2-4 カジノ・ロワイヤル【前編】

 でっかい賭博場カジノと聞いたら、普通はラスベガスのような空間を思い浮かべるはずだ。


 しかし件の賭博場は竜骸都市マハーカーラにあり、フィルボルグとかいう巨人族が運営しているため、内部の様相は俺が期待していたものとはかなり雰囲気が異なっていた。


 内装はくすんだ色合いで、賭博場というよりは幽霊が出ると噂の洋館のようだ。

 シャンデリアのような豪奢な照明はなく、実用性だけを重視したような金属製の燭台がいたるところに置かれている。

 場内に賑やかな談笑は存在せず、ギラギラとした勝負師たちの身体からにじみでる沈黙に満ちている。

 空気中に漂うのは彼らの葉巻からくゆる紫煙であり、あるいはさらに怪しげな葉っぱを吸った堕落者が吐きだす悪夢の残り香だった。


 俺は必死になってセクシーなバニーガールを探した。

 しかしクソ異世界のクソ賭博場にそんな色気はなく、視界に映るのは多様な異種族で構成されたクソ野郎どもの動物園だけである。


 ……まあいいや。

 どんなゲームがあるのか確認しておこう。


 とりあえずスロットマシンの類はない。

 ルーレットに近いゲームはあるものの仕組みが異なっており、コウモリのような動物がどのポケットに入るのか予想するものだった。

 一方、テーブルゲームは地球とほとんど同じだ。

 トランプ的なカード、ダイス的な石ころ、ドミノか麻雀牌めいた木の板と、見ためだけでなんとなく用途が判別できる。


 おかげでミーナからざっと説明を聞いただけで、いくつかのゲームのルールを把握できた。

 なんとギャンブルの定番である、ポーカーそっくりのゲームまであるらしい。


「もしかして過去に召喚された地球人が広めたのかな」

「可能性は低いと思うけど、絶対にないとは言い切れないわね」


 まあその辺の話はひとまず脇に置いておき、俺は善良なニワトリから恵んでもらったお金をチップに交換する。


 これで手持ちは青のチップが二十枚。

 一枚が竜骸都市の貨幣に換算すると五スケールだ。酒場の支払いが十スケールだったから、百スケール=二十枚は五万円くらいだろう。


「見てるだけじゃつまらないだろうし、ミーナもやらないか?」

「遠慮しとく。お呼びじゃないって空気だし」


 ミーナの言葉も一理ある。

 ガチの勝負師がたむろする裏社会の賭博場に、バカップルのような二人組がやってきたのだ。周囲の態度は従業員であるディーラー含め、ことさら冷淡なものだった。


 とはいえ尻尾を巻いて帰るつもりはない。俺はファミレスで席を選ぶような気軽さで、場内の設置されたカジノテーブルの一つに居場所を落ちつかせる。


「ここはガキの遊び場じゃねえ。さっさと巣に帰りな、ヤモリ野郎」


 おっと、いきなり門前払いである。


 ワニの次はヤモリかとうんざりしながら視線を向けると、ウサギの耳を生やした青年が俺をにらみつけていた。

 ……バニーガールじゃなくてバニーボーイかよ。


「カイはヤモリじゃなくてドラゴンよ。ナメてかかると痛いめを見るんだから」


 ミーナが俺の肩に寄りかかりながら、さっそく言い返す。

 しかし彼女の言葉がもたらしたのは、周囲の失笑だった。


「見かけは立派じゃが、場をわきまえずにイキがっておると死神に目をつけられるぞ」

「隣のお嬢ちゃんは置いていって構わんがな。わしのドラゴンが可愛がってやろう」

「ベッドの上で火を吹くわけか。ズボンが焼けぬよう気をつけんとなあ」


 ジャケットを着た三人のおっさんが、卑猥な冗談を言ってファファファと笑う。

 巨大な身体を窮屈そうにかがめて座る彼らこそ、賭博場を支配するフィルボルグなのだろう。

 豪快な笑い声とともに強烈な悪臭が漂ってきて、俺は思わず顔をしかめる。


「まったく救えねえな。わざわざドブに足をつっこむとはよ」


 ハードボイルド気取りのバニーボーイが吐き捨てる。

 とはいえ参加料のチップを支払うと、ディーラーは俺を交えてゲームを再開させた。


 黙々とカードが配られる中、ミーナが耳元で囁いてくる。


(これがいわゆるポーカーなんだけど、本当にルールはわかっているのよね?)

