2-3 姫を奪う竜賊

 十二の世界が重なりあう空間で、星々はどのようにめぐるのか。

 俺にはまるで見当がつかないが、竜骸都市マハーカーラにも夜のとばりは下りてくるらしい。


 今や明るかった空は黒く染まり、白い街並みは街路灯に照らされて黄金色に輝いている。

 日中とはまた趣の異なる、きらびやかな光景だ。


 しかし俺たちは黄金色の灯を避けるようにして、うす暗い裏路地を歩く。


 ミーナによると現在地である〈竜の具足ティルナノグ〉には、三つのエリアが存在するという。


 太腿の内側から膝にかけて伸びる〈インサイド〉は、リゾート地めいた商業区だ。

 さきほどまでいた酒場はこのエリアに存在し、中心部の表通りは十二界からの来訪者でにぎわっている。


 表通りを下っていくと竜の膝が垂直に折れて〈ポートサイド〉に行きあたる。

 港であるこのエリアは竜の脛に枝状の埠頭が築かれており、十二界を往来する転移船や都市の各地区を周回する飛空艇が、渡り鳥のように係留しているという。


 そして〈インサイド〉の向い側――太腿の外側から膝にかけて伸びる〈アウトサイド〉こそ、俺たちが今から向かおうとしているエリアである。


「名前から想像できると思うけど〈アウトサイド〉はいわゆる裏社会の住人がたむろする治安の悪いエリアよ。犯罪者と無頼者と堕落者を鍋に入れて、酒と麻薬で味つけして煮こんだら、あんな感じの吹きだまりができるかしら」

「とんだ闇鍋だな……。華やかな街ほど裏側は汚いってところか」

「潜伏先にはちょうどいいけどね。これから錫姫をさらっていくなら、わたしたちは都市の枠組みから外れた犯罪者アウトサイダーになっちゃうわけだし」

「俺からしたら魔皇アスラのほうが犯罪者だけどなあ」


 罪状は少女の拉致監禁である。

 完全にアウトだろう。


 しかし残念ながら、竜骸都市における法の執行者は他でもない魔皇だ。


 魔皇たちは休戦協定を結んだあと、都市を十二の地区に分割して統治することにしたという。

 いわば彼らはこの地を支配する王であり、錫姫シャクティとは王が所有する宝なのである。

 つまり錫姫をさらう場合、俺たちの立場は『王の宝を盗む賊』になってしまうわけだ。


「ならせめて盗賊を名乗るとか。カイはドラゴンだし竜賊なんてどう?」

「自称するのはちょっと恥ずかしいな」


 なんて言いつつわりと気にいってしまう。

 中二病なのだから仕方があるまい。


 俺の気分が上向いてきたところで、ミーナが今後の具体的な話を持ちだした。


「当面の問題は活動資金かな。手持ちのお金は酒場で使っちゃったし」


 ちなみにあのときは、ミーナが三角帽に隠していたなけなしの小銭で支払った。

 有事に備えて用意していたらしいが、それを飲食で使いきってしまうあたりが彼女らしい。


「先に住むところを探したほうがよくないか? できれば野宿したくないし」

「姫を奪う盗賊……いいえ、竜賊のアジトね」


 ミーナがさっそく例の単語を使ってくる。

 こいつもけっこうな中二病だな。


 まあ住むところを先に探すにせよ、必要になるのはたぶん金だ。


 と、そこまで考えたところで、俺は首につけたまま放置していた〈隷属の首輪〉の存在を思いだす。

 ……希少なマジックアイテムらしいし、高く売れるんじゃねえの、これ。


 我ながら名案かと思ったが、ミーナに「売ったら足がつくからダメ」と却下された。

 言われてみればそのとおりだ。

 冷静に考えると『相手を服従させる』なんて危険なものを売って、悪用されたら困る。

 となるとこの首輪の使い道は、ミーナにつけて遊んでみるくらいか。


「……今、ひどいこと考えてない?」

「気のせいだろ。俺はいつだって女の子の味方だからな」


 ひどいことではなく、いやらしいことを考えていたのは内緒にしておこう。

 わりと勘の鋭いミーナの視線に耐えきれず、俺はかぎづめで首輪をいじりながら、


「どうやって金を手にいれるか考えようぜ。なるべく良心が痛まない方法で」

「昼間なら表通りで死にそうな顔して座ってれば、善良な人が小銭を恵んでくれるかもしれないけど、今だとちょっと難しいよね」

「しれっと言ってるけど、最初に出てくる発想が物乞いプレイなのはヤバいな……」


 確かにミーナみたいな可愛い子が困っていたら、助けてあげたくなるかもしれないが。


「そもそも俺たちが向かってるのは〈アウトサイド〉だろ? さっきの説明を聞いたかぎりじゃ、善良な人が住んでるようなところだとは思えないんだが」

「だよねー。見た感じがもうクズしかいなさそうだし」


 そう言ってミーナが足を止めたので、俺は目的地に到着したことに気づく。


〈アウトサイド〉の街並みを一言でたとえるなら、場末の繁華街といったところか。


 夜に染まった白壁の家々は先ほどまで歩いていた〈インサイド〉と変わりはない。

 しかし黄金色の街路灯はなく、代わりにネオンライトめいた蛍光色の光を放つ不思議なランプが設置されている。

 灯の色が多いだけ華やかになるかといえばそうでもなく、黄金色に統一されていないために、全体的にけばけばしく猥雑な景観となっている。


 都市に施された〈竜言語〉も無機物には効果がないらしく、俺は通りに連なる店の文字を読むことはできなかった。

 ただ看板のデザインと軒先の雰囲気から、このエリアが主に『ポルノ』『ギャンブル』『ドラッグ』で構成されていることは理解できる。


 どのくらいひどいところなのかと、逆に興味があったのだが。

 実際に目にしてみると、思ってたよりもずっとマトモな雰囲気だ。


 全裸の死体が転がってるとか血走った目の女が奇声をあげてるとかモヒカン野郎の集団がいきなり襲ってくるくらいのピーキーさを想定していたからかもしれない。


「これくらいなら全然イケるな。むしろガッカリしたぞ」

「あれえー? わたしの育ちがよすぎるのかしら」

「革のブーツ食ったやつが何言ってんだ」

「うっさいわね。昔はもっときれいなところだったから、ギャップがありすぎて余計にイメージ悪くなってたのかな。……ここの治安が悪くなったのってつい最近で、都市の外から来たフィルボルグの三人組がでっかい賭博場カジノを建ててからなのよ」


 フィルボルグとは狡猾な巨人族で、ミーナいわく「口がう○こくさい」とのこと。

 育ちがいいとは思えないひでえ言い草だが……そいつらがウェイウェイやりだしたあたりから〈アウトサイド〉にクズどもが集まるようになり、治安が悪化したという。


「しかし賭博場か。あからさまに金の匂いがするな」

「ギャンブルする人とつきあったらダメってお爺ちゃんが言ってた」


 そう言ってたやつが孫を借金地獄に陥れてるんだからどうしようもない話である。

 賭博場に執着を見せる俺に対し、ミーナはぴこぴこと長い耳をもてあそびながら、


「そもそも賭けるお金すらないんだからギャンブルも何もないってば。……やっぱり善良な人を探しましょ。泥のついた靴を舐める覚悟でやればどうにかなるから」

「ちょっ……待て! そんな覚悟は決めたくないぞ!」


 ネオン街めいた通りの隅っこでミーナと話していると、ふいにドラゴンの研ぎ澄まされた感覚が複数の気配を感じとる。


 ……こちらに近づいてくるようだ。

 額に生えた角を突きだすように顔をあげ、再び気配を感じとろうとする。


 しかしあえて奇襲を警戒する必要はなかったらしい。

 近づいてくる集団はとても目立っていた。


 黄色いフサフサ。赤いフサフサ。緑のフサフサ。

 猥雑な街によく似合うフリーダムな姿。


 トゲの生えた肩パッドのモヒカン野郎どもが、俺たちの前に現れる。


「へいへいちょっといいですかあゃ? 愛について語りあったりしてますかあぁぇお」

「いけませんねえいけませんよおゅこんなところで女の子とパヤパヤなんてえぉのお」

「愛をくださいお金もくださいうおぅおうぼくたち夢があるんですよおおおおおふっ」


 やべえ……カオスすぎてめまいがする。

 やっぱりマトモじゃねえわ、ここ。


 よく見るとモヒカン野郎はモヒカンではなく、頭のフサフサはトサカだった。

 つまりド派手なニワトリ人間。

 縁日のカラーひよこが進化してメタルバンドを結成したらこうなるかもしれない。


 困惑する俺とミーナにかまわず、ハードにキマったニワトリ野郎の劇場は続く。


「ではこうしようワニくんはお家に帰りなさいぼくたちにパヤパヤをまかせてさ」

「みてみてあの子おっぱいでかくてふかふかだよおお谷間にベーコン挟みたいなあ」

「バカやろう野菜とれよ健康に悪いだろアボカド挟んでおっぱいサンドイッチしようう」


 どこからツッコミを入れればいいのやら。

 ワニくんってのは俺のことか?

 あとおっぱいサンドイッチってたぶんそういうものじゃない。


 ミーナを見てみると、天使のような優しい笑顔でニワトリ野郎どもを眺めている。

 彼女はキレると笑顔になるタイプらしい。


「カイ、やっちゃって」

「あ、待って。もうちょい見させて」

「やれ」


 二度目は命令口調だった。

 ちょっと面白かったけど仕方があるまい。ニワトリ劇場を閉幕させよう。


 俺が戦闘態勢に入るのと同時に、トサカレッドも懐からナイフを取りだした。

 よし、これで正当防衛の成立だ。遠慮なくぶちのめすとしよう。

 足のかぎづめでタイル張りの地面を踏みしめ、俺は一気に加速する。


 殺すほどではないので加減しつつ、トサカレッドのナイフを撫でるようにして払い落す。耳元で「クケッ!」と聞こえたので、そのままトサカレッドの鳴き声をすりつぶすように掌底をお見舞いする。

 こうして一匹目のニワトリが夜空を舞った。


 雄鶏は気性が荒いというが、フリーダムニワトリ野郎とて例外ではないようだ。

 トサカレッドが一瞬にして倒されたあと、残った二匹は戦意を喪失させるどころか、怒号をあげて襲いかかってくる。


 トサカイエローが「ドゥールドゥッ!」とアメリカ式の鳴き声を発しながら、世紀末感が半端ない釘バットを力いっぱいスイングする。

 ワニくんだったら殴り倒せたかもしれないが、お前の相手はドラゴン様なのだと理解させるべく、釘バットを片手で受け止めると握力だけでねじり折る。

 あとは勢いあまってチキンナゲットにしないよう軽く回し蹴りを浴びせ、トサカイエローの身体を肩パッドごと吹き飛ばす。

 俺は瞬く間に二打席連続のホームランを決めた。


 と、そこで俺は己の失態に気づく。

 力を加減しようと集中するあまり、ミーナを守ることを失念していたのだ。


 慌てて彼女に目を向けたときには、トサカグリーンの斧が華奢な身体めがけて降り下ろされようとしていた。

 ――危ないっ! 思わず背筋が凍りつく。


 しかし次の瞬間、俺は周囲の大気が揺れるような感覚を抱く。

 同時にミーナの身体が薄紫色に輝き、トサカグリーンはアーク放電を浴びたように火花を散らして吹き飛ばされていく。


 最後の一匹が打ち上げ花火になったことで、ニワトリ劇場はあっけなく幕を下ろした。


 通りに平穏が戻る。

 道端で暴力沙汰があったにもかかわらず、人が集まってくるような気配はない。

 つまり〈アウトサイド〉では、この程度の騒ぎは日常茶飯事ってことだ。


 念のため安全を確認したあと、俺はミーナに問いかける。


「さっきのはなんだ……?」

「霊素で強化した攻撃系魔術よ。秘術ほど高度じゃないけど威力は十分でしょ」 


 ミーナはそう言ってから、糸が切れたようにぺたんと地面に腰を落とす。

 プラナを使った影響で消耗したのだろうか。彼女の背中がさらに小さくなったように見えて、俺の中で猛烈に自責の念が芽生えてくる。


 今のはけっこう危なかった。

 ヘタしたらミーナが殺されていたのだ。


「……すまん、ちょっと油断してた。今後は気をつける」

「謝らなくていいってば。戦闘はあんまり得意じゃないけど、今後はできるかぎりサポートするからさ。カイだってわたしを頼ってくれていいのよ」


 ミーナはそう言うと、にっと笑ってみせる。

 不覚にも胸がキュンとしてしまったので、気恥ずかしくなった俺は顔を背ける。


 ついでにニワトリ野郎の様子を見ると、三匹ともまだ息はあるようだ。

 俺はともかくミーナも一応、殺さないように魔術の威力を加減していたのだろう。


 と思ったら「意外としぶといわね」と聞こえたので、ガチでヤる気だったらしい。


「さて、こいつらは放っておいて先に行くとするか」

「いいえ。まだやるべきことがあるわ」


 彼女は意外にも良心を働かせて、ズタボロになったニワトリ野郎どもの介抱をはじめる。

 感心しながらその姿を眺めていると、やがて様子がおかしいことに気づく。


「……ん? お前、さっきから何やってんの?」

「善良な人から小銭を恵んでもらってるのよ」


 そう言ったミーナの手には、トサカレッドの懐から抜きだした財布が握られている。


 なるほど。

 まったくもって頼りになる女の子だ。 

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