#10 : Faces come out the rain

NEM :

 地面に倒れ、痛みに耐える。俺が、負けた。アッシュが強すぎるんだ。

 『剣』を納めて俺に向かって歩いてくる。

 周りから怒号や悲鳴が聞こえる。だが、徐々に収まっていく。殺し尽くされて、もう誰も残らなくなってしまうんじゃないか……

「マスターの勝ち……そして、アリシアの力も増した」

 アッシュが周りを眺めて言う。その背後に人影が見える。アリシアだ。

「マスターがほぼ全てを掌握したわ。これで、この国と周辺の環境は手に入った。マスターの計画も順調に進むでしょう」

 アッシュは振り返らずに言う。

「そして世界を覆い尽くす」

「その通り」

 アッシュは、再び『剣』を抜く。

「あなたも私も、マスターの思惑に乗りつつも自分を裏切らない。己の力を信じて進むのみ」

 アリシアも『剣』を抜く。

「ええ、だから、あなたを殺すわ。今この場で」

 アッシュがブラッキーを見て言った。

「ブラッキー、あなたの『力』でネムの手助けをして。風で障壁を作りなさい。出来るでしょう? やるのよ!」

 アッシュがアリシアに向かうと同時に、アリシアが左手から『力』で炎を出した。アッシュに向けて放つ容赦のない猛烈な炎だ。そしてアッシュも同じように左手から炎を出した。黒い炎だ。体中に悪寒が走る。何てものを作り出してしまうんだ。

「ううっ」

 ブラッキーが俺に寄り添いながらうめき声を上げた。俺が『力』で風を作り出すのを手助けしている。炎を防ぎ、周りへ受け流す。俺の『力』をうまく使っている。だが、それだけじゃないな。


「ふんっ!」

 二人は同時に炎を止めた。それと同時に『剣』で斬り合う。何度も刃をぶつけ合った後のつばぜり合い。その最中にアッシュは言った。

「あなた、気付いてないの?」

「何を言ってる……」

 アッシュは全く力負けしていない。むしろ押している。

「あなたの体、もう限界よ」

「なんだと……?」

 アリシアの足元がぐらついた。

「ブラッキーが見抜いているのよ。そして私も今確信した。あなたの命はもう長くない。人造人間を作るシステムは未完成で終わっている。だから人の体と精神を維持できる限界がある。その先に向かうことを、ネムは自らの意志で封じた。どうあっても意識を持った犠牲者が出てしまうから。今のあなたのような者がね」

「……な……なにを……」

 見つけたのか。それを。ブラッケンドは教えないはずだ。このわずかな期間でどれだけ力をつけたんだ? 何がそこまでお前を変えてしまったんだ?

「ネムは不完全な者が生まれてしまった場合、自らそれに気づけるように仕掛けを隠した。マスターは気付かなかった。そして、あなたも」

「……き、きさ……ま……」

 そこまで調べたのか? 俺はその辺りの事は念を入れて消してきた。逃げ回っている時にも。お前の衝動となったのは、まさか……


 周辺に散らばった灰や瓦礫が動き始めている。風が巻き起こっている。その端々に黒い炎や雷のようなものが見える。徐々に風は強くなっていく。細かい灰が二人を覆う。

「……っ」

 アリシアが黒い風に覆われアッシュから離れた。それらがさらに強くなり、強烈な嵐になってアリシアを襲う。

 アッシュは両手を胸の前で合わせ、『力』を籠める。周りの空気が一気に動き黒さが更に増す。

「はぁっ!」

 アッシュが両手を前に撃ち出す。アリシアは衝撃を受けて吹き飛び、彼方へ消えた。

「"Diamond Dust made of Ashes" 灰で作られたダイアモンド・ダスト。今度はお前が地に伏せろ。いや、土に帰れ。もう二度と立つな」

 憎しみの籠った言葉。もう、やめてくれ。


 アッシュは俺達の傍へ歩いてきた。そして俺を見下ろす。

「信じるものが変わった。ただそれだけで世界が大きく変わった。でも、違う。信じる方向が変わっただけ。信じたいものを信じる。自分の心に従った。それだけで、こんなにも……」

 俺はアッシュの目を見る。この目。これはダメだ。何故ダメなのかもわかる。かつての俺だからだ。

「マスターもアリシアも私も、それ以外は他の人達と何も変わらない。私達は『ありのまま』で良い。本当にそれで良かった」

 アッシュの表情が怒りと憎しみに染まる。そして、そこに喜びが混じっている。

「でも、あの二人は違う。私とは全く違う。私はあの二人を許さない。私達を傷つけたあいつらを絶対に」

 その先の言葉がわかる。それはダメだ。それを言ってはダメなんだ。


「今はっきりとわかった。脈打つ力の声が聞こえる。私はあの二人より強い。私は、ブラッケンドも打ち倒せる。彼を殺せる。私がブラッケンドの役割を引き継いで全てを書き換える。それで全て良くなる。ネム、あなたならわかるでしょう?」


「私はあなたより強い。ブラッキーよりも。でも、私にはわかる。あなたが何も恐れなければ、全てを望めば、私達なんて何の問題にもならないはず。私があなたを目覚めさせる。真の力を。そのやり方、あなたはとっくの昔に知っていた。使い方も、もう理解している。私がその重みを背負えばいいだけ。私の役割はそれなのよ!」


「だから来て。私の、マスター」

 アッシュは手を差し出した。さっきとはまるで別人だ。無邪気な子供のようだ。今なら、この手をとれば、一緒に引き返せるんじゃないか? もう、何もかも捨てて、記憶が無いふりでも何でもやって、世界の果てに引きこもれば、誰も追ってこないんじゃないか? 俺はもう、それで……


 俺の腕をブラッキーが強く掴んだ。ブラッキーも怖いんだ。何をどうすればいいか解らない。ただ、俺を引き止めたい。どうすればいいんだ。


「うっ」

 アッシュの胸から何かが突き出た。それが炎を纏い、アッシュの胸を焼き尽くした。

「灰と塵で真っ黒よ。あんた程じゃないけどねぇ!」

 アッシュが倒れ、その後ろにアリシアが立っている。そして、手から炎を出してアッシュを燃やしている。


 俺の何かが弾けた。こいつを殺す。それだけが胸に溢れる。ひどく熱い。でも気分が良い。このままいけば、また……


「ああっ!」

 ブラッキーの声で引き戻された。アッシュに浴びせられる炎の中に飛び込んだ。ブラッキーを助けたい、という思いが一気に胸の中を塗りつぶした。出せる『力』をすべて使って、周りにあるものと一緒にアリシアに向かって放つ。


「ぐぅっ! ぬ、あ……」

 アリシアはよろめきながら引き下がっていった。

 今になって目に入ったが、アリシアの体はあちこちが酷い事になっている。ここに戻って来るのも無茶だったろう……


 俺は、倒れている二人に向かって這って行く。

「ブラッキー……アッシュ……俺を、一人にしないでくれ……」

 ブラッキーにすがりながら、そんなことを言ってしまった。

 ブラッキーの熱と鼓動を感じながら、意識が闇に落ちていく……

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