2-2 魔術と秘術

「ここは〈竜の具足ティルナノグ〉と呼ばれているわ。竜骸都市の左脚に相当する地区で、今いるのはふとももの付け根くらいの位置かしら」


 手近の酒場に腰を落ちつかせたところで、ミーナがチキンソテーのような料理をナイフで切りわけながら、現在地について説明してくれる。


 尻尾から右脚のふとももに至る距離から逆算した感じ、竜骸都市マハーカーラは日本列島と同じかそれ以上の面積があるはずだ。

 そう考えると、とんでもなく巨大な都市である。


「〈竜の具足〉は十二界からの来訪者が集う港のようなところよ。とにかく大勢の人が往来するから、この地区に隠れていればすぐに見つかることはないと思う」

「ドラゴンの力があれば対処できるとはいえ、そう何度も妖魔に襲われるのも面倒だ。ひとまずこの辺りに潜伏して、ほとぼりが冷めるまで待つのが得策か」


 彼女の言葉に納得したところで、俺は酒場の様子に目を向ける。

 場内は意外なほど上品かつ清潔で、全体的な雰囲気は地球にあるダイニングレストランとさほど変わりない。


 ただし客層はなかなかパンチが効いている。

 バーカウンターではミーナのようなエルフ、ひげもじゃ短足のドワーフ、合法ロリ&ショタ感が半端ないフェアリーと、ファンタジーの定番的な種族が談笑を交わしている。

 奥の席では酔ったサハギン男がハルピュイアのお姉さんにちょっかいをかけて羽でビンタされたかと思えば、キャベツ色の植物男がろくろを回すような仕草で「マイノリティである我々が市民権を得るには~」と、ミジンコ頭の女性に意識高そうな話をしていた。

 

 酒場に入るときにドラゴンの姿が目立つのではないかと懸念していたが、他の連中も個性的なのでとりたてて騒ぎたてられるような気配はなかった。

 どいつもこいつもリゾート風のラフな服装だし、ミジンコ頭が白いワンピースなんて着てると余計にシュール感が漂う。

 まあ腰巻スタイルのドラゴンに言われたくはないかもしれないが。

 