(ああ。カードの絵柄は違うけど、それ以外はほとんど地球と同じだよ)


 竜骸都市のポーカーは、赤青黄緑に分類された十二の魔皇アスラおよび竜の姿が描かれたカードを使用する。

 枚数と種類はトランプと同じで、揃えるべき役の組み合わせも共通だ。


 ただし役の名称だけは例外で、同色のカードを揃えた『フラッシュ』が『同盟』と呼ばれていたりする。

 どうやら役そのものに独自の意味が込められているために、竜言語の翻訳がうまく機能していないようなのだ。


 この辺りはちょっとややこしいので、脳内でうまく補完するとしよう。


(ねえ、勝算はあるんでしょ。あいつらを早くドブに突き落としてやりたいわ)

(試してみたいことならあるけど、勝ち負けはどうでもいいかな)

(……どういうつもり? お金を稼ぐために賭博場へ来たんじゃないの)

(勝敗は時の運だよ。今は純粋にギャンブルを楽しむことにするさ)


 気楽に構える俺に、ミーナは不満げに眉をひそめる。

 フィルボルグたちにセクハラ交じりのジョークを浴びせられて、収まりがつかなくなったのかもしれない。


 そうこうしているうちにカードが配り終えられる。

 この場で行われているポーカーの種類は、地球における〈ファイブカードドロー〉だ。


 まずは手札を伏せた状態で賭けベットを行い、カードを一度だけ交換したあと、再び賭けを行う。

 最後に互いの手札を披露して、もっとも強い役を揃えたプレイヤーが勝者となる。

 プレイヤーは自分の手札と相談しつつ、『上賭けレイズ』『同賭けコール』『降参フォールド』のいずれかを宣言するわけだ。

 ちなみに降参すると勝負を降りることになるものの、失うチップは参加料だけで済む。


 実際にゲームがスタートすると、俺以外のプレイヤーは手堅く『同賭け』を宣言した。

 最初は様子見のつもりらしい。意外と慎重なやつらである。


 一方の俺は自信満々の笑みを浮かべつつ、


「上賭けだ。九十五スケール」


 その大胆な宣言に、ミーナを含めた全員が唖然とする。

 俺は参加料を含めて百スケール、つまり手持ちのチップ全てを賭けたのだ。

 よほどの自信がなければ、できる芸当ではない。


(どんだけ強い役を揃え……って、めちゃくちゃ弱いじゃないのっ?)

(ポーカーといえばハッタリだろ。全員が降参すりゃ参加料を総取りできるし)

(バカねえ……。リスクのわりにリターンが少なすぎるでしょ)


 ミーナが呆れたように言う。

 しかも困ったことに、テーブルから次々と「同賭け」の声があがる。

 俺の思惑に反して誰も降参することなく、手札が順にオープンされていく。


「ワシは〈共闘ツーペア〉じゃ」「同じく」「吾輩は〈巡礼ストレート〉だな」


 フィルボルグたちの手札はどれも、とりたてて強いものではなかった。


 彼らの手札を見て、バニーボーイは勝利を確信したらしい。

 モフモフした手でゆっくりとカードを広げると、黄一色の魔皇たちが仲睦まじく肩を並べていた。


「〈同盟フラッシュ〉だ。ガキはもうおねんねの時間だぜ」


 海外ドラマみたいな決め台詞を吐きながら、バニーボーイが俺を挑発してくる。

 ミーナとの内緒話は筒抜けだったらしく、こちらが弱い役だと決めつけたようだ。


 だから俺は笑いをこらえながら、自分の手札を広げてみせる。


「あんたが素直な性格だとわかって嬉しいよ」


 俺の手札は一角の白馬が四枚――〈第五界・純潔卿〉の〈蹂躙フォーカード〉だ。

 これ以上の役は同色の魔皇を順に揃えた〈森羅万象ストレートフラッシュ〉か、さらに竜を交えた最上位の〈竜の狂宴ロイヤルストレートフラッシュ〉しか存在しない。


 バニーボーイが全身から悔しさをにじませて、声を荒げる。


「てめえ……さっきの会話はわざと聞かせていたのかよっ!」

「ハッタリをかましたのが彼女のほうだとは思わなかったろ?」


 ぶっちゃけ俺も最初は驚いた。

 実はミーナがアドリブでやりやがったのだ。


「強気のお前さんを警戒してワシらが降参しないよう、お嬢さんが誘導したわけか」

「なかなかどうしてやるじゃないか。久しぶりに一杯食わされたぞ」

「挨拶代わりとしちゃ申し分ないわい。次から本気でお相手を願うとしよう」


 激昂するバニーボーイとは対照的に、フィルボルグたちは愉快そうに笑った。

 こうして最初のゲームに勝利したものの、ミーナが俺に釘を刺してくる。


(上賭けの仕方はよく考えてよね。いくら強い役が揃っても、降参されたら意味ないじゃん。有利なときは相手を勝負に誘って、不利なときはいさぎよく逃げるの)

(……了解。次からはもっと慎重にやるよ)


 実際のところ、ミーナの言うとおりだ。

 もし彼女のフォローがなかったら、俺はせっかくのチャンスをふいにしたばかりか、勝負の駆け引きについてズブの素人であることを、周囲に露呈していたのだから。


 素直に反省した俺は意識を集中し、もうちょっと真剣に勝負することに決めた。


 そのあとは淡々とゲームが続く。

 最初は負けることもあったが、次第に勝ちの数が順調に積みあがっていく。

 有利なときは誘って不利なときは逃げる――ミーナの忠告に従った結果である。

 もちろん言うほど簡単じゃない。

 実現できたのは、ドラゴンの力を使ったからだ。


 俺はドラゴンになったことで、身体能力だけでなく、視覚や聴覚といった五感も飛躍的に向上している。

 だからフィルボルグやバニーボーイの動きをつぶさに観察すれば、その呼吸と視線の微妙な変化から――相手がハッタリをかましているのか、それとも本当に強い手札を揃えたのか、容易に見わけることができるのだ。

 それがポーカーにおいてどれほど優位なことか、あえて語るまでもないだろう。


 おかげで今や稼ぎは二千五百スケール。日本円にして百二十五万円だ。

 このペースならさらに八倍――千万円以上を叩きだすことも不可能ではない。


(甘いお菓子食べたい可愛いドレスほしい泡でぶくぶくしたお風呂に入りたい)

(バカ、よだれが出てるぞ! ゲームが続いているうちは冷静でいてくれっ!)


 お金に目がくらんだミーナがポンコツになっている。

 しかも同じタイミングで、勝負の雲行きが怪しくなってきた。

 こちらの手札が揃わなくなって、バニーボーイのところに強い役が揃いはじめたのである。


「運気がこっちに移ったみてえだな。すぐに鱗を剥いでやるから待ってろよ」


 バニーボーイはそう言うと、早々に降参を宣言した俺にカードを広げてみせる。

 甲冑に身を包んだ〈第二界・銀腕卿〉が三枚。

 いわゆる〈三奏スリーカード〉。役の強さとしては中間くらいだ。


 とはいえフィルボルグたちもパッとしない役だったので、バニーボーイに大量のチップを奪われていた。

 彼らの一人がやんわりと、しかしさりげなく脅かすように告げる。


「この地区の支配者が銀腕卿であることは認めよう。ただし〈アウトサイド〉にかぎっては我らのものだということを、忘れずにいておいたほうが身のためじゃぞ」

「今も昔もこの街は誰のもんでもねえ。てめえらこそナーザに目をつけられねえように、そのくっせえ口を閉じとくのを忘れるな」


 バニーボーイとフィルボルグたちの間には、何かしらの因縁があるようだ。

 彼らのやり取りを眺めていると、正気に戻ったミーナが小声で話しかけてくる。


(ナーザってのは銀腕卿のことね。〈竜の具足ティルナノグ〉を支配する魔皇よ)

(解説をありがとう。……ところで気づいたか。カードに偏りが出てきたぞ)

(あからさまに怪しいよね。イカサマじゃないの?)


