺す気になったのだと。
戦う態勢を整える間もなく――数メートル離れていたはずの魔皇が一気に距離を詰め、銀色に瞬く死線が間近に迫る。
振り下ろされた剣閃をのけぞって回避すると、ナーザは手首を返して下から二撃目を放つ。反射的にかぎづめで受けようとするが、慌てて思い直し滑るように真横へ動く。
俺の胸元にパッと赤い線が刻まれたものの、幸いにも傷口は浅い。
しかし安堵している暇はなかった。
目にも留まらぬ剣閃が周囲の墓石をバターのように両断しながら、フィルボルグの秘術すら防ぐドラゴンの鱗を撫でるようにして切り裂く。
金属の刃が肉に当たる抵抗すら感じず、噴出する鮮血とともに焼けるような痛みだけが身体に伝わってくる。
ナーザが放つ〈
たぶん本当になんでも切れるのだろう。
秘術によって不可能を実現しているのだから。
かぎづめと鱗で受けることができないのなら、あとは避けるしかない。
しかしドラゴンの驚異的な反射神経をもってしても、ナーザの剣閃は容易に避けられるものではなかった。
その動きは俺よりも早く、戦闘技術は俺よりも洗練されていて。
一つ一つの動作に一切の無駄がなく、流れるように連撃を放ってくるのだ。
「ちい……ッ!」
「今のは舌打ちですか? 不愉快な思いをさせてしまったのならお詫びいたします」
ナーザが穏やかに挑発する。
悔しいことに、今の俺は煽り返すほどの余裕を持ち合わせていなかった。
魔皇の中でトップクラスの武闘派だというナーザの強さは、いたく単純なものだ。
剣を振り、肉を断つ。延々とその繰り返し。
小細工や駆け引きなんて概念は存在しない。
そもそもする必要がないからだ。
斬る。避ける。斬る。避ける。斬る。斬られる。斬る。避ける。斬る。斬られる。
斬る。避ける。斬る。斬られる。斬る。斬られる。斬る。斬られる。斬る。斬られる。
ナーザは戦いそのものを心底楽しんでいるらしい。
もはやリオのことすら眼中になく、ただ俺だけを見すえている。
ミーナが遠くから不安そうに戦いの行方を眺めているが、常軌を逸した速さで行われるバケモノ同士の決闘に、彼女のような人間が介在する余地はなかった。
ナーザが淡々と攻撃を放ち、俺の身体は赤く染まっていく。
ドラゴンでなかったら死んでいたはずだ。
すでにそれだけの傷を負っている。
さらに困ったことに、巨大化するという切り札は今回にかぎって相性が悪い。
どんなものでも問答無用で切り裂く刃――避けるしかない攻撃に対して、的を大きくするのは殺してくださいと言っているようなものだ。
おまけに巨大化は体力の消耗が激しく、自主訓練で試したところ、わずか数分しか持続できないことがわかっている。
切り札が使えない以上、こちらの強みはしぶとさくらいだろうか。
……ならばその長所を最大限に利用してやろう。
覚悟を決めた直後、ナーザの剣閃が閃光のように肩を貫く。
俺は刃を自ら押しこんで相手に詰め寄り、ドラゴンの返り血を浴びてヌルヌルと光る甲冑に横殴りを浴びせてやる。
衝撃によってお互いの距離が離れた。
俺は笑う。
血反吐が吹きでた。
「……ワンパンで倒さないと最強主人公になれないじゃないか。俺はボロボロだってのに、なんでお前はピンピンしてんだよ」
「ならば諦めなさい。殺してしまうには惜しいですから」
今さら情けをかけられるとは思っていなかったので、俺はもう一度大きく笑う。
ナーザは自分が負けるなんて微塵も考えていないようだ。
そう信じるに値するだけの力を、確かにこの超常者は持っているだろう。
「あらゆるものを切り裂く刃か。単純なようで実際に戦ってみるとヤバいもんだな」
「受けることができないのなら避けるほかない。しかしあなたは避けることすらできない。だから私に勝つことができないのです。単純な理屈でしょう」
「俺は負けるつもりはないし、お前に殺されるつもりもないさ。……だからさっさと地べたを這いつくばれよ、クソ野郎」
俺は余裕ぶって両手を大きく広げてみせる。
不可能を実現するのが秘術であり、ナーザはその力によって俺を追いつめている。
対する俺は? 魔術や秘術の類が使えない俺は?