 俺は視線をミーナに戻し、さきほどの説明で気になったことをたずねてみる。


「今の話を聞いた感じだと、竜骸都市と外の世界は往来できるんだよな?」

「外の世界というよりは十二界にかぎっての話よ。竜骸都市と重なりあっているから、転移船っていう大型の魔術装置を使えば移動が容易に行えるの」

「てことは同じ方法を使って地球に帰ることはできないのか……」

「帆船で星を目指すようなものかしらね。空間的に途方もない隔たりがあるから、転移船を使って帰るなんて不可能よ」


 ミーナのたとえはわかりやすくて助かるが、おかげで火星に放置された宇宙飛行士の気分になってくる。


 俺は気をまぎらわせようと、テーブルの料理に手をつけることにした。

 彼女が注文した品々の中で無難なヌードルっぽいものを選んでみると、独特の風味があり思いのほか美味しかった。

 しかし似たような料理を食べたからか、無性にカップ麺の味が恋しくなってくる。

 連鎖的にカレーやハンバーガーも思いだし、早くもホームシックになりそうだ。


 不満があるのは食事だけの話ではない。

 竜骸都市にマンガやアニメはなく、インターネットだって存在しない。

 代わりにフィクションさながらの世界が広がるものの――今のところ俺が味わったファンタジーはあまりにカオスで、おまけに殺伐としている。


 こんなわけのわからない世界に、自分の骨を埋めるつもりはなかった。


「俺はどうにかして地球に帰りたいんだ。そのために必要なことがあるなら教えてくれ。たとえばこの世界に召喚されたときと同じ魔術を、もし君が使えるのなら――」


 俺がすべて言い終わらないうちに、彼女はごめんなさいと謝るようにかぶりを振る。

 予想はしていたものの、地球へ帰るには相当な困難がともなうようだ。


魔皇アスラが使ったのはなの。しかもとびきり高度で大がかりな」

「……秘術? そいつは魔術とは違うのか」

「仕組みや規模が違うかな。わかりやすく基礎から説明してあげる」


 ミーナはそう言って瞳をきらりと輝かせる。

 魔女っぽいルックスだけあって魔術に詳しいようだから、専門分野について語れるのが嬉しいのだろうか。


「森羅万象を歪めるすべを総じて魔術と呼ぶ。力の源となるのはよ」


 彼女はそう言って自分の胸を指さす。

 小柄なわりにご立派な代物である。


「おっぱいパワーだな。妖魔の野郎も使ってたから乳首のほうかも」

「ふざけるならもう教えないけど?」


 すっげえ冷たい声で言われたので、俺は慌てて謝った。


 ミーナは巨乳にコンプレックスを抱えているようで、気軽に「ちょっと揉ませて」なんて言おうものなら問答無用でぶん殴られそうな雰囲気がある。

 ……まあ、コンプレックス関係なくぶん殴られてもおかしくない発言だけどな。


 気を取りなおした俺は真面目に答えることにする。


「心臓……いや、ファンタジー的に考えると魂か?」

「ご名答。生きとし生きるものなら誰もが持つ魂の力を利用して、わたしたちは魔術を行使するの。竜骸都市ではこの力をプラナと呼んでいるわ」


 ベタな設定だから理解しやすくて助かるな。

 なんて身もフタもないことを考えつつも、俺は魔術の説明にワクワクしてしまう。


「カイの世界は森羅万象が強固で、プラナがうまく作用しないみたいね。だから魔術が存在しなかったんだと思うけど……プラナそのものは身体の内に存在しているはずよ」

「つーことはやり方さえ覚えれば、俺も魔術が使えるようになるのか?」


 あくまで竜骸都市に限定した話になるものの、理屈としてはそうであるべきだ。


 ところがミーナは苦笑いを浮かべる。


「カイはやめたほうがいいかも。が暴走しちゃって危ないから」

「霊素……? また知らない単語が出てきたな」

 

 秘術の説明すらまだなのに専門用語を増やさないでほしい。


「魔術を強化するエネルギーよ。竜骸都市の大気中に充満しているの。霊素さえあれば、理論上はどんな奇跡だって起こせるわ」

「……地球における石油資源みたいなもんか。となると魔皇たちが竜骸都市をめぐって争った理由もその霊素にあるわけだな」

「そういうことね。たとえば魔皇たちが求める〈竜の錫杖ウロボロス〉も霊素の結晶体よ。錫姫シャクティたちは霊素を凝縮させる資質を持つからこそ、かの秘宝を生みだすことができるの」

「で、俺は逆にその霊素とやらを暴走させるからドラゴンになったと」


 ミーナはうなずく。

 魔術を強化するエネルギーを暴走させるというのは、なんともヤバそうな感じだ。

 ぶっちゃけ何の才能もないのとどっちがいいのかわからん。


 霊素について理解したところで、ミーナは魔術の説明を再開させる。


「術式の規模や複雑さで必要なプラナの量は変動するんだけど、魂の力を拝借してるだけに使いすぎると危ないのよ。……なんとなくわかるでしょ?」

「身の丈に合わない魔術を使えば死ぬってか」

「だから修練を積んでプラナを増やして、高度な魔術を使えるようにするの。でもやっぱり限界はあるから、『プラナが足りなくて理論上は実現できない魔術』なんてものが存在しちゃうわけ」


 ゲームにたとえるならMPの限界が999で打ち止めなのに、消費MPが1000以上の魔法が存在する感じだろうか。

 だとすれば相当のクソゲーである。


「とはいえ本来なら実現できない魔術を使う方法も、ちゃんと存在するんだけど」

「わかったぞ。足りないプラナをんだな」

 

 ミーナは「ご名答」とうなずく。

 これまでの説明がようやく繋がった。


「魔術の効果を増幅するときもあるけど、霊素の主な使い道はそれね。そして霊素がなければ実現できない大規模の魔術を総じてと呼ぶのよ」

 

 要するに魔術のすごい版というわけか。

 大規模ってくらいだし津波を起こしたり火山を噴火させたり雷雨を呼びよせたりするような、ガチでヤバイ秘術も存在するのだろうか?


