4-2 きれいなお姉さんは好きですか?

 数日後。ようやく復帰した俺は、賭博場カジノの支配人室にてバニーガール三姉妹のロロから報告を受けていた。


「ナーザが倒されたあとの〈雲砂廟〉ですが、今のところ目立った動きはありません。配下のものたちはいたって普段どおりに職務をこなしています」

「まるで何事もなかったみたいに……か。てっきり主を倒された部下が復讐しにくるかと思って警戒していたんだが、とくに動きがないってのもそれはそれで不気味だな」


 とはいえ襲ってこないならそれに越したことはない。

 こちらから探りを入れてやぶへびになっても困るし、今のところは静観を決めこむほかないだろう。


「リオの訓練は順調かなあ。ミーナが頑張って教えてくれてるみたいだけど」

「気になるなら様子を見にいかれたらどうですか? ご主人さまはヒマなんですから」

「まあそうなんだけどよ……」


 ロロの言うように今の俺はやることがなかった。

 賭博場の運営は順調だし、情報収集だってバニーガール三姉妹に任せておけばいい。

 確かにこうして体調が戻ったのだから、リオの訓練を見学しにいったり、ふらっと外に出かけたりするのも悪くないかもしれない。


「そうだな。今日はあちこち出歩いてみるとするか」

「でしたら私は仕事をサボって陰ながらストーキングさせていただきますね」

「いや仕事サボるなストーキングもするな」

「ええー……。じゃあご主人さまのお部屋を漁るだけで我慢します……」


 小声でなんか言ってるのが気になるが、ヘタにツッコミを入れると余計に厄介な話になりそうだ。

 俺は無言でロロを下がらせてから、自分も部屋から出ることにした。

 




 ミーナが普段から実験用に使っている地下の倉庫兼研究室で、リオは魔術の訓練に励んでいるという。

 魔術の訓練はどんなふうに行われているのか。

 普段の二人はどんな会話をしているのか。

 俺はその両方に興味があったので、彼女たちに気づかれぬよう忍び足で部屋に入る。


 ガールズトークの盗み聞きなんて、褒められた行為ではないかもしれない。

 しかし俺としてはリオとミーナが二人だけでうまくやれているかどうか、どうしても知りたいのだ。


 二人はまだ知りあったばかりで、友だちと呼べるほど親密な関係ではない。

 だからミーナがリオに魔術を教えるのは、お互いの距離を縮めるきっかけになるはずだ。

 しかし人間関係とは難しいもので、わずかなボタンのかけ違いで険悪な関係に発展してしまうことがある。

 とくに気心が知れていない最初のうちは、問題が起こりやすい。


 二人とも根はいい娘だから、仲良くやれてるといいのだが……。


 そんなことを考えつつ奥に進むと、ミーナが大声でわめいているのが聞こえてくる。

 リオも何か言い返しているようで、さっそく揉め事かと不安に駆られた俺は聞き耳を立てる。


「そうじゃないってば! リオさんは何度言ったらわかってくれるの!」

「いいえ、わたしは絶対に間違ってませんからっ!」

「どうしても認めないつもりなのね……」

「ミーナさんのほうこそ……」


 ちまっこいエルフ娘とポニテのテニス姫は何が原因で争っているのだろう?

 やけに熱が入ってるし、関係をこじらせないうちに仲裁すべきかもしれない。

 そう思って口を開きかけると同じタイミングで、


「わたしは頭をぽんぽんしてもらいたいんですっ!」


 リオが言い放った意味不明の宣言に、俺の思考は硬直する。

 一方のミーナは「まるでわかっないなあ」という表情を浮かべて、


「そんなやり方じゃ刺激が足りないでしょ。やっぱり顎クイのほうがグッとくるわ」

「えーでもでも、優しくされたほうが嬉しくないですか?」

「じゃあ壁ドンされたら嫌なの?」

「それはそれでウェルカムですけどっ!」


 マジで何の話をしてるんだ、こいつら……。

 まさか魔術の訓練そっちのけで『思わず胸キュンしちゃう☆男の子のモテしぐさ!』的な、いかにもスイーツな話題で盛り上がっているわけではあるまいな……?


