#11 : No one remembers your name
Alicia :
体がボロボロだ。もう痛くない所まである。
カプセルに入って治療している間に調べた。私の記録。でも私の命に関することは何も無かった。何も無いのはおかしい。私の記録は……? マスターなら知っているの?
治療が終わってから、マスターの所へ行く。私は役割は果たした。これで証明された。そうよね?
「マスター。私は勝った。私が残った。だから解った。私はあなたより強い」
マスターに動揺は見えない。お前の弟子を倒した。お前よりも強い。それが証明された。後はその力のままに、お前を殺すだけなんだぞ。
「まったく、恐れ入った。認めよう。お前の勝ちだ」
椅子に座ったまま語る。武器を構えるそぶりも無い。
「嘘。あなたは私を騙している。私を罠にはめた。この状況もあなたの望み通りなのでしょう?」
何も言わない。
「最後にあの女は言った。私の体は限界に来ていると。私は気付かなかった。でも、あの女の目……嘘を言っているとは思えなかった」
ブラッケンドは何も喋らない。
「マスター。私の命はあとどれくらいなの?」
「あと一か月だ」
空白。そんな感じ。私は、何も無い何か。
それ以外には何も無い "Nothing Else Matters"。
「マスター。私は、もっと長く生きたい。方法は無いの?」
「お前の基礎はリーパー・ロードが創り上げた。私はそれを使っただけだ。あやつが研究をやめた時点でお前の命の量は決まった。私には何も出来ない」
私はその時、冷たさを感じた。体のあちこちが冷たくなっていく。胸から首、そして頭へ。私は『剣』真上から振り下ろす。ブラッケンドは真っ二つになって左右に割れた。
「……アッシュ、ごめんなさい……ごめん、な…さ……」
私の周りは全てが真っ暗だった。
"Blackened is the end" 黒くなって終わり。
私は自分の命を残せない。
生命ではないから。
では、何を残せばいい?
私がこの世界にできる復讐は何?
全ての人間は、私と同じ苦痛を味わえばいい。
全ての人間は、私になればいい。
そうすれば、世界はきっと良くなる。
お互いを認め、優しくなれる。
全ての人間を恐怖や苦痛で蝕み、機械の、私の力を必要とさせてやる。
私が全てに宿り、支配する。
私の遺伝子は人と交わり、新たな種を生むだろう。
ブラッケンドやネムを超える新たな生命を。
そこで語られる言葉の中で、私は生き続ける。
NEM :
ブラッケンドの感覚が消えた。今まで当たり前のように纏わりついていたから、有ることに気が付かなかったが、無くなったのが解った。体が軽くなった気がする。
アリシアが、やったんだな。
俺はアッシュを火葬に付した。灰は俺達の住んでいた山に撒いた。撒いた場所でブラッキーに話を聞いてくれるように頼み、俺達は灰が風に舞う中で座っている。
「いつか話したよな? ブラッケンドの恐ろしさ。俺が逃げ出した理由を」
「うん」
「あの時、話せなかったことがある。もう遅いけど、二人に聞いてほしいんだ。だから少しだけ語らせてくれ」
ブラッキーは頷いた。
「あいつは、俺を見て確信したようだ。
恐怖や苦痛の中に投げ込まれた者は、痛みや苦しみに耐えながらも生き延びる道を探し出す。
そして、僅かに生き残った者に、世界を変えるほどの強力な力が宿る。だからあいつは、それを促すことに決めたんだ。
世界を恐怖と苦痛で支配し、そこから自分の許にたどり着いた者達を自分の配下にする。共に力を磨き続け、執着心や猜疑心で蝕み、一人になるまで殺し合う。生き残った者は今までの事を繰り返す。そうすることで自分達の力は増していき、世界もそれに合わせて進化し、強くなる。
いずれは俺達のような力を持つ者が全世界に溢れる。そうなれば、さらに強力な力を持つ者が現れる。その時代にある恐怖や苦痛と共に。
あいつは自分の残虐さや非道な行為を『善』だと思っている。これ以上ない程の『正義』だと信じているんだ。
俺はブラッケンドもアリシアも許せない。あいつらを葬れば、ブラッケンドの恐ろしい企みを阻止できると思っている。でも、こう思う事すらブラッケンドの企みの内だとしたら?
俺がアリシアを打ち倒すことが、ブラッケンドの望みの成就に繋がってしまうとしたら?
自らの余命を知ったアリシアが世界を地獄に変えてしまうのを傍観したとしたら?
それでも世界に憎しみは溢れる。恐怖を恐怖で抑える戦いは止まらない。増殖を続け、そこから恐ろしいものが生まれてしまう。
俺はアリシアを止めなければならない。どうなったとしても、あいつに向かって行かなきゃならないんだ。そこで苦しみの連鎖を止めることは出来ない。何か少しでもアリシアの苦しみを拭ってやらないとダメなんだ。でも、俺はどうすればいいか、わからない。わからないんだ……」
風の音が響き、灰が舞う。
俺達は黙ったままだった。
ブラッキーが俺の手を握って言った。
「私も一緒に行く。全部を聞いて、それを何かに残す。どこかで誰かが気付いてくれたら、きっと何か良いものも生まれるよ」
俺は黙って、手を握り返した。強く。
―――――
ある日、『首都』の『何処か』に一枚の紙が貼られた。
そこに書かれたものは次の通り。
Earth's Answer
Earth rais'd up her head,
From the darkness dread & drear.
Her light fled:
Stony dread!
And her locks cover'd with grey despair.
Prison'd on watry shore
Starry Jealousy does keep my den
Cold and hoar
Weeping o'er
I hear the Father of the ancient men
Selfish father of men
Cruel, jealous, selfish fear
Can delight
Chain'd in night
The virgins of youth and morning bear.
Does spring hide its joy
When buds and blossoms grow?
Does the sower?
Sow by night?
Or the plowman in darkness plow?
Break this heavy chain,
That does freeze my bones around
Selfish! vain!
Eternal bane!
That free Love with bondage bound.
--------------------
If you answer
Come out, come out
Wherever you are
Come on, come on,
Whatever we are
Came in, came in,
Sweet burnt ash.
--------------------
地の応え
恐ろしく陰惨な暗闇から
地は頭を上げた。
彼女は光を奪われていた。
岩のような恐怖!
髪は灰色の絶望に覆われていた。
私は海に沈んだ岸に閉じ込められ
不寛容の星は私の穴を
凍った霜で覆っています
私は泣きながら
古代人の父の声を聞いています
人間のわがままな父
残酷で不寛容で利己的な恐怖
夜のなかに縛られている
歓びが朝と若さの処女(おとめ)たちを
生むことができるでしょうか。
芽や蕾が育つときに
春が歓びを隠すことがあるでしょうか?
種を蒔く人は
夜に種を蒔くでしょうか?
暗闇で鋤を鋤く人がいるでしょうか?
この重い鎖を断ち切ってください、
それが私の骨を凍らせているのです。
利己主義! 虚栄心!
永遠の苦悩!
それが自由愛を縄で縛り付けているのです。
--------------------
もしも応えてくれるなら
出て来て、出て来て 早くそこから
近くに来て、もっと近くに 私達が何者でも
来てくれた、来てくれた 愛しい灰が燃え尽きた
--------------------
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