 そんな疑問を抱いたところで、彼女は思いもよらない質問をしてきた。


「わたしは古サリヴァン語で話してるけど、カイはどんな言語を使ってるの?」

「は……? 普通に日本語だけど」


 自分で言ってから、かなりおかしいことに気づいた。


 普通に日本語。


 異世界なのに。

 相手はエルフの魔女なのに。


「つまりはこれも秘術ってわけ。ありとあらゆる言語を自動で翻訳し、竜骸都市に存在するすべての種族と意思疎通を可能にする〈竜言語〉と呼ばれる術式よ」


 誰とでも言葉が通じる。

 他の不条理ばかりが目について気づかなかったが、その影響力の大きさを考えるならまさしく奇跡と呼ぶべき代物だ。


「他にもわかりやすい例をあげるなら治癒系の術かな。高度な秘術を用いれば、本来なら死をもたらす致命的な怪我や、不治の病だって癒すことができるの」

「地球人を呼びだす秘術もかなりヤバイって話だったよな?」

「彼方にある時空を強引につなげるんだもん、そりゃヤバイでしょ」


 召喚された当人としては『気がついたら変なところにいた』くらいの認識なのでいまいちピンとこないものの、宇宙の果てまで――あるいはそれ以上の距離を――一瞬でワープしたと考えると、とんでもなく大がかりで高度な術というのは納得できる。


「カイが元の世界に帰る方法はいたってシンプルよ。魔皇が行使した〈召喚の儀〉を再現するだけでいいんだから。……ただし実現性を考えるとどうかしら。とりあえず高度な秘術を扱える凄腕の魔術師が十二人ほど必要になるのかな」


 ミーナはそう言ったあとで「サポートにもう一人いたほうがいいかも」と注釈を入れた。


 つまり目の前のエルフちゃんを勘定に入れたとしても――俺は右も左もわからないこの竜骸都市で、凄腕の魔術師を十二人も集めなくてはいけないのだ。


「参ったな……。この世界に知り合いなんていないぞ……」


 途方に暮れた俺は、助けを求めるようにミーナを見る。

 すると彼女は「しょうがないにゃあ」とでも言いそうなドヤ顔で、


「知り合いならいるでしょ。カイだけがこの世界に召喚されたわけじゃないんだし」


 俺は十二人の少女とともに、竜骸都市に呼びだされた。

 ミーナにあえて言われるまでもなく、彼女たちのことを忘れたわけではない。


 できることならいっしょに地球へ帰りたいと願っているし、そのために何をすべきかはいずれ考える必要があるだろう。


 しかし今は、地球に帰るために凄腕の魔術師を集める、という話をしていたはずだ。

 怪訝な表情を浮かべる俺に、ミーナは呆れたように言った。


「さっきした話を忘れちゃったの? あなたがいた世界に魔術はないけど――」


 途中まで聞いてピンと来た。


「俺以外の地球人は、やり方さえ覚えれば

「錫姫は秘宝の器であると同時に最強の魔術師になりうる潜在能力を秘めているの。……霊素の結晶化なんてチートもいいところよ。魔術の増幅効果がさらに高まるおかげで高度な術式を簡単に扱えるんだもん」


 そう説明するミーナの声には、わずかに嫉妬の色が混じっていた。

 魔術師なら誰もが憧れるような才能を、十二人の少女は備えているということか。


「要するに彼女たちにプラナの使い方を教えて、凄腕の魔術師に仕立てあげればいいわけだよな?」

「錫姫だって元の世界に帰りたいはずだし、目的が一致するならそのほうが建設的じゃないの。言っておくけどフリーの魔術師なんてロクなもんじゃないからね。わたしを見れば想像つくでしょ?」