 俺は頭を抱えながら、二人の間で偏差値が低そうな単語が飛び交う様を見守る。


「ちなみにカイくんにしてもらうならどっちがいいですか?」

「えっ!? なんで急にあいつの名前が出てくるの!」

「あー、ミーナさんたら動揺してますね。やっぱり――」

「やっぱりって何……。カイのことはなんとも思ってないから誤解しないでよ」

「そうやってツンデレで攻めるつもりですね! ミーナさんてば……あざといっ!」

「だから変な誤解すんなって言ってんの!」


 ……参ったな。この状況で出ていったらすげー恥ずかしいことになるぞ。


 とりあえず今の話を聞かなかったことにしよう。

 俺はその場から逃げるように、忍び足でそそくさと出ていった。


 

 †



 アジトにいるのもなんとなく落ちつかないので、俺は気ままに〈インサイド〉の表通りをぶらつくことに決めた。


 外の天気は快晴で、白い街並の上に霊素に染まった薄紫色の空が広がっている。

 竜骸都市マハーカーラの世間話は天気の他に霊素の話題も定番で、通りを行きかう人々が空の色を眺めて「今日も霊素が薄いね」といった会話をしているのを小耳に挟むことがある。

 俺が召喚されたころから霊素の薄い日が続いているらしく、薄紫色の空しか見たことはないが、霊素が濃い日だと空はさらに深い紫色に染まるという。


 ちなみに霊素が濃いほど、人々の暮らしは豊かになる。

 何故ならこの世界の文化は魔術によって発展し、竜骸都市は魔術を強化する霊素の恩恵によって栄えているからだ。

 たとえば水道や街灯や交通手段などのインフラは魔術によって動き、霊素のおかげで低コストのまま維持されている。

 いわば地球における電気のようなものだと考えれば、イメージしやすいかもしれない。


 最初のころは不条理な世界だと思ったものだが、都市の生活に慣れてくると一定の秩序に沿って成り立っていることが理解できた。

 逆に考えるとミーナのような竜骸都市の住人が地球に召喚されたとしたら、異なる生活様式に困惑して「なんて不条理な世界なの!」と騒ぎだすかもしれない。

 まあそうなったとしても俺と同じようにそのうち慣れて、渋谷を一人でぶらつくようになるだろう。


 仮にミーナと地球でデートするのなら、どこに連れていくべきか。

 なんてことを妄想しつつ、俺は表通りに面した地球におけるスタバ的なお店――オサレかつ気軽に立ち寄れるオーブンスタイルの酒場にふらっと立ち寄った。


 窓際の席に腰を下ろして、ネコ耳の店員さんにホットチョコレートを注文する。

 地球にいたころによく飲んでいたココアに近いので、わりと気にいっているのだ。

 ――温かい飲み物を片手に通りを眺めつつ、まったりとブレイクタイム。

 日常に幸福を感じる瞬間は、地球だろうと異世界だろうとさほど変わりはない。


「ごいっしょしてもよろしいですか?」

 と、ふいに声をかけられたので振り返る。

 いつのまにか目の前に、びっくりするほどきれいなお姉さんが立っていた。


「ん、ああ……どうぞ」

「ありがとうございます」


 お姉さんはいかにも育ちがよさそうな優雅な仕草で、向かいの席に腰を下ろす。

 席は他にも空いているのに、どうして相席してきたのだろう?

 不思議に思ってさりげなく、彼女の様子を観察する。


 銀色の髪はサラサラと柔らかく艶めいていて、上質なシルクのように見える。

 きめ細かそうな肌はキレイな小麦色に焼けており、銀色の髪とのコントラストが彼女自身が持つ美しさをよりいっそう際立たせている。

 どことなく蠱惑的な顔立ちは男受けがよさそうだが、女性にしては驚くほど背が高く、モデルのようにすらっとした佇まいは、同性からの支持も集めそうである。


 理想のきれいなお姉さんを具現化したら、たぶんこんな感じだろう。


「お暇でしたら私としばし語らいませんか? イケてるドラゴンさん」

「……もしかして逆ナン?」


 俺が口を滑らせると、お姉さんは口に手を当ててお上品に笑う。

 ついつい見惚れてしまう笑顔で、油断すると時間を忘れて眺めてしまいそうだ。


「以前にお会いしたときは勇ましいご様子でしたのに、今日はずいぶんとおとなしいですね。せっかくお誘いしたのですから、もっと楽しませていただきたいのですが」

「いや、あなたとは初対面だと思いますけど」


 ……なんだこのお姉さんは。

 妙になれなれしいうえにグイグイ迫ってきやがる。


『以前どこかでお会いしましたよね?』はナンパの常套句とはいえ、まさか俺のほうが女性にそんなふうに声をかけられるとは思ってもいなかった。

 めちゃくちゃ美人なお姉さんだし、逆ナンするほど男に飢えてるようには見えない。それに言われてみればなんとなく、彼女から漂う雰囲気に覚えがあるような。


「お忘れになってしまわれたのですか? 私の心をあれほど手荒くかき乱しておきながら……ショックで泣いてしまいそうです」

「ちょっ! 人聞きの悪いことを言わないでください!」


 俺が声をあげると、お姉さんは嘘泣きをやめてぺろっと舌を出す。

 ……なんだかわからないけど、とにかくやべそうだな、この人。

 ドラゴンの感覚が全力で告げている。

 深く関わってはいけない、めんどくさいタイプだと。


 俺は飲みかけのホットチョコレートをテーブルに置くと、慌てて立ちあがる。


「あー、すみません。用事があるんで失礼します」

「ダメです。私がいいというまでお相手してください。じゃないと怒ります」

「どんだけ強引なんですか……」

「あなたには従う義務がおありでしょう。この胸に受けた傷はまだ痛むのですから」


 次の瞬間、身の毛がよだつ感覚を味わった。

 お姉さんの可憐な笑顔がいきなり、獰猛な肉食獣のごとき形相に変化したのだ。


 ――違う。

 目の前にいるのは、だ。

 信じられなかったし、信じたくもなかったけど、身体のほうが覚えている。


 かつて対峙した恐怖を。


「まさか……あんたは……」

「十二界の支配者たる魔皇アスラが、剣で刺されただけで滅びると思いまして? 先日のあなたは、晩餐会を彩るささやかな遊戯に勝利しただけのことでしてよ」


 きれいなお姉さん――いや、はコロコロと笑う。


 銀色の甲冑に身を包み勇ましい騎士のようだった超常者は、しかし素顔をさらした今の可憐な姿のほうがずっと凄みがあり、なおかつ本能的な恐怖を抱かせる。


 スタバ的なお店でまったり過ごしていたら、ラスボス級の敵が隣に座ってきたのだ。

 これほど理不尽な展開はそうあるまい。


 俺はとにかく逃げようとした。

 しかし――周囲の空間が唐突にぐにゃりと歪む。

 酒場の風景は椅子とテーブルだけ残して消えうせ、眼前に荒涼とした白い砂浜が現れる。

 いったい何が起こったのか。

 まるで一瞬にして別の空間に飛ばされたかのようだ。


 ナーザは椅子に腰かけたまま、俺のホットチョコレートを勝手にすすっている。

 相変わらずの余裕ぶった態度である。


「今やこの場は私が支配する世界――つまり〈白枝界〉の一部として具現化しています。空間そのものを自在に操る力こそ、魔皇が持つ真の切り札と言えるでしょう」

「つまり……結界を張ったってことか……?」

「私たちは〈神域化サンクチュアリ〉と呼んでいます。お願いですから動かないでくださいね」


 ナーザは恐ろしいほど優しい声で告げると、おもむろに手をかざす。


 直後、頭上から幾筋もの薄紫色に輝く光が降り注ぐ。

 俺が呆然と見送る中、目と鼻の先にあったテーブルに美麗な装飾が施された剣が次々と突き刺さっていく。


 あたかも剣山のように――の〈絶空剣アンサラー〉が。


 やがて周囲は元の酒場に戻り、悪夢のような空間は泡沫のように消えうせる。

 しかし無数の剣が突き刺さったテーブルはそのままで、ちょうど通りがかったネコ耳の店員さんがぎょっとしている。

