3-2 今後の活動計画
俺がアジトや周辺地域の環境改善に力を入れている間、ミーナには都市の情勢や
といっても口封じの追手から身を隠したまま情報を得るのは難しいので、俺たちは
従業員のバニーガールが世間話をよそおってオフレコの話を聞きだしたり、ゲームに熱中して負債を抱えた顧客から情報を買ったりするわけだ。
そんなわけで俺は、三姉妹が集めた情報の紙束を小脇に抱えてミーナのところに向かう。
今の時間だとたぶん、彼女は場内の地下室にいるはずだ。
狭く暗い階段を降りたあと、俺はかぎづめで地下室の扉をコツコツと叩く。
「おーい。情報が集まったから見てもらいたいんだけどさー」
しばらく返事を待ってみるものの、扉は沈黙を保ったままである。
ドラゴンの感覚が気配を察知しているから、彼女が地下室にいるのは間違いない。
……どうせまた、おかしな実験に熱中しているのだろう。
そのまま中に入ることにする。
ミーナは賭博場の倉庫だった地下室を、魔術の実験室として利用している。
竜賊の活動に必要な情報を分析するかたわら、潤沢な資金で買い集めた器具や魔術素材を用いて、様々な実験を行っているのだ。
やがて奥からミーナの声が聞こえてくる。
俺に返事をしたのかと思ったが、どうやら別の誰かと話しているようだ。
「だ、だめよ。わたしたち……まだ知りあったばかりなんだから」
「だけど俺は君をはじめて目にしたときから、その美しい姿に心を奪われてしまったんだ。ああ、なんて罪な女の子だ……。いっそのこと食べてしまいたい!」
「待って! まだ心の準備ができてないのっ!」
ミーナが隠れて他の男としっぽりやっていたら、俺はかなりショックを受けたかもしれない。
しかし彼女が話している相手は――壁に立てかけられた鏡なのだ。
「よし、シミュレーションは完璧。うっかり嬉しそうな顔なんてしちゃったら、絶対にあいつ調子に乗るもんね。そりゃ出会ったときから助けてもらってるし、この前なんて命がけでかばってもらったし……ちょっといいかなって思わなくもないけど」
ミーナは鏡に向かって「壁ドンされたときはこうかな?」とか言いながら入念に表情を確認している。
……
早くもツッコミを入れたくてウズウズしてくるが、俺はもう少し彼女の一人芝居を楽しむことにする。
「あくまで自然な感じで、そうそうわたしはカワイイ。ミーナちゃんカワイイ。どうしてこんなにカワイイのかしらミーナちゃん」
ミーナは魔法の鏡に問いかける魔女さながらに、可愛く見える仕草を研究しはじめる。計算高いくせにバカっぽいところが、彼女が持つ一番の魅力だろう。
とはいえ本人はいたって真面目にやっているらしく、鏡に向かって真剣な表情で、
「わたしはウサギ娘に負けたりしないんだから。今すぐ抱きしめたいミーナちゃんオーラに比べたら、三姉妹のインパクトなんてステーキの付け合わせね。あいつらが色目を使ったところでカイは――お?」
……あ、やべ。気づかれた。
俺を見つけたミーナは、呆然とするあまりハニワみたいな顔になっている。
「い、いいいいいいつからそこにいたのっ?」
「用事があったからさっき来たところだよ。どうせまた魔術の研究でもしてたんだろ。ノックしたのに返事がねーし、呪文みたいなのブツブツ唱えてたし」
「ああああ、あああうん! そうそう魔術の研究! ごめん気づかなかった!」
この場合の正しい作法は「え? なんだって?」だと思うので、俺は臆面もなくしらを切ることにした。
するとあからさまにほっとした様子のミーナは、動揺を隠すように髪をかきあげ、
「で、どんな用事なの。わたしに話があるから来たんでしょ」
そう言った彼女はとても可愛らしく見えたので、鏡で研究した成果はあったらしい。
俺は「今すぐ抱きしめたいミーナちゃんオーラ出てるよ!」と言ってやりたくなる衝動をぐっとこらえて本題を切りだした。
