第5話集まり、繋がる
「うああああっっ!!」
糸目が見下ろす先で、アルムはだだをこねるように出鱈目に手足を動かして悶えていた。その激痛たるや、苦しむ姿に敵が一歩引いてしまうほどの痛がり方であった。
「おい、居たぞ! こいつだ!」
「てめえら誰だ!」
糸目の誰何の声を無視して、突然現れた顔を隠した兵士らしき二人の男は、アルムを挟んで抱えた。
「目標人物を確保、撤収する!」
「あ……っ!! だ、だめだ……」
(連れ去られる!! それだけはだめだ!!)
意識が朦朧とする中で、強い拒絶に反応したのは集まった桃虫たちであった。
アルムを貫く、枝とは違う鋭い感覚。それはアルムからは出ないはずだった、剣のような円錐形のトゲである。
「っ!! トゲがっ!!」
激痛を感じている状態で更にトゲを出すとは思わなかったのか、アルムを持つ兵士が立ち止まる。
(違う!! だめだ、傷つけたい訳じゃないんだ! 治れ、治れ! もう痛いのは勘弁してくれ……っ)
次の瞬間、兵士を貫いていたトゲは桃の花となり、花弁はふわりとこぼれ、床に触れると淡い光に変じてしまった。
不可思議な現象を目の当たりにした、足を持っていた方の兵士がアルムを落とした。
「う、わ、うわああ!」
腹に穴が空いていたはずの兵士は、アルムから手を離して腹部を探る。しかし、鎧には穴が空いているのに傷がない。
「な、なんなんだよぉ!!」
それはただ怪我をするよりも恐怖を掻き立てたのか、アルムを化け物を見るように見詰めたかと思うと後ずさり、二人揃って転がるように逃げて行った。
「どうなってんだ……こいつ」
残されたのは気絶する三人の青年と、呆然と立ち尽くす糸目の男だけだった。
満身創痍のクウナは敵と味方の桃虫が消えたことで嫌な予感に駆られ、アルム組との合流を急いでいた。
「ちょっとクウナ、そんなに慌てなくても、一息くらい」
「一息くらいなら後でつける! アルムたちが心配だ!」
「……もう。こっちは体力のない女子なのよ?」
文句を言いつつ、階段を下りて左右の通路を確認するプリエネ。正直に言って、プリエネの体力は女子とは呼べないほどしっかりあるのだが、誰も指摘する者は居ない。
「居た! アルムだ!」
「クウナぁ! ……はあ。大丈夫? みんな」
「ちょっと、まだ……力が抜けて」
「仕方ない。しばらく休んでましょ、あっちはクウナに任せて」
プリエネはクウナが一目散にアルムに駆け寄ったのが面白くないのか、心配しているにもかかわらず、少女たちのペースに合わせる。
気絶しているのは遠くからでもわかったが、近寄ったクウナはアルムを見て絶句した。
「…………っこれは、ダズ? ユゥイ?」
「お、こいつの仲間か?」
「お前がアルムを!!」
頭に血が上ったクウナは、突進するように男に殴りかかった。
「待てって!!」
「ぐぅうっ、何が待てだ……!」
腕をひねられたクウナは、殺さんばかりに糸目男を睨みつける。呆れたようにため息を吐いて、クウナを見下ろす男。
「俺は通路からお前の仲間を部屋の中に移動させてたんだ。今戦意は無い。話を聞け」
「……わかった。話してくれ」
プリエネたちが追いついた頃、クウナは落ち着きを取り戻してダズの応急手当てをしていた。
「クウナ、ダズとアルムは?」
「気絶している。どっちも命に別状はないはずだけど……希望だな」
「それと、そこの男は?」
「失礼。俺はキーバ。そっちの角刈りがカグト」
「……ユゥイさんとシーネは?」
「わからない。悪いが探して来てもらえるか?」
「うん、わかった」
まだ余力が残っている三人の少女は、手分けして二人の少女を探した。ユゥイとシーネは瓦礫の間に身を隠していて、ほどなく見つかった。
「さて……俺がわかる範囲で話すぞ」
