第二章

2-1 ちまっこいエルフちゃんを保護してあげよう

 妖魔を倒して落ちついたあと、俺は賢者モードに陥っていた。


 徹夜でマラソンしたみたいな猛烈な疲れとともに、巨大化していた身体が徐々に収縮していく。

 体力の消耗が半端ないし、無暗にドラゴンの力を解放しないほうがよさそうだ。

 物陰に避難していたミーナは、さきほどの俺の姿を見てマジでビビったらしい。


「なんでもするから食べないでください……」

「何もしねえからさっさと出てこい」


  以前のサイズに戻った俺が両手を広げて敵意がないことを示すと、彼女も警戒心を解いたようだ。おっかなびっくり顔を出し、野良猫みたいな動きで近よってくる。


「ちょいとマズイことになりそうだな」

「お金くれる人を焼いちゃったし、どうやって借金を返せばいいのやら……」 

「そうじゃねえ。借金の心配はあとにしろよ」


 俺は口元に指を当て、周囲の物音に耳をすますようにうながす。

 ところがミーナは小首をかしげて「はあ?」という表情を向けてくる。


 彼女の耳は長くて大きいが、見ためのわりに聴力が高くないのだろうか。

 もしくはドラゴンになった俺の聴力が尋常でなく研ぎ澄まされているか、だ。


「外にさっきの男の仲間がいる。物音の感じからすると五、六……いや、もっと多いかな」

「じゃあ早くぶちのめしちゃって」


 迷わず物騒なことを言うミーナ。

 やっぱりいい性格してるな、こいつ。


「自分の身は守るけどさ。お前はどうすんの?」

「カイが守ってくれるんでしょ さっきも助けてくれたわけだし」


 さも当然みたいに言ったミーナと、しばし無言で見つめあう。

 外から誰かが近づいてくる物音が聞こえてきて、彼女の肩がびくっと震える。


「助けてくださいお願いします死にたくないです」


 こいつ……。エルフのくせに土下座を決めてきやがった……。


 しかも迷いがないというか、プライドみたいなものがまったく感じられない。

 俺は深いため息をつきながら、彼女のお願いを了承する。


「とはいえ乱戦になったら守りきれる自信がない。だから先に奇襲をかけて逃げる」

「でもまた戻ってくるのよね?」

「無理じゃねえかな。取引してた相手は魔皇アスラの誰かだろ? この塔に住んでいるかぎり、お前を口封じするために刺客が送られてくると思ったほうがいいぞ」

「ああ……どうしてわたしってばこんなに不幸なんだろ……」


 ミーナは小さい身体をさらに小さくして、しゅんとうなだれる。

 まあ自分の家を捨てて逃げるわけだから、落ちこむのも無理はないか。


「ついでに借金も踏み倒しちゃえばいっか。そうと決まったらさっさと逃げましょ」


 と思ったら意外とメンタル強いな……。


 ひとまずミーナに道案内を任せて、進行方向の敵を俺がぶっ倒していくとしよう。

 逃げるならスピードが重要になるが、このちまっこいエルフちゃんはいかにも足が遅そうである。


 もういいやめんどくせえ。

 俺はミーナをひょいと抱きかかえた。


「ちょっ……いきなり何っ!」

「お前を抱えて逃げたほうが手っ取り早いだろ。これで敵が襲ってきたら――」


 言ってるそばから使いの男の仲間が塔の中に入ってくる。

 全員がすでに妖魔化していたので、俺は問答無用で尻尾の一撃をお見舞いする。

 面白いほど勢いよく外にはじけ飛んでいく黒いシルエットの群れ。


 ――よし、なんとかなりそうだ。

 この調子でどんどんなぎ倒していこう。


 第二陣が来る前に外に出ようとすると、入り口で妖魔の群れとこんにちは。

 俺は片腕だけでミーナを支えながら、空いたほうの腕を弓を射るように引き絞る。

 筋肉が爆発するのかと思うほど、ギチギチと音を立てて力が充填される。

 だけど爆発するのは俺じゃない。

 拳を振りおろすと、妖魔たちがあさっての方向に吹き飛ばされていく。


 抱きかかえたミーナに目を向けると、ガチガチに緊張して無表情になっていた。

 俺は笑いながら言う。


「頭はなるべく下げてろよ。ブレス吐いたときに焦げるぞ」

「ああ、もうっ! 優しく運んでよね!」


 優しくしろと言われたので、小さなお尻をさわさわと撫でてみる。

 するとミーナが腕に噛みついてくる。

 とはいえ小動物が暴れるみたいで微笑ましく感じてしまう。


 ……残念な性格だけど可愛い生きものだ。大切に保護しなくては。


 立ちはだかってきた妖魔の頭を飛び蹴りで砕きながら、俺はそんなことを考える。



   †



 ミーナはこの世界を竜骸都市マハーカーラと呼んだ。


 十二の世界が交わる空間に存在する、竜の死骸に築かれた都市。

 そんな説明をされてもうまく想像できないが、塔があった〈尾骨の渓領ビフレスト〉は尻尾の部分に相当し、中心部から離れた辺境のような地区だという。


 しかし俺はミーナを抱えて妖魔をぶっ倒し、追撃を振りきるべく全力で走っていたので、〈尾骨の渓領〉がどんなところだったのか、いまいちよく覚えていない。

 記憶に残っているのは鬱蒼と茂った草木をかきわけて進んだことと、抱きかかえたミーナの身体が柔らかかったことくらいだろうか。

 そんなわけで気がついたときには、俺たちは歩いて三日かかるという距離を一日足らずで走破して、地中海のリゾート地めいた地区にたどりついていた。


 眼前に広がるのは薄紫色の空と、砂糖菓子で作られたかのような白壁の街。

 白一色の家々はパステルカラーのパーティーハットをかぶっていて、色とりどりの屋根が密集している様は、一つの優れたモザイクアートとして見ることができた。


 しかし華やかな街並みに、俺の心が奪われることはなかった。

 妖魔の追撃こそ振りきったもののひどく疲れていて、風景を眺めるような気分ではなかったのだ。


 ……さてどうしよう。

 そんな空気になったとき、ミーナが盛大に腹の音を鳴らした。


 なかなかベタを外さない女の子である。

 俺たちはひとまず食事をとることに決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます