3-3 ドラゴンとエルフの異種族カップル

 竜骸都市マハーカーラは数多の世界が交じりあった空間に存在するため、十二の地区はそれぞれが独立した気候に属している。


 俺たちが活動拠点に選んだ〈竜の具足ティルナノグ〉は地中海風の温暖な気候であり、現在の時節は夏季に値するため、ミーナと並んでアジトを出たときには、外の空気は鱗がヒリヒリするような暑さに包まれていた。


「さてどこに行こうか。希望があるなら言ってくれ」

「せっかくだからカイが行ったことのないエリアを見てまわろっか」


 隣にいるミーナがそう言って歩きだしたので、俺はあとをついていく。

 彼女はデート用にわざわざ白いワンピースに着替えており、黒いチュニックの魔女っ娘ルックを見慣れているだけに、リゾート地のお嬢様めいた衣装はなかなか新鮮だ。


「転移船や飛空艇を見てみたいな。でっかい乗り物なんてまさに男のロマンだよ」


 前を歩く彼女の背中に話しかける。

 ノースリーブからのぞく白い肩がやけにまぶしい。 

 俺は遠回しに都市の港である〈ポートサイド〉に行こうと提案したわけだが、


「今日は〈インサイド〉に行くの。表通りのほうはまだ見てないでしょ」

「最初の日に酒場でメシを食っただけだしな。街の中心部がどんな感じか知らないといえば、確かにそうかもしれないが」

「あの辺りは色んなお店があるから楽しいわよ。ほら、もっとシャキシャキ歩いて」


 ミーナは強い調子で言うと、俺のかぎづめの先っちょを握って再び歩きだす。

 手を繋いだような状態はまさしくデートだが、彼女の様子に少し違和感を覚える。


「もしかして最初から表通りに行くつもりだったのか?」

「べ、別にそういうわけじゃないけど」


 しかし俺がじっと見つめるとミーナはいきなり敬語になって、


「フリフリの可愛いドレスを買って美味しいデザートが食べたいデス」

「だったら最初からそう言えよ……」


 いわく欲望に忠実な自分が恥ずかしかったらしい。今さらのような気もするが。

 彼女は貧乏生活が長かっただけに、贅沢に対する憧れがとくに強いのだ。


賭博場カジノを手に入れて以降、竜賊の活動資金はありあまるほどだからな。日ごろの感謝の意味もこめて、今日はなんでも買ってやるよ」


 俺がそう伝えると、ミーナは散歩に連れていってもらう犬みたいにはしゃぎだす。

 ドレスとデザートにあっさり釣られるとは、やっぱりお手軽な女の子じゃねえかと思わなくもないが……せっかく上機嫌になったのだからツッコミは入れないでおこう。


 そんなわけで俺たちは〈インサイド〉の中心部である表通りに足を運ぶ。

 竜の太腿の内側を沿うようにして伸びる街路は十二界から来た来訪者でごった返しており、あらゆる種類のファンタジーを無理やり満員電車に押しこんだような表通りの状況は、今まで見た中でもっとも不条理な光景だった。