 ナーザは平然と「あとで弁償しますから」なんて言って笑う。


 示威行為としちゃ十分だった。

 俺は乾いた声で言った。


「……あのとき本気を出していなかったってのはよくわかった」

「素直でよろしい。ご理解いただけたのなら私のお相手をしてください」


 悔しいが、今はおとなしく座るほかない。

 ひとまず彼女の話を聞くことにしよう。


「そっちから誘ってきたんだから、あんまり退屈させないでくれよ」

「あなたはやはり面白いですね。手元に置いておきたいくらいです」

「誰かの所有物になるつもりはないさ」

「少しくらいならサービスしてあげてもいいのですよ?」


 ナーザは甘い声で囁くと、俺の手を優しく握ってくる。

 警戒していたのにあっさり虚を突かれたうえ、不覚にもイケナイ気分になってしまう。

 ……完全に相手のペースに呑まれている。

 俺は突きはなすように言った。


「お前の目的は勧誘か? だったらお断りしたから帰るぞ!」

「あなたからすれば魔皇はみな、復讐を果たすべき敵でしかないのでしょうか。お気持ちは理解できますよ。いっしょに召喚されたお仲間は今も篭の鳥ですし」

「わかってるなら誘うんじゃねえ。てか俺のことをどこまで知ってるんだ……?」


 今さらながら問いかけると、ナーザは天使のような微笑ではぐらかしてくる。


「晩餐会のあと、私はあなたの虜になりました。しかし想い人からつれない返事しかいただけないのは悲しいものですね。私とて魔皇である前に乙女なのですから」

「だからさあ……そういうやり方はやめてくれって」


 きれいなお姉さんのハニートラップは卑怯すぎる。

 男の悲しい性分というか、嘘だとわかってても引っかかりそうになるのだ。

 ナーザはまるで俺の心を読んだかのように、


「今の言葉が嘘ではないと証明するために、私の秘密を教えてあげましょう。正確には私だけでなく、十二の魔皇全てが胸に抱えているものですが」

「魔皇の……秘密……?」

「ええ。聞いておいて損はないと思いますよ」


 俺は無言でうなずいた。確かに聞くだけなら損はない。


「まず前提として、今のあなたでは絶対に魔皇を滅ぼすことができません」

「……舐めてんのか?」

「あら、怒った顔も素敵ですね。しかしこれは純然たる事実ですし、だからこそあなたに秘密を教えることにしたのですよ。真実の愛というのは、お互いが対等の関係でなければ成り立ちませんから」


 つまり今の俺とナーザは対等ではないということか。

 ……認めたくはないが事実である。

 何せ彼女は周囲の空間を支配し、たった一振りであれだけ苦しめられた〈絶空剣〉を、弾幕のように射出する力を有しているのだから。


 ところが続けて語られた説明で、自分の認識が甘かったことを思い知る。


「十二の魔皇とは各々が一つの世界を総べる超常者です。それはあなたが考えているようなただの強い存在というだけではないのです。自らが総べる世界と存在そのものが密接に繋がっているがゆえに、私たちは

「は……? つまり不死ってことか……?」

「定義としては近いですね」


 ナーザがさらっと肯定したので、俺は愕然としてしまう。


「あなたが海を干からびさせることができるのなら、大地を崩すことができるのなら、空を消し去ることができるのなら――あるいは私たちを滅ぼすことも可能でしょう」


 ひどい冗談だった。

 魔皇を倒そうと思ったら、一つの世界そのものを滅ぼす力が必要だという。

 いくらドラゴンになったとはいえ、さすがにそれだけの力は俺にない。


 ナーザがはるか高みから見下すように、俺の顔を見つめてくる。

 彼女が嘘をついていないのは直感でわかる。

 存在としての格が違うのも理解できた。

 しかしそれでも、舐められたままでいるのは絶対にごめんだ。


?」


 俺の一言で、ナーザは満開の花が咲いたような笑みを浮かべた。

 意外なほど無邪気に、見惚れるほど可憐で、まるで恋する乙女のような顔で。


「あなたは本当に愚かで、しかしだからこそ愛おしい。もし魔皇を倒したいと願うなら、浅はかな夢想を艶やかな理想で染めるなら、まずは〈依代アヴァター〉を探しなさい」


 聞いたことのない単語に、俺は首をかしげる。

 するとナーザは上機嫌で説明を続けた。


「一つの世界そのものである魔皇は、そのままのかたちで竜骸都市に顕現することができません。ですから自らの化身となる〈依代〉が必要となるのです。私たちにとっては魂のようなものですから、誰かに奪われたら力を封じられてしまいます」