「三姉妹が集めた情報を文書にまとめてくれてさ。俺は文字が読めないから内容を確認してくれ。そのあとで今後の具体的な計画について話しあおう」
「そうね。やらなくちゃいけないことは山積みだし」
ミーナは分厚い文書をパラパラめくると隅のテーブルにぽんと置く。
そして彼女自身も「よいしょ」と卓上に腰かける。
……まさか今ので読み終えたのだろうか。
天才を自称するだけあって驚くほどの速読だ。
隣に座るスペースはないので、俺は床にあぐらをかく。
角度的に彼女のスカートから白いものがチラチラと見えるが、こういうところはきっと無自覚なのだろう。
「フィルボルグたちは自分の意志で〈アウトサイド〉に来たわけじゃなくて、煉獄卿に雇われた工作員だったみたいね。本人に聞いたら素直に白状してくれたってさ」
「俺が聞いたわけじゃないから、首輪の従属効果は関係なしに自供したってことか」
「あいつも開き直ったんじゃないの。アグニは忠誠を誓うような相手でもないだろーし」
ポーカー勝負をしたときに煉獄卿のカードは見た記憶がある。
炎をまとった魔神の絵柄――つまりアグニは俺をぶっ殺した幼女詐欺の魔皇だ。
錫姫をさらって元の世界に戻る前に、あいつとの決着はつけなければなるまい。
「銀腕卿ナーザの領土である〈
「珍しい話じゃないけどね。魔皇たちは休戦協定こそ結んだけど、水面下では今も抗争を続けてるから。結局のところ魔皇の一番の敵は、同じ力を持つ他の魔皇ってわけ」
いわゆる内輪モメ――いや、国家間の冷戦のほうが近いか。
十二の魔皇を『個別の世界を総べる超常者』として考えるなら、彼らは結束した一大勢力ではなく、それぞれがまったく異なる文明圏を領土とする独裁者に等しい存在である。
だとすれば裏工作や小競り合いは当たり前。あわよくば相手の支配領域を侵略してやろうと考えても、なんら不思議はない。
しかし敵として見る場合、結束しているよりも足を引っ張りあっているほうが崩しやすい。
当然ながらミーナも同じ考えらしく、竜賊として活動する心構えとして、
「今後もなるべく正体は隠しておくべきね。フィルボルグの件にしたって、まさか通りすがりのドラゴンにしてやられたなんてアグニは考えもしないはずだし」
「状況的に銀腕卿とやらが手を打ったと考えるだろうな。……同じ理屈で俺たちが錫姫をさらったとしても、あいつらは真っ先に他の魔皇を犯人として疑うわけか」
「そういうことね。コソコソ動くのはカイの性に合わないかもしれないけど、疑心暗鬼になって自滅していく相手を見るのだって爽快でしょ」
「了解だ。どうせならスマートにやろう」
確かに憎きアグニの計略を一つ潰したと思うと、なかなか気分がいい。
さて、次はどこで何をしてやろうか。
しかし会話がより具体的な方向に移ると、ミーナは急に歯切れが悪くなった。
「うーん……まだ情報が足りないかな。とくに錫姫の所在なんて機密扱いで噂話くらいの内容しかないし、信憑性に難がありそうだから慎重に吟味したほうがいいかも」
「つっても時間は限られてるよな。たった一年で十二人もさらわなくちゃいけないんだから、なるべく早めに行動を起こしたほうがいいんじゃないか」
「時間がないからこそ慎重に動くべきでしょ。錫姫をさらうのに一度でも失敗したら警備はずっと厳重になるし、そもそもそこで全てが終わっちゃうかもしれないのよ?」
ぐうの音も出ないほどの正論だ。
ミーナはテーブルを降りると俺の前にやってきて、たしなめるように言った。
「あのウサギ娘たちをこき使ってやりなさいな。この文書だって本当はケチをつけてやりたいけど、たかだか数週間で集めた情報としては大したもんだわ」
「いきなり押しかけてきたときはどうしたもんかと思ったけどな。実際よく働いてくれてるよ。……だから俺が見てないところでいじめたりするんじゃねえぞ。あいつらは精一杯やってるし、そもそも家来として働かせる道理なんてないんだからさ」