 両手がカマキリのお婆さんや宝石頭の兄ちゃんとすれ違いつつ、ミーナと並んで道なりに進む。

 竜骸都市の生活に慣れてきたとはいえ、通行人をいちいち観察していたら頭がクラクラしてきそうだ。

 ミーナのワンピースに意識を集中しているうちに悪夢か幻覚めいた雑踏を乗り越え、気がつけば衣料品やアクセサリを取り扱う小売店ブティックに到着していた。


 豪奢かつ上品な内装と静かで落ちついた雰囲気の店内にほっと胸をなでおろす。

 やたらとシュールで騒がしい通りに比べたら天国のような空間だ。


 そしてミーナにとってもこの場所は天国だったらしく、


「ああ……セレブ御用達の高級ブランド……わたしの夢と希望の全てがここに……」


 ミーナは店内に展示された華やかなドレスを眺めながら、顔にモザイクをかける必要があるんじゃないかと心配してしまうほどの恍惚とした表情を浮かべていた。


 俺が呆れて背中を小突くと異世界スイーツ女子のエルフ魔女は「はっ! トリップしてたわ!」と呟いて、素面とは思えないテンションで店員さんに話しかける。


 羊みたいにモコモコした体毛を生やした店員さんは営業スマイルを浮かべながら、エルフな彼女とドラゴンな俺を交互に見て、


「あらあ。素敵な組み合わせですねえ。流行りの異種族交際ですかあ?」

「異種……? まあ、そうだな。美女と野獣のカップルだよ」

「またそうやって調子に乗るんだから……。おまけに{美女}だなんて、もう」

「お前が野獣な」

「そうそう、エルフだぞガオーなんっつてね……はあ!?」


 若手芸人が見たら自信をなくしそうなくらい、見事なノリツッコミを決めやがる。


 しかし可愛いドレスを眺めているうちに、ミーナは俺にからかわれたことなんてすっかり忘れてしまったようだ。

 野獣さながらの猛烈な勢いで試着室に消えていく。


 そのまま待つこと数分。

 店員さんおすすめのドレスを試着したミーナが、俺のところにやってくる。


「ど、どう……? こどもっぽくないかな?」


 彼女はそう言って優雅にくるりと舞ってみせる。

 バラの花びらのようなレースで飾られた、見るからに高級そうな赤いドレス。


 店員さんいわく赤いドレスは名のある職人の手によるものらしく、計算されつくされたデザインは背丈の低い彼女を幼く見せるどころか、魔性の女めいた艶めかしい色気すら帯びさせている。