 実際のところ彼女の言うとおり、イカサマは行われている。

 ディーラーが密かにカードの流れを操作しているのだ。


 ところが不思議なことに、ディーラーと結託しているのはバニーボーイではなく――ゲームに負けまくっているフィルボルグたちなのだ。


 これはいったいどういうことだろう。ミーナにたずねてみると、


(単純な理屈よ。最初に勝たせておけば、強気になってどんどん勝負してくるからね。あとは警戒心が薄れて賭け金を上積みするようになったところで、むしりとればいいの)

(なるほど。射幸心を煽ってカモにするわけか)


 ミーナとそんな話をしていると、さっそくフィルボルグたちが動きだした。


「ちまちまと小銭を賭けておるから真剣になれんのじゃ。もっと緊張感があればワシらも本来の力を発揮できるじゃろうに」

「だったら最低賭け金を五倍にするのはどうだ? 他の面子がいいというのなら話だが」

「そこまで上げたらウサギとヤモリが怖気づくのではないかなあ」


 フィルボルグたちは最後にファファファと笑い、公衆便所みたいな匂いを振りまく。

 あからさますぎる挑発だが、バニーボーイは軽率にも「構わないぜ」とノリノリだ。

 ひとまず場の空気に従って、俺も賭け金を上げることに合意する。


 そしてゲームは再開された。

 やがて全員の手札が確定すると、バニーボーイから並々ならぬ緊張の色を感じとる。

 単に強い役が揃った、というだけではないだろう。

 そのわりに彼の表情は険しい。


「……支払いの期限は今日までじゃったかな?」


 フィルボルグの一人が口を開くと、バニーボーイの表情がいっそう剣呑になる。

 俺は違和感に首をかしげる。

 この場で行われているのは、ただのギャンブルであるはずだ。

 しかしバニーボーイは今や、死地に向かう武士のような気迫を放っている。


「三匹のウサギは思いのほか高く売れるようだ。兄としても光栄だろう」

「まだ傷ものにはなっておらぬから安心せい。大事な商品だからな」

「……約束は守ってくれるんだろうな?」

「もちろんじゃとも。金さえ払えば無事に返そう」


 目の前のやりとりを眺めながら、密かにため息をつく。

 ……ああ、いつものやつだ。

 殺伐としたファンタジーの空気だ。


 ミーナが「どうするの?」という顔をしたので「待て」と手振りで伝える。

 勝負しているのは俺じゃない。覚悟を決めるのは俺じゃない。

 だから今は傍観者でいるべきだ。


 バニーボーイが「上賭け」を宣言し、フィルボルグたちはその勝負に乗った。

 両者の間で次々と「上賭け」が宣言され、賭け金が一気に跳ねあがっていく。


 最終的なレートは一万スケール。日本円にして五百万だ。

 手持ちだけでは足りないので負ければ借金するハメになるが、せっかくなので彼らにつきあってやるとしよう。


 まずは脇役である俺から、手札を広げてみせる。

 荒ぶる竜の絵柄が三枚。

〈竜〉のカードは数字の十三に相当するので〈三奏〉としては最上位になる。

 しかし俺の手札を見ても、バニーボーイは依然として余裕の表情だ。


「今回も勝負を降りておくべきだったな。ほら〈密約フルハウス〉だ」


〈第十一界・煉獄卿〉が三枚。そして〈第十界・嘲弄卿〉が二枚。

 俺の手札に竜のカードが三枚ある以上、実質的に最上位の〈密約〉である。


 この状況でバニーボーイに勝つには、フィルボルグたちは〈蹂躙〉以上の役を揃えなければならない。確率的に考えると、ほとんどないと言っていいだろう。


 ところが明確な作為イカサマによって、確率という言葉は本来の意味を失っている。


「〈蹂躙〉じゃ」「〈蹂躙〉だ」「〈蹂躙〉だ」


 フィルボルグたちが次々と声をあげる。

 テーブルの上には、四枚しかないはずの〈十二界・深淵卿〉が十二枚。

 もはやイカサマの体裁すら守られていない――とんでもない茶番だった。


「ふざけんじゃねえ……こんなのありえねえだろっ!」


 バニーボーイが激昂する。

 しかしフィルボルグたちは悠然と構えていた。


「ありえぬことなどない。ワシらがあると言えばある」


 フィルボルグたちはそう言って、ぬっと立ちあがる。


 ざっと見て四メートルはあるだろうか。

 窮屈そうに座っていたときより格段に威圧感が増しており、ジャケットに包まれた岩のような巨躯が、彼らに立ち向かうのがどれほど無謀なことか、わかりやすく示している。


 バニーボーイの顔が絶望の色に染まるのを見て、俺はようやく理解した。

 最初からゲームなど存在していなかったのだと。


 このテーブルで行われているのは、ただの調教か、あるいは処刑なのだから。

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