2-5 カジノ・ロワイヤル【後編】

 ミーナがぎゅっと、俺の肩をつかんでくる。

 頃合いとしてはちょうどいいだろう。

 脇役を演じるのにも、そろそろ飽きてきたところだ。


「あんたらの御託はいいからさ。さっさとチップをよこしてくれ」


 俺は笑いながら言った。

 すると一同が、眉をひそめて注目する。


「何を言っておる。どう見てもワシらの勝ちじゃろうに」


 ……イカサマをやってるくせに、恥ずかしげもなく言いやがるな。

 フィルボルグの言い分には一切耳を貸さずに、俺は手札を見せつける。


「ほら〈竜〉のカードが四枚だ。あんたらの手札より強いじゃないか」

「ワシには三枚しかないように見えるがの。ふざけておるなら首をへし折るぞ」

「あれ、おかしいな。埃でもついてるのかな」


 俺がそう言ってふっと息を吹きかけると、〈竜〉のカード以外が手札から燃えてなくなった。

 フィルボルグたちとバニーボーイがぎょっとする。

 竜骸都市マハーカーラのヤモリは、口から炎を吐いたりしないらしい。


 だから俺は立ちあがって、自分の顔を指さした。


「ちゃんと見ろよ。四枚目の〈竜〉はにあるだろ?」


 フィルボルグやバニーボーイだけでなく、賭博場にいる客の視線が一斉に集まった。

 ミーナはさりげなく後ろに回って、魔術でサポートする態勢を整えている。


 ゲームの勝敗なんてどうでもよかった。

 ギャンブルで稼ぐつもりもなかった。

 俺は最初から住むところを探していて、ついでに活動資金が得られればベストだと考えていた。

 そういう意味でこの賭博場カジノは、恰好のターゲットなのである。


「素直にゲームを楽しめるところなら、迷惑をかけるのは忍びないと思ってさ。だけどイカサマまみれのクソ賭博場なら、奪っても良心は痛まない」

「竜賊の初仕事にちょうどいいんじゃないの。わたしも我慢の限界だし」


 ミーナが威勢よくそう言ったので、思わず笑ってしまう。

 そうと決まれば先手必勝だ。

 俺は手前にいたフィルボルグから潰すことにした。


 顔面に一発お見舞いしようと飛びだすと、フィルボルグも素早く両手を前に構えた。

 俺の拳を弾くつもりなのだろう。グロテスクな顔に余裕の笑みが貼りついている。 


 しかしドラゴンの拳は丸太めいた腕を軽く弾き飛ばし、そのまま顔面を粉砕する。

 フィルボルグはギャグでやってるのかと思うほど派手にきりもみ回転しながら吹っ飛んだあと、やがて一切の動きを止めた。


 聴衆からの笑いはなく、拍手すら起こらなかった。

 仲間を倒された二人のフィルボルグですら、まったくのノーリアクションだ。


 俺は周囲の理解が追いつくまで、待ってやることにした。

 しばしの沈黙のあと、巻き起こったのは津波のような騒乱だ。

 賭博場の客やディーラーが我先にと逃げだし、群衆は波となって出口に押し寄せる。


 静寂が戻ってくると、賭博場に残っていたのは俺と同じテーブルにいるプレイヤーだけだった。


「オレを……助けてくれたのか……?」


 バニーボーイが俺に問いかける。

 フィルボルグの手から囚われた妹たちを取り返すつもりのようだから、他の客といっしょに逃げようとは考えなかったのだろう。


「あんたの妹がウサ耳の美少女なら、助けてやる価値はあるかもしれないな」


 ふざけて答えたら、ミーナに尻尾を踏まれてしまった。


 だけどまあ、助ける理由は他にもある。

 俺はこれから十二人の女の子をさらうべく、竜賊として活動するのだ。

 やろうとしていることが似ているので、バニーボーイに破滅されたら縁起が悪い。

 だからこの場は景気よく、不愉快を愉快に塗りつぶしてやろうじゃないか。