 ドレス姿の披露に若干の恥じらいがあるのか、頬をレースと同じ色に染めてはにかむ彼女の表情を眺めていると、今度は俺が平静さを失ってしまいそうになる。


「こどもっぽくないよ。むしろエロい」

「エロ……? それは喜んでいいのかなっ?」

「喜べ喜べ。今すぐ抱きしめたいミーナちゃんオーラはちゃんと出てるから」

「ほんと? じゃあこのドレスは購入っ!」


 手足をバタバタさせて喜びを表現したせいで一気に幼く見えるようになったものの、ミーナは大はしゃぎで店員さんのところに行って購入の手続きをはじめる。


 試着したドレスはいわゆる仮合わせで、ミーナのスタイルに合わせて縫製したオーダーメイド品をあとで受け取るシステムなのだという。

 というわけで今日のところは会計だけ済ませて、俺たちは手ぶらのまま外に出る。

 次のお店に向かおうとしたところで、ミーナがぽつりと言った。


「あれ? 今すぐ抱きしめたいミーナちゃんオーラ……?」


 げ、まさか時間差で気づきやがるとは。

 反応なかったからセーフかと思ったのに。





 今朝に作ったばかりの黒歴史を見られていたことを知って、ちまっこいエルフの内に潜むモンスターが暴れだしたらしい。

 ぷんすかと拗ねるミーナの長い耳は、今やドラゴンの角と同じくらいピンと尖っている。

 せっかくのデートなんだし、早いところ機嫌を直してもらいたいところだ。


「お詫びに何か買ってきてやるからさ。希望があるなら言ってくれよ」

「じゃあマンドレイクベリー・エクストラポーションフラペチーノ。キャラメルナッツとアンブロシアソースのトッピングも忘れないで。サイズはヴェンティね」

「マンドレ……? いや、すまん。もう一回頼む」


 俺が困ったような表情を浮かべると、ミーナは満足そうにクスクスと笑う。

 この様子だと機嫌はとっくに治っていて、さきほどの仕返しに俺をからかいたかっただけなのだろう。

 一杯食わされた感もあるが、意外と悪い気はしない。


「……やっぱりいっしょに行こうぜ」

「そうね。自分で注文したほうが早そうだし」


 というわけで俺たちは、異世界のスタバ的なオープンスタイルの酒場で休憩することにした。

 それこそデート中のカップルみたいに、同じテーブルに向かいあって座る。

 ドラゴンとエルフのアンバランスな組み合わせでも違和感なく周囲に溶けこんでしまうところは、どこまでもカオスな〈インサイド〉の誇るべき長所かもしれない。


「通りを少し見てまわっただけなのに、けっこうくたびれたわね」

「とにかく人が多いからな。人でもないやつも多いけど」


 俺はそう言って、ネコ耳の店員さんが持ってきたホット・チョコレートに口をつける。地球にも同じ飲みものがあったと思うが、竜骸都市で提供されるものは唐辛子に近い香辛料が混じっているのか、やけに刺激的な味わいだ。


 ミーナはマンドレイクなんちゃらフラペチーノを早くも飲みきると、この地区の南端で獲れるという空を泳ぐ魚のムニエルと、ガパオライス的な米料理をセットで平らげようとしていた。


「ほおおひはあうのんおほううあ、はおあいえ」

「何言ってんのかわかんねーから、食い終わってから喋れ」


 今日みたいなワンピースなら御令嬢のように見えるのに、仕草が残念すぎて損をしている。

 ミーナは口の中のものを食べきったあと、酒場のテラスを隔てた先で行き交う群衆を眺めて言った。


「十二界の来訪者は活気に満ちた〈インサイド〉の街並みを見て、支配者である銀腕卿ナーザの手腕を褒め称えるの。他の地区と比べるとここは豊かだからね」

「俺からしたらただのクソ野郎だけどな。てめえの都合で何も知らない女の子を呼び寄せて拉致監禁したあげく、最後は食っちまうつもりなんだから」

「だとしてもナーザを最初から敵に回すのは得策じゃないわ」

「そうなのか? 近場にいるから情報を集めやすいし、むしろ最初に錫姫シャクティをさらう相手として最有力だと思ったんだけどな」


 意外に思って俺が首をかしげると、ミーナは追加で注文したフルーツパフェを動物の角で作られたスプーンで器用にすくいつつ、


「ナーザの支配地区を活動拠点に選んだからよ。他の魔皇アスラをターゲットにするなら計画が失敗しても〈竜の具足〉に逃げ帰るだけでやり直せるけど、逆の場合はそうもいかないでしょ。わたしたちの正体がどこかでバレたとしても、ナーザにケンカを売っていなければ、まっさきに銀腕卿の関与が疑われるはずだしね」

「なるほど。懐に潜りこんだついでに隠れみのとして使うわけか」

「ふたひっひぇはほまひいへひょ」

「だから食いながら喋るなって……」


 ちなみに「わたしって頭いいでしょ」と言ったらしい。

 最後はバカっぽかったけどな。


「あとは相性の問題もあるかしら。一口に魔皇といっても、家来を含めた組織力がヤバいタイプとか謀略を駆使して相手を陥れるタイプとか、色んな強さがあるわけよ」


 ミーナはそう言ったあとで「といっても魔皇の強さなんて言い伝えや噂話程度だから、もっと情報を集めないと真偽はわからないんだけど」と注釈を入れてから、


「ナーザの別名は闘争狂――つまり純粋に戦闘を楽しむゴリゴリの武闘派なのよ。個人としての強さは魔皇の中でもトップクラス。カイにドラゴンの力があるといっても、もし戦うことになったら絶対に無事じゃすまないわ」

