1-2 ドラゴンは高く売れる

 高い塔の中だけあって、らせん階段は長かった。


 ドラゴンがギリギリ通れるほどの幅こそあったものの、やはり人間用に作られた階段なので、足場はかなり狭く感じられる。


 しかし俺は早くも今の身体に順応したのか、階段を下りるときに角や尻尾をぶつけることはなかった。

 自分でも不思議に思うほど、巨大化した身体に違和感がないのである。

 まるで昔からドラゴンとして生きていたような感覚だ。


 慣れた足取りで先に降りているミーナのつむじに、その辺りの疑問を投げかける。


「ドラゴンになって心が変化したのかも」


 ……さらっと怖いことを言われてしまった。

 つまり俺の精神構造は、人間のものではなくなってしまったということか?

 ちょっと寒気がしたので、深く考えないようにしよう。


 らせん階段を降りきった先は広々としたリビングだった。

 大勢の人間を招くことを想定しているのか、教室くらいの面積がある。

 しかし今は人気がなく、がらんとしている。


 古びた椅子に腰を下ろすと、奥にキッチンがあるのかミーナが緑色のスープを持ってきてくれた。

 異世界の野菜を使った料理なのだろう。テーブルに置かれたカップをかぎづめで持とうと苦戦していたら、ミーナが横から手を貸してくれる。

 彼女は親切だし可愛いしで、見ているだけで幸せになれそうだ。


「この塔はお爺ちゃんが建てた研究施設なの。今はわたしだけで暮らしているけどね」

「ふうん。こんなに広いと掃除をするのも大変そうだな」


 家族構成についてはあえて聞かなかった。

 ミーナの笑顔は孤独の匂いがする。

 ……俺がいっしょに暮らして支えてやらなければ。

 だいぶ先走ったことを考えながら、彼女が用意してくれたスープをすする。


 クソまずくて吐きそうになった。


「もしかして口に合わなかった? だったらごめんね」

「……んん? 知らない味で驚いただけだよ」


 実際はそんなレベルじゃなかったけど、平静をよそおってスープを飲み干す。


 マジかよ。メシマズ嫁かよ。

 だったら料理は俺が作ったほうがいいかもな。


 早くも結婚する前提でプランを立てていると、ミーナが少し言いにくそうに、


「でね、今後のことについてなんだけど」


 うん。こどもは何人くらい欲しいんだい?