「――さあ、ゲームをはじめようぜ。今度はもっと血なまぐさいやつを」


 俺が両手を広げると、フィルボルグの一人が足を前に踏みだした。


 まばらな髪の毛を白く染め、浅黒い顔に深々としわを刻むそのフィルボルグは、不思議と老いた印象がなく、むしろ三人組の中でもっともたくましく見える。

 残された一人が同じように前に出ようとするところを、彼は威厳のある仕草で制した。

 どうやら一騎打ちをご所望らしい。


「認めてやろう。おぬしがただものではないと」

「そりゃドラゴンだからな」

「ふむ……。ワシが想像していたものと比べると、やけに小さいがの」


 老いたフィルボルグはそう言って俺を見下ろした。

 四メートル以上はありそうな彼らと比べると、二メートル半しかない人型のドラゴンはさぞかし小さく見えるだろう。


「本気を出せば、もっと大きくなるんだけど」

「ならば見せてもらおうぞ。伝承に聞くドラゴンの力を」


 次の瞬間、俺は周囲の大気が揺れるのを感じとる。

 同時にフィルボルグの身体が、薄紫色の光に包まれていく。


「――秘術よ! そいつ、ただの筋肉バカじゃないわ!」


 後ろからミーナの声が響く。

 老いたフィルボルグが生みだしたのは、空気を圧縮して固めたような半透明の砲弾だ。そいつをまるでマシンガンみたいに、標的めがけてぶちこもうとしているのだ。


 ドラゴンの身体能力を駆使すれば、避けることはできたかもしれない。

 ところが敵は卑劣にも、俺ではなくミーナに狙いをつけている。

 彼女を守るためには、砲弾を全て受け止めるしかない。


 炸薬が一斉に点火されたような破裂音が――喝采のように響く。


「思い知ったか! これぞ我が一族の秘術〈気焔の練槍クラサハ〉よっ! たとえおぬしがドラゴンであったとしても、まともに食らえばひとたまりもあるまいっ!」


 俺に全弾ぶちこんだ時点で、フィルボルグは勝利を確信したに違いない。

 豪快な高笑いとともに、いつもの悪臭が漂ってくる。


「カイ……嘘……でしょ……」


 覆いかぶさるようにしてかばった俺を見て、ミーナが呆然とする。

 本気で泣きそうな顔で、今にも膝から崩れ落ちそうだ。


「待て待て泣くな泣くな」

「……ええっ? 大丈夫なの?」」


 何事もなく立ちあがった俺を見て、さすがのミーナも驚いたようだ。

 ぶっちゃけ自分でもダメージなさすぎてびびった。

 ドラゴンの鱗、どんだけ硬いんだよ。


「見てのとおりなんともないさ。だから安心して抱きついてくれ」

「ほんとに元気そうね……。心配して損したかも……」


 ミーナは憎まれ口を叩きつつも、心底ほっとした様子で涙をぬぐう。

 彼女が落ち着いたところで、再び敵と向かいあう。


「あのタイミングで避けるとは……いったいどんなイカサマを使ったのだ……っ!」


 老いたフィルボルグは巨躯を震わせ、ひどく狼狽した声で吠える。一部始終を見ておきながら、砲弾を受け止められた事実を受け入れられなかったらしい。


「痛くもかゆくもなかったぞ。次はもうちょっと頑張れ」

「ふ、ふざけるなあああッ!」


 大量の鼻血を噴出させながら、老いたフィルボルグが矢継ぎ早に〈気焔の練槍〉を連発する。

 プラナの限界を超えて秘術を使ったのか、自らも反動を受けているようだ。

 おかげで無数の砲弾の威力は上がっており、ゆっくりと歩きだした俺の身体をわずかに後退させる。


 しかしだからとって、無駄な努力であることに変わりはない。

 攻撃の間合いに入ったところで、俺は拳に力をこめる。

 身体の制御にも慣れてきたから、試しにしてみよう。


 ビキビキと軋むような音を立て、筋肉がいびつな形状にふくれあがっていく。