「最初に狙うべき相手じゃないってのはよくわかったよ。だけどそれなら、どの魔皇をターゲットにするかをきちんと考えないとな」

「そうねえ。なるべくカイと相性がよさそうなやつから狙ったほうが――」


 そこで向かいに座るミーナの声が、急に聞きとりづらくなる。

 表通りのほうで何かあったのか、テラスの向こう側が騒がしくなったのだ。


 酒場の客がバタバタと外に出る。

 麦酒エールを運んでいたネコ耳の店員さんまで慌ただしく通りすぎたので、俺たちも好奇心に駆られて表通りの様子を見にいく。


 すると飛びこんできたのは、耳をつんざくほどの凄まじい歓声だった。

 群衆は揃って街路の端に寄り、さらに過密した状態を作りだしている。しかしおかげで表通りは中央が開き、最初に見たときよりも道らしくなっていた。


 遠くからガンガンシャラシャラと歓声に負けじと騒々しい音色を奏でながら、列を組んで闊歩する巨大な群れが近づいてくる。

 俺の脳裏によぎったのは、夏祭りの御神輿だ。

 直後にミーナが呟いた言葉からすると、その連想はあながち間違っていなかったらしい。


「銀腕卿ナーザが来訪者向けにパレ―ドをやってるみたいね。そんな情報は聞いてなかったから、突発的な催しゲリライベントなのかしら」

「しかしとんでもねえ騒ぎだな……。ロックスターのライブだってこうはならねえぞ」


 ミーナが振り向いて小首をかしげる。俺のたとえがわからなかったのか、それとも単純に周りがうるさすぎてよく聞こえなかったのか。


 パレードの全容が見えてくると、群衆が熱狂するきもちを理解することができた。

 まるで青森のねぶた祭りとブラジルのサンバとパリコレを合体させたような絢爛豪華かつ独創的な一群が、次々と目の前を通りすぎていったのだ。

 クジャクのような羽を生やした象や黒光りする鎧をまとった犀のような動物が、お行儀よく隊列を組んで歩いている。


 俺があっけにとられていると、隣のミーナが呟く。


「ナーザがパレードに加わってる可能性は高いわね。もしかすると錫姫も参加させられているかもしれないけど……」


 パレードは示威行進の意味合いが強いのだろう。

 目の前の一群はきっとナーザ配下のモンスターで構成されている。

 これだけの規模の戦力が揃っていると、真っ向からケンカを売りに行くどころか、うかつに近づくことすらできない。


 いずれは敵対する相手だとしても、やはり今はそのときではないのかもしれない。

 たとえ手の届く位置に囚われた女の子が――俺が奪うべき錫姫がいたとしても。


 せめてもの抵抗として、パレードから目をそらさないようにする。

 そして見つけたのだ。


 巨大な象が担ぐ神輿のような鞍の中で。

 銀色の甲冑に身を包んだ超常者の姿を。

 その隣にいる姫を。


 俺が指さすと、ミーナも魔皇と錫姫がどこにいるのかわかったようだ。


「すごくきれいだけど、なんだか暗そうな感じね。カイはあの子のこと知ってるの?」

「最初は知らない子だと思ったさ」


 ミーナが不思議そうな顔をする。

 しかし今は説明する気になれなかった。


 群青色のドレスをまとう錫姫は確かに美しかった。

 しかし同時に憂いを帯びた表情も相まって、夜の海のように儚げに見える。

 華やかで騒がしいパレードの中で彼女だけぽつんと深い影を落としているような、全身でこの世の不幸と絶望を体現しているかのような、あまりに陰気な佇まいだ。


 だから知らない子だと思った。

 だから我慢がならなかった。


 よく知っているはずの女の子が――が別人のようになっていて。


「やっぱり近くにあるものから手にいれようぜ」

「……なんだか訳ありみたいね。わたしは別に構わないけど」

「ごめんな、色々と考えてくれたのに」


 ミーナは無言で背中をぽんと叩いてくる。本当に頼りになる相棒で涙が出そうだ。


 俺は姫を奪う盗賊で、凶暴なドラゴンだ。

 欲しいものは必ず手にいれる。

 奪われたものは必ず奪いかえしてやる。


 たとえば記憶の中に残る――クラスメイトの笑顔とかを。


「そうと決まれば、あのお姫さまのために白いスコートを用意しておこう」

「何それ?」


 ミーナが聞き返したちょうどそのとき、俺の知らない表情を浮かべたリオが、目の前を通りすぎていく。


「彼女はテニス部のエースだからな。あんな陰気なドレスよりずっと似合うはずさ」

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