私ダイナミック

花札五光

第1話 朝の女子高生事情

 通学途中の朝八時手前。そして私の目の前には、私とぶつかって尻もちをついた女子高生がいる。学年は不明だがこの地味な紺色こんいろはたぶん私の通う高校の近くの進学校の制服だ。


「ねえ、大丈夫? ごめん、いま急いでるからまた今度あったらお詫びするね? じゃあ私はこれで」


 そう言って私はその場から足早に立ち去ろうとした。別に私だけが悪いわけじゃないのだろうけれど、さすがに歩行者は勝手に避けてくれる前提で歩きスマホをしていた私にも少し非がある。

 幸いにもちょっと身体がぶつかって尻もちついた程度で、あの女子高生はおとなしそうな見た目だしこのまま放置でもきっと大丈夫だろう。


 ――しかし彼女は物凄い形相で自分の身体と私の顔を繰り返し見たかと思えば、立ち上がり私の両肩に手を乗せて揺さぶってくる。


「は? 大丈夫ってこの状況でアンタ何言ってんの? どうすんのよコレ!?」

「ちょっとぶつかっただけでしょ? もう元気そうじゃん。もしかしてタカる気?」

「いやいや、のになんでそんな普通なん? 馬鹿じゃないの!?」


 先ほどから訳のわからないことばかり言ってる彼女が段々鬱陶しく思い、私は彼女に両肩に乗った手を振りほどくと、そそくさと自分の通う女子高へと向かった。


                                 ――完!?




 

 私は今、人々が通勤や通学で行き交う歩道で呆然と突っ立っている。何があったのかはもうなんとなく見当はついたのだけれども、問題はそのせいで確実に私が混乱しているということ。


 ――それは本当につい先程の出来事。歩きスマホをしていた私は誰かとぶつかって尻もちをついた。聞き覚えのある声が聞こえ、見覚えのある赤いスカートとアイロンのかけ過ぎで悲鳴をあげているだろうキューティクルを兼ね備えた茶髪の女子高生が目の前に立っている。そして私は黒髪を後ろで束ねただけの地味な髪型の地味な制服を着た女子高生になっていた。


 つまり私こと式原民子しきはらたみこはぶつかった拍子に互いの身体が入れ替わると言う珍事に直面してしまったのだろう。私はひどく焦って驚いた。驚いて彼女に詰め寄った。しかし彼女は毛ほども驚きもせずにまるで私のように振る舞いあしらわれ、あろうことかそのまま私の通う女子高方面へと立ち去ってしまった。


 こんな由々しき事態が起きたと言うのに人間はこうも簡単に対処出来るのか。そして私はなんて順応性のない人間なのだろうか。いやそんなことはない、私は起きた事象に対してごく普通の反応をしているだけだ。


「いやここは驚けよ!」


 ふと我に返った私は聞き慣れぬ声帯に違和感を覚えつつも虚空にツッコミを入れた。他人の身体とはいえ、他人の目線が痛く突き刺さる朝である。


「と、とりあえず少し落ち着け私。よし、朝カフェしよう」


 私は行きつけというほどでもないがそこそこ利用してる喫茶店へと向かった。



 解せない、実に解せない。店内でお洒落な客が朝カフェを嗜んでいる中、私は眉間じわに頬杖でとっくに飲み終えたアイスコーヒーを尚もまだ飲み続け下品な吸引音を辺りにまき散らせるというガサツ女のマルチコンボを決めていた。


 まず生徒手帳でこの身体の主が小野上仁香おのがみひとかという人物である事が分かった。そして学年は私と同じ高二。革製カバンの中にはハンカチ等の最低限の乙女の所持品と綺麗な教科書ノート。性格が私と真逆なのは見て取れる。


 ――まあそんなことは私にはどうでもいいとして、解せないのは拝借したガラケ―でさっきから私のスマホに発信しているのにコネクトどころか完全に電源を切られてしまったこと。確かに私も知らない番号は基本スルーするのだけれど、今はお互いにそんな場合じゃないしタイミング的にも普通に察してここは電話に出るべきところ。


 この小野上仁香おのがみひとかという人物は一見地味そうだがとても一筋縄ではいきそうにない。このまま私の女子高に行ってもおそらく私が追い出されるだけで終わる。もしかしたら彼女は私の身体で日頃のうっぷんを晴らすべく、この状況を楽しんでいるのかもしれない。たった今なんだか大幅に脱線したような気もすれけれど、そっちがそうなら悔しいからこっちも思い切り楽しんでやる。


 放課後手前で学校を抜け出し、私の女子高へ向い小野上仁香おのがみひとかを確保してレッツ病院というパーフェクトな計画を練り上げた私はテーブルに勢い強く手を乗せ席を立ち、ついでに右手の甲で口を何度かこすった。そして店員に『ウマかったぜベイベー!』と小っ恥ずかしいキメ台詞と店員の引き顔を確認したのち喫茶店を後にした。

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私ダイナミック 花札五光 @hanafuda15

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