「すげえ説得力だな。てか自分で言うのかよ……」


 とはいえ彼女の意見には全面的に賛成である。


 魔皇に囚われた錫姫をさらってきて、全員の力を合わせて秘術を使い、そして一人も欠けることなく地球に帰るのだ。

 これほどスマートな方法はそうあるまい。


 しかしミーナは、どうしてこんなにも俺のために真剣に考えてくれるのだろう。

 気になったのでたずねてみると、


「わたしが命を狙われているのを忘れたわけ? 今のところ何の後ろ盾もないんだから、カイに守ってもらうほかないじゃないの」

「だから俺に恩を売っておきたいわけか」

「というよりプライドの問題かな。わたしは知識をあげる。その対価としてカイがボディガードになってくれれば、ギブアンドテイクが成立するでしょ。……か弱い女の子だからって何もせず守られてるだけなんて、あんまりクールじゃないし」


 そう語るミーナは、ちまっこい容姿のわりに大人っぽく見えた。

 存外にしっかりした彼女の言葉に感心したところで、俺は話を元に戻す。


「錫姫は魔皇のところで丁重に扱われてるって話だったよな」

「精神的なストレスはともかく、カイが想像してるよりもずっといい環境で生活をしてると思うわよ。だって魔皇からしてみたら、秘宝を生みだす大切な宝なわけだし」


 しかも繊細な壊れもの。

 ミーナはテーブルのグラスを撫でる手つきで、囚われの錫姫をそう表現する。


「だからは大丈夫。少なくとも雑草スープで飢えをしのいだり、お爺ちゃんの形見だった革のブーツを煮て食べてお腹を壊すような生活よりはマシなはず」

「お前、さらっと壮絶な過去を暴露するな……」


 思わず同情してしまう。


 借金まみれの貧乏地獄で生きてきたミーナと比べれば、錫姫のほうが案外マトモな生活をしているのだろう。

 女の子たちがもののように扱われている事実は憤りを禁じえないものの、ひどい目にあわされる心配がないのは不幸中の幸いだ。


 すると俺の思考を読んだかのように、ミーナがじっと見つめてくる。


「錫姫を助けるなら急いだほうがいいかも。だって

「……は? どういうこっちゃ?」 


 丁重に扱われているはずなのに、なんでお爺ちゃんのブーツみたいな話になる。


 にわかに不穏な空気が漂う中、ミーナは囚われの姫を待つ運命を語る。


「錫姫は霊素をで結晶化させて〈竜の錫杖〉を作りだす。魔皇たちは秘宝となった少女を肉体ごと食らうことで、失われた力を復活させるのよ」


 異形のバケモノが生贄を食らい、力を得る。

 それは俺が大嫌いな、暗くて殺伐としたファンタジーだった。


「錫姫が〈竜の錫杖〉になるまで、どのくらいかかる?」

「わたしの予想だと一年くらいかな」


 思っていたほど猶予がない。

 心の奥から怒りが、眠りについていた内なるドラゴンが、呼び起こされていく。


 何も知らない女の子たちが異世界に召喚されて?

 何の関係もないやつらの都合で食われるのか?

 そいつはあまりにも不愉快な話じゃないか。


「俺は十二人の錫姫を奪い返して元の世界に帰るよ」


 自分でも驚くほど強い声で言った。


 やるべきことはシンプルだ。

 やり方だってシンプルだ。


 ――邪魔するやつはぶちのめす。


 たとえ異世界を総べる魔皇だとしても。


「だったら協力してあげる。わたしもやりたいことあるから」


 そういえば彼女にドラゴン復活の研究を依頼し、莫大な報酬を約束したうえで踏み倒したあげく、口封じに殺そうとしている高貴なお方は――魔皇の誰かだったはずだ。


「俺といっしょに錫姫を奪いつつ、黒幕の魔皇を特定してぶちのめすのか」

「やられたらやりかえす。シンプルでしょ」


 ミーナがにっこりと笑う。

 その瞳の奥に宿る激しい炎を見つめながら、俺もまた彼女に満面の笑みを返す。


 ……いいだろう。上等だ。

 愚かで傲慢な超常者たちに、二人でケンカを売りにいこうじゃないか。

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