 エルフとドラゴンで作れるのか知らんけど、たぶんなんとかなるよ。


「カイを売って借金を返そうと思うの」

「なるほど」


 想定外すぎて素直にうなずいてしまった。

 いや、なるほどじゃなくて。


「……借金? どういうこと?」

「ドラゴンって高く売れるの」


 そういうことを聞いてるんじゃねえから。

 ミーナはウインクしながら、ごめんねと手を合わせる。


「ちゃんと説明してください」


 思わず敬語で言った。

 うやむやにされちゃ困る。

 ミーナもつられたのか敬語になって、事情を説明してくれる。


「祖父がこの塔を建てたときに借金をしたのです。たぶんあと二百歳くらい生きるつもりでいたみたいなんですけど、残念ながら二年前にお亡くなりになりまして」

「はあ。それはご愁傷さまで」

「元々はドラゴンの研究は祖父がしていたもので、わたしはあとを引き継いだだけでして。借金のほうも、孫のわたしのところにがっつり引き継がれたわけですけど」

「はあ。それは災難でしたね」

「借金はわたしが払える額ではありませんでした。ところがさる高貴なお方がドラゴンを復活させる実験の成功と引き換えに、莫大な報酬を約束してくださったのです」

「なるほど」


 だからなるほどじゃなくて。

 ミーナは開き直ったのか、さらに強烈な爆弾を投げてくる。


「さる高貴なお方は魔皇アスラの誰かみたい。仲介を挟んでいるから特定できないけど」

「……頭をマルカジリしてもいいかな?」


 ドラゴンらしい脅し文句が自然と口から出てしまう。

 さすがにぎょっとしたのか、ミーナは慌てて弁解をはじめる。


「わたしだって悪いと思ってるわよ! だけど借金が返せなかったら、わたしが売られちゃうかもしれないじゃない! 可愛い女の子がそんなひどいめにあっていいと思う?」

「んなこと言われてもなあ」


 俺は冷静になって、声を荒げるミーナを眺める。

 自分で可愛いアピールするあたりが残念だけど、端正な顔と小柄な背丈はまさに妖精のように可憐で、ふわっとしたチュニックに隠された胸元は意外なほど豊満だ。


「ミーナなら高く売れると思うよ」

「そういう話してるんじゃないってば! 奈落の海に落とすわよっ!」


 冗談を言ったらマジギレされた。

 彼女も必死なのはわかる。

 しかしだからといって俺だって売られたくはない。


「ほんとにごめんね。でも雑草スープで飢えをしのぐ生活から抜けだしたくて……」

「おいちょっと待て。俺がさっき飲んだのって雑草なのか?」

「あれクソまずいでしょ。笑っちゃうよね」


 いや笑えねえから。

 つか料理が苦手なんじゃなくてわかってて飲ませたのか。

 ならばせめて味の保証はしないと伝えておいてほしかった。


 俺がにらみつけると、ミーナはまたもや手を合わせてごめんねをする。


「とにかく……俺は売られるなんて絶対にごめんだ。今すぐここを出てって地球に帰る方法を探しにいくよ。雑草のスープ飲まされる異世界なんぞくそくらえだっ!」


 俺が吐き捨てるように告げると、ミーナはお手上げといったようにため息をつく。

 やけに潔く説得をあきらめたので、逆に不穏なものを感じてしまう。


「悪いけどカイに選択権はないの。わたしの命令に逆らえないんだから」

「素直に従うと思ってるのか? 俺をドラゴンにしたのはお前なんだぞ」


 雑草スープが入っていた陶器のカップに手のひらを置くと、ビスケットみたいにたやすく砕けた。やはり人間だったころよりも、腕力が格段に向上している。


「……力ずくでどうにかするつもり? わたしだって対策くらいしてるんだけど」


 ミーナは冷静に言うと、どういうつもりなのか俺の首を指さす。

 はっとして、自分の喉元に手を当てる。

 角や尻尾に気を取られて気づかなかったけど、妙な輪っかが嵌められている。


「それは〈隷属の首輪〉と呼ばれる希少なマジックアイテムでね、他者を隷属させる力が込められているの。つまり今のカイは、わたしの言いなりってわけ」

「――な、なんだって?」

「観念しなさい。カイの犠牲は無駄にしないから」

「お前の言いなりになんて……くやしい……っ! でも……っ!」


 ミーナの身体に手を伸ばそうとすると、針で刺されたような痛みを覚えた。

 反抗すると苦痛が与えられて、結局は服従してしまう仕組みなのだろう。

 しかし俺はさらなる激痛に襲われるのを覚悟で、必死に抵抗を試みる。


 すると――。


「あ、わりと我慢できるな、これ」

「……え?」


 ミーナがきょとんとする。

 彼女の細い肩を、俺は両手でがっしりとつかむ。


「ドラゴンの力を甘く見ていたらしいな?」

「……お、落ちついて話しあいましょ!」


 調子こいていたミーナを軽くこらしめてやろうと、俺は牙をむきだして笑う。

 彼女はピンと尖っていた耳を情けなく垂らして、小動物みたいに震えだした。


「お願いだから食べないでえっ! わたしそんなに美味しくないからっ!」

「めっちゃ美味しそうに見えるけどな」

「ひいっ!」


 涙目になった彼女の姿はやたらとエロくて、俺は生唾を呑みこんでしまう。

 ドラゴンになった影響だろうか。理性のタガが外れやすくなっているらしい。

 しかし――いくらなんでも無理やりはマズイ気がする。

 さて、どうしたものか。


 完全に捕食者の視点になって考えていると、ふいに背後から声が響いた。


「――いったいどういう状況なのだ?」


 驚いた俺は素早く後ろに回って、腕で抱えこむようにしてミーナの自由を奪う。

 彼女はジタバタと抵抗しながら、いきなり現れた男に救いを求めた。


「た、たすけて! ドラゴンの変質者に襲われてるの!」

「ひでえ言い草だな! あながち間違ってないかもしれないが!」


 俺たちのやりとりを、謎の男は無言で眺めている。


 背は高いが痩せぎすで、青白い顔はいかにも不健康そうだ。

 身体にしだれかかるような黒いマントをまとい、床に広がった裾口は自身の影と同化しているかのように見える。

 耳は尖っていないから、少なくともミーナの血縁者ではないだろう。


 見るからに不気味な男は、抑揚のない無機質な声で言った。


「ドラゴンの引き渡しに手間取らぬよう、我が主から授かった〈隷属の首輪〉を渡しておいたであろうに」

「首輪が通用しなかったんですっ! わたしが悪いわけじゃないですから!」


 ミーナが慌てたように、早口で言い訳をはじめる。


 どうやら目の前の男は、ドラゴン復活の研究を彼女に依頼した魔皇アスラの使いらしい。

 彼の立場からすれば、今の俺は檻から出てしまったパンダみたいなものだろう。


「……わざわざ来たのに残念だったな。俺は借金のカタに売られるつもりはないぞ」

「隷属の力を打ち破ったというのは事実らしいな。よもやとは思ったが、ドラゴンにそれほどの力があるとは」


 何がおかしいのか、使いの男はクククと含み笑いをこぼす。

 ……なんとなく嫌な感じがする。

 使いの男は身構える俺を興味深そうに見つめると、指揮者のように手をかざした。


 直後。

 視界が真っ赤に染まる。


「――きゃああっ!」


 ミーナの悲鳴が響く。

 一瞬、理解が追いつかなかった。


 炎だ。

 炎を放ったのだ。

 使いの男が、魔術で。


「ミーナ……?」


 最悪の結果を恐れながら呟く。

 しかし彼女は鱗の生えた俺の腕に抱えられて、華奢な肩を震わせていた。

 考えるよりも先に身体が動いていたらしい。俺はほっと胸をなでおろす。

 ミーナをかばって炎を浴びた両腕は、何事もなかったかのように脈動している。


「どのみち口封じする予定なのだ。小娘を殺してからドラゴンを回収するとしよう」


 使いの男は悪びれもせず、まさしく外道の理屈を吐いた。

 すがるように抱きついてくるミーナをひとまず背後に避難させると、俺の中でふつふつと怒りが湧いてくる。


 目の前で女の子が殺されそうになったのだ。

 これほど気分の悪いことはないだろう。


「お前……少し目障りだな」


 俺の言葉に不穏な気配を察したのか――使いの男が素早く動いた。

 またしても魔術を使うつもりらしい。俺は前進しようと右足を強く踏みこむ。


 足のかぎづめが床に突き刺さり、陸上競技のスパイクめいた強いグリップ力を発揮する。両脚のバネを限界まで引き絞ると、空中を駆けるように跳ねる。

 そのまま驚愕の表情を浮かべる使いの男めがけて、大きく腕を振りかぶった。


 筋肉がねじれ、力が充填されていく。

 衝撃の解放とともに轟音が響き、石造りの床が粉砕される。


 しかし――手ごたえはない。

 力の使い方に慣れていないからか、動く的をとらえきれなかったのだ。


「逃げんなよ。俺を回収するんじゃなかったのか?」

「……無論、そのつもりだ」


 吐き捨てられた言葉とともに、使いの男から余裕が消えうせる。

 背中にまとう黒いマントがクラゲのようにうねりだすと、吸血鬼めいた男の姿が徐々に変容していく。

 今や俺と対峙しているのは、影から浮きでたような漆黒の妖魔だった。


「それが正体ってわけか。さっきの姿よりも健康そうに見えるぜ」

「このような些事に本気を出さねばならぬか……まったく面倒なことだッ!」


 コウモリ人間めいた妖魔は宙を躍り、さらなる魔術を放ってくる。

 孤を描くように解き放たれた炎は青く輝き、さきほど浴びたものと比べてはるかに威力が高そうだ。

 ……だけどまあ、大丈夫だろう。

 どう対処すればいいかは、身体ドラゴンのほうが知っている。


 腰を大きくひねり、尻尾の一撃で青い炎の渦を薙ぎはらう。

 ところがそのまま歩を進めると、俺の周囲に半透明の障壁が立ちはだかった。

 妖魔の高らかな声が響く。


「バカめ! こうもたやすく罠にかかるとは!」

「う、嘘でしょ! あんな強固な結界を作りだすなんて……」

 

 妖魔は最初から、バリアーのような魔術で俺を封じこめる算段だったらしい。

 物陰から様子をうかがっていたミーナの反応からすると、今の俺はかなり絶望的な状況にあるのかもしれない。


 しかし恐怖はあまり感じなかった。

 何故なら俺は内に溢れる力を――まだ微塵も発揮していないのだから。


火焔獣サラマンドすら無力化する結界だ。無駄な抵抗はやめて観念するがよい」

「へえ。その火焔獣とやらは俺よりもすごいのか?」

「ふん、全長だけでも貴様の倍は――」


 途中まで言いかけた妖魔は、全ての力を解放した俺を見て絶句する。


 内にこもった熱が発散されるとともに、全身がさらにしていく感触を味わう。

 俺はゆっくりと四肢を広げ、卵の殻を割るように半透明の障壁を破壊した。


「今の俺はどんなふうに見えるかな。前よりドラゴンらしくなったと思うんだけど」

「ヒ……ヒイッ!」


 にウインクされて、妖魔は小鳥のような悲鳴をあげる。


 おいおい。

 さっきまで自信満々でいたくせに、ずいぶんと情けない声を出すじゃないか。


 大樹のごとく太くなった腕を伸ばし、人形で遊ぶように妖魔をつまみあげる。

 こいつに殺されかけたミーナと、魔皇に殺されたかつての自分が重なって。


 俺の中に残されていた穏やかさが、優しさが――人としての心が燃えていく。


「なあ、平和な日本に返してくれ。でなけりゃもっと優しい世界に召喚してくれよ」

「き、貴様は何を言っているのだ……?」


 期待していた返答ではなかったので、目障りなものは焼いてしまおう。

 俺は窮屈な部屋の中でみじろぎし、大きく息を吸いこむ。

 そして内に溜めこんでいた怒りを全て吐きだした。


 魔術で放たれたものとは比べようもないほど勢いよく劫火が燃えあがり――視界に映っていた全てのものを一瞬にして真紅に染めていく。


 そして炎が過ぎさったあと。

 妖魔の身体は焼きつくされ、もはや影もかたちもなくなっていた。


 命を奪ったことに対する罪悪感や嫌悪感はなかった。

 たぶん心の中に残されていた人としての感情も、妖魔といっしょに焼きつくしてしまったのだろう。


 だから俺はドラゴンなのだ。

 とても愉快だった。

 

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