俺が念のため釘を刺しておくと、ミーナは機嫌を損ねたのか鼻をふんとならし、
「ピュアなわたしがそんな姑息な真似をすると思う? ケチョンケチョンにしてやろうと文句を言ったところで、逆に言い負かされて泣いちゃうのがオチよっ!」
「うん、まあ……威張るようなことでもないけどな」
そのあとも「だって三対一なのよ……あいつら卑怯でしょ」と呟いていたから、案外ミーナのほうがバニーガール三姉妹に苦手意識を感じているのかもしれない。
なんにせよ優秀な家来なのは間違いないので、彼女たちが有益な情報を集めるまで様子を見るのが、俺が取るべき正しい選択なのだろう。
しかしそうなると、今のところやるべきことはない。
俺は少し考えたあと、体育座りの姿勢で隣に座りなおしたミーナに提案する。
「このあと街に出かけてみないか。今のところ口封じの追手が襲ってくる気配もないし、賭博場をアジトにしてから部屋にこもってばかりだったから、たまには外の空気を吸いたいんだよ」
「もしかしてデートに誘ってるつもりなの、それ」
ミーナがけげんそうな表情で問いかける。
……とくに意識して誘ったわけではないものの、女の子と二人で出かけるのだからデートと言えなくもないか。
しかし出会ってからほぼずっといっしょにいるくせに、いきなり甘酸っぱい青春ワードをぶつけられると、俺としては少々戸惑ってしまう。
「まあ聞いてくれよ。今後は竜賊として活動するにあたって、囚われの姫をさらっていかなくちゃならない。自分が白馬の王子さまだったらどんなによかったかと思うが、ご覧のとおりドラゴン様だ」
俺はそう言って牙を剥きだしてみせる。
しかし彼女もドラゴンのあしらい方に慣れてきたのか、はいはいと肩をすくめて、
「もしくはワニくんかヤモリさんね。おまけにデリカシーがなくてバカでスケベ」
「……自覚はあるから否定しないぞ。俺からすれば錫姫たちは地球人のお仲間だけど、召喚される前から面識があったのは一人だけだ。もしかするとその知り合いの子ですら、変わり果てた今の俺を見たら怯えてしまうかもしれん」
思いがけない言葉だったのか、ミーナが息を詰まらせる。
俺はすでに人間であることをやめていて、角や尻尾が生えたドラゴン――つまり地球人の尺度で認識するなら純然たるバケモノだ。
普段はなるべく考えないようにしているが、ときには向き合わなければならない事柄だ。
ミーナの表情がみるみるうちに曇ってきたので、俺は慌てて言いつくろう。
「勘違いするなよ。おかげで今もこうして生きているわけだから、後悔はないし悲観だってしないさ。……俺が言いたいのはもっと現実的かつ実際的な問題だよ。デリカシーがなくてバカでスケベなドラゴンがお姫さまをさらうのなら、どうにかして警戒させずに相手をエスコートする方法を学ぶ必要がある」
言い訳みたいな言葉を、内心の動揺を悟られないよう早口でまくしたてる。
我ながら見苦しいなと思いつつも、姿勢を正してミーナと向き直う。
「で、ちょうどいい具合にお手軽な訓練相手がいるわけだ」
俺がビシッと指さすと、ミーナはものすごく微妙そうな顔をした。
まあそりゃそうだ。
照れ隠しでやってる自覚があるだけになおさら始末が悪い。
しかし彼女は大きくため息をつくと呆れたような調子で、
「そこまで言うならつきあってあげるわよ。だけどくれぐれもお手軽な女の子だなんて思わないことねっ! わたしが男性に求める水準はかなり高いんだからっ!」
「お、おう……。ありがとな」
ミーナはわざとやってんのかと思うほど、ツンデレっぽいセリフを吐く。
鏡の前でシュミレーションを重ねたはずなのに、嬉しそうな表情がばっちり顔に出てしまっている。
こういうところは本当に可愛いなあと、俺は不覚にも思ってしまった。
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