決め手の一つドラゴンの力だ。
しかしそれだけではナーザを倒すことはできない。
壊し方は知っている。内なるドラゴンが教えてくれる。
だけど壊すのは俺だ。うち砕くのは俺なのだ。
ならば俺は俺自身のやり方で――ふざけた超常者を叩き潰してやるとしよう。
「宣言するぞ。次は防ぐことはしない。避けることもしない」
「……自ら死を望むというのですか? どこまでも愚かなお方だ」
「いいや。勝つのは俺だよ」
ナーザが剣を構える。俺は両足を踏みしめる。
チャンスはたった一度きり。成功の布石は全てばらまいておこう。
バカみたいに一直線で、ナーザに正面から迫る。
動きが単純すぎて、逆に相手が虚を突かれるのがわかった。
俺はナーザの間合いギリギリのところで急ブレーキ。大きく息を吸う。
直後、ぐわっと視界が真っ赤に染まる。
意表を突くようにして放った炎のブレスが、銀色に輝く甲冑を呑みこんでいく。
しかしナーザが燃えつきることはなかった。
相手は動揺すらしていない。
何らかの魔術を用いて、あらかじめドラゴンのブレスに対策を施していたのか。
闘争狂の魔皇は燃えさかる炎を勇ましく振り払うと、失望をにじませて吠える。
「――このような愚策が最後の切り札とは、なんと興ざめすることかっ!」
上段からの剣閃が、俺の頭を両断するべく振り下ろされる。
俺は宣言したとおり、受けることはしなかった。避けることもしなかった。
しかしナーザの一撃は届かない。
何故なら必殺の刃は。
あらゆるものを切り裂く刀身は。
俺の手のひらにしっかりと挟まれているからだ。
「いったい何を――」
「真剣白羽取りってやつだよ。お前が知らないのも無理はないけどな」
単純な理屈だ。
防げないなら、避けられないなら――挟めばいい。
もちろんドラゴンの動体視力がなければ不可能だ。
その上でナーザを挑発して動きを大きくし、炎のブレスで視界を遮って剣閃の軌道を狭め、間合いとタイミングを単純化したうえでの一発芸。
もう一回やれと言われたらたぶん無理だろう。
だけど俺は成功した。
不可能を実現したのだ。
秘術ではなく――己が知恵と覚悟をもって。
「くっ……離しなさいっ!」
ナーザが必死に剣を抜こうとする。
しかし俺の両手に挟まれた刃はぴくりともしない。
ヤモリのように変化した指先が、分子レベルで貼りついているのだ。
「もう一つ教えてやるよ。これがファンデルワールス力だ」
インターネットで得た知識は、けっこう役に立つものだ。
俺は刀身を挟んだまま両手をひねって強引に剣を奪い取ると、ナーザの胸元めがけて勢いよく押しこむ。
あらゆるものを切り裂く刃は銀色の甲冑をも容易に貫く。
異世界の超常者は自らの身体に剣が突き刺さるのを、愕然と見つめていた。
「お前の敗因はな、余裕ぶっこいてご高説なんぞ垂れたことさ」
「ふふふ……返す言葉もありませんね……」
ナーザは驚くほど素直に俺の言葉を認めた。
まるで自らの敗北を美しく着飾ろうとするように、なおも穏やかに笑う。
そして震える手でリオを指さすと、異世界の超常者はそれきり動かなくなった。
……どこまでもお上品で傲慢な野郎だ。
その最期にいっそ清々しさを覚えながら。
俺は抜け殻となった魔皇に告げる。
「リオは返してもらうぞ。あいつにだって帰るところが――自分の世界があるんだ」
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