「つまりってことか」

「ええ。魔皇によって〈依代〉のかたちは違いますが、奪うこと自体はさして難しいことではありません。魔力を持たない代物でなければ、化身に成りえませんから」

「で、お前の〈依代〉は?」

「もちろん秘密ですよ。封じられたくはありませんからね」


 ナーザはこともなげに言った。

 肝心なところははぐらかしてくるものの、嬉々として〈依代〉について話す彼女はいかにも不自然である。

 正直どこまで信じていいものか、俺には判別がつかなかった。


「どうして俺にこんな話をする。お前にとってメリットなんてないじゃないか」

「愛だけではダメでしょうか?」


 俺が無言で肩をすくめると、ナーザは少し拗ねたような顔をする。

 ……普通に可愛くてちょっと焦る。

 油断すると惑わしてきやがるな、こいつ。


 とはいえ彼女の本音はあまり可愛くはなかった。


「正直に申し上げますと、私以外の魔皇を滅ぼしてほしいのです。あなたをうまく利用すれば、休戦協定を破らずにライバルを排除することができますので」

「めちゃくちゃ打算的じゃねえか……」


 思わず呆れてしまう。

 結局のところ彼女の敵はドラゴンである俺ではなく、他の魔皇なのだろう。


「竜骸都市の所有権にあなたは興味はないでしょう。むしろ元の世界に早く帰りたいと願っているのではないでしょうか? ……あなたがもし他の魔皇を滅ぼしてくれたなら、最終的に都市の所有権は誰のところに転がりこんでいくと思います?」

「腹黒なお姉さんの懐だな」

「ようやく褒めてくださいましたね」


 いや、腹黒は褒め言葉じゃねえよ。なんで今の流れで頬を赤らめるんだ。


「俺の力をそこまで評価する理由は? 本当に魔皇を倒せると思ってるのか?」

「どうでしょうね。私はギャンブラーですから、分の悪い賭けほど燃えてしまいますの」


 ナーザはまたもやはぐらかすように、コロコロと笑う。

 しかし俺がじっと見つめると、彼女は珍しく真剣な表情を浮かべた。


「あるいは大義のために無関係な命を奪うことに、私自身も疑問を抱いていたのかもしれません。終わりなき闘争に明け暮れ、愚かにも力を求め続ける私にとって――」


 ナーザが俺を見つめ返す。

 はるか高みから見下すのではなく、同じ目線でまっすぐに。


「あのときのあなたの言葉は、剣よりも深くこの胸に突き刺さったのです」





 銀腕卿ナーザとの会話を終えた俺は、意気揚々と帰路につく。


 色々と話し合った結果、彼女は俺たちが〈アウトサイド〉を活動拠点にすることを正式に認めたうえ、今後は他の地区を統治する魔皇について知り得るかぎりの情報を提供してくれると約束してくれた。


 全面的に信用できる相手ではないものの、ナーザが俺を陥れるメリットはないし、他の魔皇を倒すという目的で利害が一致するかぎり、協力関係を結んでいたほうがいいだろう。

 少なくともナーザの支援が得られるなら、竜賊としての活動範囲は広がるはずだ。


 ところが口笛を吹きながらアジトに戻った俺を出迎えてくれたのは、いかにも不機嫌そうな顔で腕を組んでいる二人の少女だった。


 ……ツンデレなミーナはともかく、おっとりとしたリオが俺を睨んでくるのは珍しい。俺が表通りに出かけている間に、二人に何があったのだろうか。


「よ、よう。どうしたんだ」

「わたしはミーナさんに魔術を教わっていました」


 リオは淡々と言った。

 いつも笑顔な子が無表情なのはけっこう怖い。

 続けて隣のミーナが剣呑な空気を漂わせながら語る。


「リオさんは真面目にやっているわ。思わず感心しちゃうくらいね」

「そりゃよかった。だったらすぐに魔術を使えるようになるかもな」

「で? カイくんは今まで何をしていたの?」

「お、俺か……? 俺は表通りに行って――」


 言葉の途中で、ミーナがにっこりと笑う。

 そのまなざしに剣呑な光が宿っているのを見て、俺は背筋を凍らせる。


「三姉妹のロロから聞いたわ。きれいなお姉さんとお茶してたらしいじゃない」

「あ、くそ! あいつマジでストーキングしてやがったのか!」


 今朝の会話を思い出した俺は、うっかり口を滑らせてしまう。

 ……あ、しまった。しらを切っておけばよかった。

 気づいたときには手遅れで、二人の少女が鬼のような形相で詰め寄ってくる。


「あんたがお姉さんとデートしてる間、リオさんはずっとがんばってたのよ!」

「ほんとに許せないですよね。この最低男をどうしてやりましょうか、ミーナさん」

「ち、違うんだ! お願いだから俺の話を聞いてくれ!」


 怒った女の子というのは、ドラゴンよりも恐ろしい生き物だ。

 俺はミーナとリオにもみくちゃにされながら、心の底からそう思った。

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