第三章

3-1 竜賊の朝は早い

 竜骸都市マハーカーラに召喚されてから、早くも四日が経過していた。

 このころになると、さすがに俺もこの世界の生活に慣れはじめてきたらしい。


 ドラゴンの身体はさほど睡眠を必要とせず、竜賊としての朝はいつも早い。

 竜骸都市の日の出は地球と同じくらい美しいもので、黒一色の空は徐々に燃えるような橙色に、そして不思議な薄紫色へと変じていく。


 最近になって知ったことだが、都市の空が薄紫色なのは、大気中に満ちた霊素の影響らしい。

 言われてみればミーナが魔術を霊素で強化したときや、フィルボルグが秘術を使ったとき、その身体が薄紫色に輝いていた記憶がある。

 つまり霊素は薄紫色なのだ。


 俺の寝室はアジトの――つまり賭博場カジノの二階にあり、かつてフィルボルグの一人が使っていた部屋を利用している。

 ちなみにミーナは同じ階の別室を使っており、残念ながら今のところ、彼女と同じベッドをともにしたことはない。


 最近の日課として、起きたらまずは鱗を磨くことにしている。

 部屋の隅に置かれた瓶から水をすくい、木綿布をまんべんなく濡らしてから、身体をゴシゴシと擦るのだ。

 お次は歯木と呼ばれる木片に持ち替えて、牙とその間を丁寧にこそいでいく。

 こうして身だしなみを整えたら腰巻と、首輪の代わりに新調したマフラーをまとう。

 ドラゴンになったからといって――いや、ドラゴンになったからこそ、俺は誰よりも身なりに気をつけなければならないと考えている。

 牙や尻尾を生やした今の自分が清潔感を失えば、それこそ粗野で凶暴なモンスターに見えてしまうことだろう。


 寝室を出たあとは一階の支配人室に向かう。

 革張りの豪華な椅子に腰を下ろしてしばらくすると、ノックの音が聞こえてきた。

「どうぞ」と答えると、ウサギのような耳を生やした三人の美少女が入ってくる。


「おはようございます。ご主人様」


 真ん中の子が俺に向かって挨拶すると、少女たちは揃って深々とお辞儀をする。

 お察しのとおり、彼女たちはフィルボルグに囚われていたバニーボーイの妹だ。


「……ああ、おはよう。お兄さんは元気かな?」

「現在はご主人様の御指示に従って、周辺地域の治安回復に尽力しております」

「具体的には恐喝や窃盗、麻薬の密売などの犯罪行為の厳格な取り締まりですね」


 俺に挨拶した子とは別の子たちが入れ替わりで、近況について報告してくれる。


 賭博場にいたバニーボーイは『クロック』という名前で、フィルボルグたちの支配に抵抗していた〈アウトサイド〉の自警団を率いるリーダーだった。

 だからこそ三人の妹は狙われ、卑劣にも誘拐されたのだが――フィルボルグが通りすがりのドラゴンに倒されたことで、彼女たちは無傷のまま救出されたわけだ。


 現在のクロックはさきほど報告にあったとおり、以前と同じく自警団を率いて治安回復のために活動している。

 ……何故か俺が新しいリーダーみたいになっているが。

 

 クロックの妹であるバニーガール三姉妹は、結果的に命を救った俺に相当な恩義を感じたらしく、竜賊の家来として住みこみで働くことになった。

 三姉妹は長女から順に『ぺぺ』『ロロ』『ヨヨ』という名前で、ただの可愛いウサギ娘というだけでなく、非常に優秀な部下でもある。


「場内のリニューアルも順調に進んでおります。建物の改装や従業員の接客態度の見直し、私たちバニーガールのダンスショーなどライト層向けのサービスを向上させた結果、徐々に〈インサイド〉からの顧客が増加しているようです」

「このままイメージアップ戦略を進めていけば、今後はファミリー指向の賭博場として広く認知されていくでしょう。スロットマシンの第一号を導入したところ非常に好評なようですし、ご主人様からご提案いただいた期間限定イベントなどの催しを合わせて実施していけば、さらなる業績の成長が期待できるかと思います」

「お、おう……。なんつーか、いつもご苦労様です」


 早口でまくしたてられたので、賭博場の運営が順調なことしか理解できなかった。


 フィルボルグが三姉妹を誘拐したのは、もしかするとエロ目的だけではなかったのかもしれない。

 いつだか俺が地球のラスベガスについて話したところ、彼女たちはその集客のノウハウを即座に理解し、賭博場の運営に取りいれて莫大な利益を上げたのだ。

 このまま表の支配人をフィルボルグに、実質的な業務を三姉妹に任せておけば、竜賊の活動資金は潤沢に集まるだろう。


「フィルボルグや賭博場の顧客から集めた情報につきましては、こちらの資料にまとめまておきましたので、のちほどミーナ様とご相談なさってください」


 三姉妹の真ん中の子――ロロが俺の前に来て、分厚い紙束を手渡してくる。

 そういえば都市の情報を集めるようにと、ミーナが彼女たちに頼んでいたような。


「直接ミーナに渡したほうが早かったんじゃないか? どうせ俺は読めないんだし」


〈竜言語〉の自動翻訳が文字に反映されないがゆえに、俺は手渡された文書に目を通すことができない。竜骸都市で暮らすうえで一番のネックがこれである。

 ところが三姉妹は揃って「何をおっしゃいますか」という表情を浮かべ、


「私はカイ様に感謝されたいのです」

「できればご奉仕もしたいのです」

「可愛がってもらいたいのであります」


 三匹のウサギが急に目の色を変えて、グイグイと迫ってくる。

 ……あ、ちょっと厄介なことになってきたぞ。


 彼女たちは非常に優秀で、そのうえ俺に恩義を感じているのだが――なりふりかまわず求めてくるというか、ぶっちゃけ愛が重くてめんどくさいのである。

 しかも三人同時ににじりよってくるせいで、襲われるのではないかと錯覚してしまう。

 これではどっちがウサギかわからない。

 どう対処していいかもわからない。


 黙っていたら彼女たちがドレスの紐をほどきはじめたので、俺は慌てて言った。


「なんで服を脱ぐんだよ! 行動に脈絡がなさすぎるだろ!」

「少し暑かったので」「ので」「ムラムラしたので」

「今日はまだ涼しいし、最後のやつにかぎっては素直でよろしいが言い訳にならないからな? とにかく朝っぱらからエロゲーみたいなノリはやめろ」

「本当はこういうの好きなくせに」「ねえー」「正直になっちゃいなよ」


 俺が呆れていると今度は「私たちって魅力がないのでしょうか……?」なんて涙目になるし、こいつらマジめんどくせえ。


 三姉妹は本当に俺が大好きらしく、頼めばなんでもしてくれそうな気配すらある。

 個人的には積極的にアピールしてくるタイプより、清楚で慎ましい子のほうが好みなのだが。


「感謝されたいなら働け。ご奉仕したいなら情報を集めろ。可愛がってもらいたいなら礼節をわきまえろ。言っておくけど俺は、家来を甘やかすつもりはないからな」


 ドラゴンの威厳を取り戻して告げると、三姉妹は素の態度を改めて忠実な部下の表情に戻り、ハキハキとした仕草で敬礼する。


「了解いたしました! 頑張ればご褒美があるということですね!」

「働きますご奉仕します! だから色んなプレイしてください!」

「三人まとめてお相手願います! トライアングルアタックですよ!」


 待て待て。そういうつもりで言ったんじゃない。

 しかし訂正するよりも早く、バニーガール三姉妹は本来の業務に戻るべく颯爽と部屋から出ていってしまう。


 くそ、なんてマイペースなやつらなんだ……。  

 もしかすると俺は近いうちに、三姉妹のトライアングルアタックの餌食になってしまうかもしれない。


 いったいナニがどうなるのか、まったく興味がないわけではないけど。

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