アルムたちが意識を取り戻すまで、キーバは自分の体験したことをありのまま話した。
アルムたちとの交戦、トゲと格闘でやりあっている内に相討ちになったダズとカグト。そして、突然現れたハルキエの兵士。
「ねえ、なんでハルキエの兵士が出てくんのよ」
「知るか。俺が訊きたいくらいだ、縄張りを通過する奴らから食糧を頂こうと思ったら、やたら強いわ虫使いだわで散々だ」
「兵士が出て来る前から、もう一度話してくれ」
「はぁ……そのアルムって男にトゲを刺したと思ったら、トゲが消えた。そしてトゲを使ってもいないのに、激痛でのた打ち回り始めた。カグトともう一人はこの時には気絶していたんだろう」
「もしかして……また、桃虫を移動させたのかな?」
ユゥイの呟きは、クウナの懸念そのものだった。それもただの移動ではない。クウナ組と敵の男女からも、距離が離れていたのにすべて移動した……としか考えられなかった。
「そこに、顔を隠したハルキエ兵の装備をした男が二人現れて、アルムを運び出そうとした」
「アルムを攫おうとしたの? なんで?」
「だから知るか。ここらに陣取ってそこそこ経つが、こんなのは初めてだ。しかも虫が消えちまって……くそっ」
「プリエネ、話が進まないから質問は後回しだ」
「あ、ごめん」
「済まないが先に進めてくれ」
下手に出るクウナを忌々しげに睨んだキーバは、細い息のカグトを見てため息を吐いた。教える義理はないが、勝ち目はもっとない。
「連れ去られるアルムから、デカいトゲが生えた。兵士の腹は串刺しになるはずだったが……トゲは桃の花になって、恐れを成した兵士は逃げ出した」
「兵士が逃げるの、おかしくないかな?」
「確かに。トゲ、って口走っていたんなら桃虫持ちを攫おうとした、ってことで……無傷だったのにアルムを置いていくのは変よね」
「推測だが、その桃の花のせいじゃないか?」
「その?」
「肌にびっしり広がってる、それだよ」
キーバが示した先にはアルムの全身を覆うような、美しい桃の花があった。
さながら、最初にアルムの手のひらを塞いだ時のように、鮮やかで入れ墨にも似た花の絵。それに恐れをなしたと言うのだ。
「どうしてただの絵に恐れをなすんですか? きれいですけど、怖くはないような……」
「なるほど。つまり兵士には桃の花の絵に関する、俺たちが知らない情報を持っていた可能性がある」
「それぐらいしか、仮説を立てられないってだけだがな。なあ、仲間を探しに行きたいんだが?」
「……カグトは置いて行くのか?」
「いや、もう一度戻って来る。俺はトゲを使わないであんたたちに勝てる気がしない。だから敵対するつもりはない。そっちが食糧を寄越せと言うなら、戦うしかないが」
「人質ってことね。言いんじゃない? その方が安心よ、何も知らない二人が弔い合戦しに来る可能性もゼロじゃないし」
納得したクウナは念のためにキーバの体を改め、持っていた水筒を取り上げて送り出した。水筒一つでも、大切な財産だ。
「アルムが目覚める前に、話して置きたいことがある」
「桃虫のこと?」
わかりきっていても、訊かずには居られないのだろう。ユゥイに頷くクウナは、情報を整理しながら意見を求めた。
「残存のハルキエ兵とフレアの上級兵が桃虫を狙っているなら、もう俺たちにできるのは悪あがきだけだと思う」
「どこにも逃げ場がないとか、お手上げよね」
「それは……アルムを見殺しにするの?」
「違う! ユゥイ、そんな話な訳ないだろ。逆だ、つまり……アルムがなんと言っても、桃虫を追い出すしかないと思うんだ」
明らかに安堵するユゥイの表情には、アルムを想う内なる気持ちがありありと映し出されていた。
「それ、アルムが同意するかな?」
プリエネが知っているアルムは、桃虫が宿ってからのアルムは、反対するに違いない。言外にそう告げていた。
「俺が、なんだって?」
「アルム! まだ起き上がらないで、安静にしてなきゃ」
ユゥイがアルムに駆け寄り、頭を支えて枕代わりのマントの上に横たわらせた。抵抗したいのか、ユゥイの体を横に押しやる仕草をして、再びプリエネに問いかけるアルム。
「だから、アルムは桃虫の再分配に同意するかしら? って話していたの」
「再、分配?」
「ええ。戦力を考えたら、アルムに集まってしまった桃虫は複数人が持っていた方が良いわ。でもアルムは桃虫に同情的だから、どうかなって」
あっさりと別の話をねつ造したプリエネを驚愕の目で見る、新人の少女たち。クウナはプリエネの度胸の座った返答に、流石だと感心した。
「一応、反対まではしない。やってみる価値はある」
「意外だな」
「そうか? それより、どうなったのか教えてくれ。誰か怪我はしてないか?」
「一番酷いのは間違いなくお前だ。次にダズか……なんなら、話は桃虫で治してやってからにしよう」
「ああ、そうしよう」
傷が塞がっていても体力は失われたままなのか、アルムの顔色は悪かった。
それでも全員の手当てをすると言って譲らない。
「ねえ、アルムってこんな性格だったかな?」
「は?」
「う、ん……上手く言えないんだけど、自己犠牲的に振る舞っているから、なんだか違和感があって……」
不安げなユゥイを安心させるように、アルムは肩を優しく撫でた。手の温もりが、ユゥイの不安を余計に煽る。
「変なこと言うなよ。俺だって治療が他の奴にも使えたら、無理にやらないよ」
「本当に?」
瞳を潤ませるユゥイは、アルムがどこか遠い場所に消えて行くような、根拠のない喪失感に戸惑っていた。
「俺に自己犠牲精神なんかある訳ないだろ」
「それは同意だな」
身も蓋もない言い方のクウナに機嫌を損ねたアルムは、ユゥイの最後の傷を治すと倒れているカグトのマントを剥ぎ取った。
「なんだ、こいつのが俺より酷いじゃないか」
「治すのかっ?」
「ほっといたら死ぬぞ」
目を閉じて意識を集中させるアルムの後ろで、クウナたちは怪訝な顔で囁いた。
「やっぱりアルム、かなり変かも」
「前までなら、余計な力を使う必要はないとか言って断るよな?」
「自分から治すなんて……」
三人の言葉を聞いて、新人の少女四人はアルムの元々の人格を疑った。飛んだ風評被害である。
「……カグトに何してるの!?」
「あ、さっきの」
無事に合流できたらしいキーバの仲間は、重傷のカグトに触るアルムを引き剥がした。
「治ったぞ」
「え?」
少女がカグトの胴体を見れば、そこには乾いた血ときれいに咲く桃の花があるばかりで、怒りは急速にしぼんだ。
「あの虫には怪我を治す力まであったのか?」
「さあ……俺にしか使えないんだが、そうなるか」
はっきりしない答えに興味をなくしたのか、キーバはカグトの桃の花の表面を撫でた。
「感触は健康な皮膚だな」
「お前も治してやろうか? 仲間の二人も」
「嘘!?」
叫んだのはプリエネで、アルムにじろりと睨まれると手を合わせて頭を下げた。
「お前以外には治せないのか?」
「そう言っただろ? でもまあ……試してみるか」
因みに、今までの実験では桃虫が移動することはなかった。
一度クウナが桃虫のトゲを使えたのだが、その後にはやはり例はない。
「なら、私が桃虫の力を使ってみたい」
手を挙げたのはユゥイだった。敵に力を渡すのは論外だし、他に立候補もいなかったのでアルムはユゥイの手を握った。
「桃虫を受け入れる、優しい気持ちになってくれ」
「う、うん……」
プリエネが噴き出した。あまりにもアルムに似合わない台詞だったからだが、流石に反省して口を手で押さえた。
アルムはそちらに気を取られることなく、目を閉じる。なんとなく、ユゥイも釣られて目を閉じた。
(桃虫……ユゥイに移ってくれ。頼む、力を分け与えてやって欲しい……)
「あれ?」
ユゥイの声で目を開く。表面には何も変化がないが、アルムが手を離すとそこには傷もないのに桃の花が宿っていた。
「成功か?」
後ろのクウナにはもちろん見えないので、アルムは振り返って桃の花が表れたと説明する。一方のユゥイは、頬を染めて右手の平をうっとり眺めていた。
「さっそく試してみましょうよ!」
「う、うん。じゃあ……あの、あなたのお名前は?」
ユゥイが話しかけたのは唯一の女性であるナナだ。案外人見知りするユゥイならば、最初に同性を選ぶのも当たり前だ。
「私はナナよ。あなたは?」
「はじめまして、ユゥイです。良ければ試しに怪我を治させて欲しいんだけど……」
「負けたのは私たちだしね。好きにしたら?」
強気なナナに微笑んで、ユゥイはそっと足の打撲へ手を這わせた。
「どうすれば良いのかな? アルム」
「ただ治してくれ、って願うだけだ」
(治って……お願い、治って……)
アルムがよく知る温もりを、ユゥイも感じていた。右手を離して見れば、打撲は消え去っていた。
「上手くいったね」
「みたいね」
「ナナ、礼くらいしろよ?」
「あ、ありがとう! 他の傷も治してく、ください」
「うん、やってみるね」
悔しそうなナナの口調が面白くて、ユゥイは笑った。笑われた少女はふい、と顔を背けて腕の傷を差し出した。
「クウナも試してみるか?」
「あー、んー、プリエネが良いなら」
「何よそれ。私が嫌がったら止めるの?」
「それはまあ、桃虫がいるなら近づかないで! とか言われたらショックだから」
「……ああ!」
ぽん、と手を打ったのはアルムだった。あれだけ桃虫を生理的に嫌っていたなら、クウナの言い分も最もである。
「やってみてよ! ここで嫌がったら私はどんだけ狭量な女に思われるか……」
「という訳だ。頼む」
「じゃあ、手」
左手をクウナの手に乗せて、目をつぶるアルム。クウナはじっとアルムの顔を見詰めていた。
「傷が治った時と同じ感じがしたな」
「おー、そっちも成功か? なら次は俺、頼むわ」
男はナナと組んでいたジョアンだ。マントで目隠しを作った後、服の前身頃を捲って見せた。
「うわ、ひっでえ傷」
「お前がやったんだがな?」
「そうだった。悪くは思わないでくれ」
「治してくれたら恨まねーよ」
黄色と紫の混ざった青あざに手を当て、クウナは手のひらに集中した。
「傷は大丈夫みたいだけど……クウナ、桃虫は?」
「桃虫は居ない。そういうのは感じないぞ」
「ユゥイ?」
「私も、それにほら。ナナちゃんの怪我を治したらお花も消えちゃった」
ユゥイがパーにした右手には、もう桃の花は咲いていない。使い切りの能力だと全員が判断した。
「つまり、桃虫を移すのは失敗で、能力は成功ね……うーん」
唸りだしたプリエネは、アルムが桃虫の追放に賛成するとは思えず、どうするべきか悩んだ。
プリエネの悩みなど知るはずもないアルムとキーバの仲間は、これからについて話合った。
「だからさ、俺たちがアルムの仲間になるのは効率が悪いだろ」
「けど、ハルキエの兵士がまた来たら太刀打ちできないでしょ」
「おい待て、俺たちだってお前たちを仲間にしたい訳じゃないからな」
「と言っても、他国に逃げるとフレア兵の心配がある」
話に埒が明かないので、その日はアルムたちの拠点にキーバたちが移って眠り、結論は翌日に持ち越された。
最適な未来など選べない。ならば、せめて後悔しない道を進もうと少年少女は惜しみなく語り合った。
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