 限界まで力を充填したところで、俺は巨大な鉄槌と化した右腕を引き絞る。


「望みどおり、ドラゴンの力を見せてやるよ」

「や、やめ――あばっ!」


 悪臭を振りまく便器の口を、すくいあげるようなアッパーカットで閉じてやる。

 老いたフィルボルグは丸太のような腕でアゴを守っていたが、あまり意味があったとは思えない。

 本気を出したドラゴンの拳は、どれほど硬い岩だろうと粉砕するのだ。


「あ、やべ……さすがにやりすぎたかも」


 我に返ると、モザイクを入れてほしいくらいのグロテスクな塊が天井にへばりついていた。

 惨状に眉をひそめながら、ミーナが隣に駆け寄ってくる。


「残るはあと一人ね」

「あ、いけね。うっかり忘れるところだった」


 慌てて目を向けると、最後のフィルボルグは脱兎のごとく逃走しようとしていた。

 とっさに尻尾で足払いをお見舞いすると、バカでかい図体が勢いよくすっ転ぶ。


 フィルボルグが立ちあがろうとしたところで、虹色の光を放つ不思議なロープが太い足に絡みつく。そして蛇のようにうねうねと動いて彼の動きを拘束した。

 ミーナの魔術だろう。ナイスフォローである。


「よしよし、うまくやったな。いきなり逃げだすとは、どこまでも小悪党なやつらだ」

「ちょっとお! 子ども扱いしないでよムカつくから!」


 小さな頭を優しく撫でてやると、邪険に振り払われてしまう。

 ちまっこいエルフをイジるのはあとにして、俺はジタバタともがきつづけるフィルボルグに目を向ける。


「い、命だけは助けてくれ……っ! さらった娘たちは返すっ! もう悪いことはしないと誓うっ! だから許してくれええ……我はまだ死にたくないのだああああっ!」


 フィルボルグがいかめしい面を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして泣きわめく。

 ここまで往生際が悪いと、逆にすがすがしい。


「たぶん助けたら逃げるか裏切るよな、こいつ」

「引っかかったなバカめ! とか言って、うしろから殴りかかってきそう」

「ぎくっ!」


 ぎくっ! じゃねえよ。やる気満々じゃねえか。


 しかしここまで開き直って情けなく命乞いする相手に、容赦なくトドメを刺すのは抵抗がある。

 だからといって生かしておけば、またどこかで悪事を働くだろう。


 ……さて、どうしたものか。

 考えあぐねた俺はかぎづめでポリポリと首をかく。

 すると妙案が閃いた。


「このフィルボルグに賭博場を運営してもらおうぜ。俺たちは裏から支配して、賭博場のあがりを竜賊の活動資金にあてるんだ。そうすれば理想のアジトになるだろ」

「そんなにうまくいくかしら。こいつが真面目に働いてくれると思う?」


 ミーナが当然の懸念を口にする。

 ところがその問題は、容易に解決することができるのだ。


「大丈夫だよ。こいつはになってくれるから」 


 俺はそう言って、首にはめたままの〈隷属の首輪〉を外してみせる。

 すると彼女もこちらの意図を理解してか、にっこりと笑みを返してくれた。


 首輪を持ってフィルボルグに近づくと、ベルトの部分がしゅるしゅると伸びていく。

 さすがはマジックアイテム。

 相手に合わせて長さを調整してくれるのか。


「そういうことでよろしくな。今後は俺たちのためにきりきりと働いてもらうぜ」

「ちょ……なんだ! お前たち! 我に何をするつもりだああああっ!」


 哀れなフィルボルグの叫び声が、場内に響きわたる。

 こうして俺たちは賭博場を――いや、竜賊のアジトを手にいれた。

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