第2片 シーラカンスの夢
特に予定がない日曜日
何気なく、街の古めかしい博物館へ行ってみた
ぼくの足音だけが響くホールの
大きなガラスケースには
シーラカンスの化石が陳列されていた
1987年にドイツの調査隊がシーラカンスの撮影に成功してから
彼らは何億年もの時を越え、再びこの世界に「生き」始めた
なにものにも進化できず、
とうの昔に絶滅したことにされてしまって
ヒトの歴史において、彼らは永らく死んでいた
ぼくはふと考えた
この世のありとあらゆる生物は、一体なんのために生きているのだろう
答えはすこぶる単純で
子孫を残すためだけに生きているに違いない
つなぐこと
それだけが生命に課せられた使命なのだ
およそ人間だけだ
子孫を残す以外に意味を求めて、必死に暇つぶしをはかる種は
ふと、シーラカンスの夢をみる
生きた化石、古代の写し鏡
光の届かない深海で、ひっそり存続してきたもの
からだは機能しなくてよい
とっくの昔に底に沈み、降り積もる土くれに固められ、
長い時を経て、水が干上がって、露わになっても
軟らかな骨のつっかえ棒がとれてしまえば
一気に崩れて、そして終わる
ぼくは苦笑する
どうせ水底に沈むなら、意識も同時に滅びてしまえばいい
けして知りえない明日を考えて、今日を虚しくつぶすこともない
ぼくはシーラカンスではなく、ヒトであるから
思考と感情とが、今日もぼくを明日へつないでいる
ささやくように溜息をつき
ホールの床に転がったのは
いつまでも進化できない夢のはしくれ
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