#9 : Won't you buy me a night on the town?

NEM :

 アッシュが街の中、周辺の地域を駆けまわり、プラナ・シティを中心にして治安がとても良くなった。必要なものを自分たちで獲得し、足りないときは対価を払い獲得する。その交渉も自分達で行う。そして、中央政府が乗り込んできた。


 治安の良さ、豊かな経済、それに見合った負担をせよ、と。

 要するに税を多く納めろということだ。それ以外にも、人材や物資を他の土地へ回せ、と言う。平等に行き渡らせるために、まずは中央に集める。文句は言うな、だと。

 アッシュは問う。

 ”それらを差し出すとして、中央政府とこの国は、我々に一体何を与えるのか。”


 政府の答えはこう。

 ”国と政府が存続することでの『安全と安心』。”


 アッシュはさらに問う。

 ”今までほったらかしにしておいて何を言う。荒れたところは見捨て、僅かにある資源を奪い尽くしてきた者達が『安全と安心』とは呆れる。戦争や災害などによる止む追えない事態があったことは認める。だが、その後の行為が正当化されることは無い。自国民に対する謝罪や補償、賠償の態度が無い限り、我々がそちらの要求に応じることは出来ない。”


 政府は次のように言った。

 ”それでは、これは反逆だ。我々はこの街を反乱の拠点とみなして攻撃する。”


 アッシュは言う。

 ”では、今この時、プラナ・シティは独立する。我々は必要な力を持っている。かつての人類の遺産により、我々は新たな道を模索する。この街は国家、自治体、宗教、企業、民族、共同体、それらの要素を全て内包しながら、生存の道を探り、歩み続ける。我らは一本の樹となるだろう。もしも、我らに同調する者達があれば、多数の樹木が森を創る。そこで我々は生きる。”


 それから二週間ほど交渉が続けられた。だが、溝は埋まらず政府は軍を差し向け、プラナ・シティは徹底抗戦の構え。そして今、街の外に政府軍が迫った。


 プラナ・シティは籠城の構え。俺とアッシュとブラッキーは街の中央に位置する建物に居る。ここが司令部になっている。アッシュはこの街の全ての勢力から信頼されている。彼女が事実上のリーダーであり、市民軍を指揮している。


 アッシュは街の内と外を駆けまわり、政府軍を攻撃した。元々地の利がある上、街の知恵を集め、罠を多数仕掛けて翻弄した。政府軍側を捉えて情報を聞き出し、彼らを人質にして交渉に利用する。周辺の都市と協力して、政府軍の補給路を攻撃。政府軍は疲弊していく。


 ある日俺は、アッシュと共に政府軍の司令部を偵察していた。遠くから双眼鏡で覗く。

「あの将軍、危ないな。あれじゃ、アリシアも大変だろう」

 軍を率いる将軍がアリシアに罵声を浴びせているのが見える。他の兵士たちは、誰も何も言わずに聞いているだけ。士気は相当下がっている。この国には長期の内乱に耐える力がもう無い。隣接する各国との対応もある。そろそろ潮時だろう。

 隣にいるアッシュが答えた。

「彼らはもうすぐ攻撃してくる。全力で」

「なぜ分かるんだ?」

「密偵から報告があった。中央政府は補給を絶って、この軍隊にプラナ・シティの全てを奪わせるつもり。それしか生きる道が無いと理解した者達は、なりふり構わず私達を襲う。政府は混乱の原因を私達に押し付けて、自分たちの行為を正当化する。国民全員に弱みと責任を意識させれば、公に政府を批判できない。『安心と安全』を人質にして体制の安定を図る」

「じゃあ、どうするんだ?」

「こちらから一時休戦を申し出る。幾つかの資源や人質を渡す。それと、包囲網は維持したままで良いことにする。戦闘が止まれば助かるのは向こうだけど、私達から申し出る。そうすれば交渉の席は設けやすくなると思う」

「その後は?」

「まず、その場を設けた事に対価を払う。そして、政府が自分達の行為を顧みる毎に交渉する。人質の解放や資源の譲渡を交渉の材料に使う。過去の事例には、第三者を介入させない当事者同士の交渉の場を設けてもらう。時間を決めて話し合い、結論が出ない場合は私達が資源やお金を差し出して、政府の譲歩を引き出す。こっちの蓄えが底をついたとしても、いくらかの回答は得られる。必要な人達には、公式の謝罪やお金も届く。後は私が全ての責任を負えば、この街は国の一部になって生き延びられる」

「……その事、政府は知っているのか?」

「交渉の可能性は、アリシアに伝えた」

「そうか……」

 その時には俺も行く。そして、ブラッケンドに会う。 


「じゃあもしも、あの将軍が話を聞かず、後先考えずに全軍を突撃させて来たらどうするんだ?」

「周りの都市と協力してるの。彼らに幾つかの逃げ道を用意した。食糧や医療物資を提供する代わりに、各都市の民兵になってもらう。逃げ出したいものは保護する。残れるものは私達のスパイとして働く。その作戦が相当進行しているから、もうあの軍隊はボロボロ。今あの中でどうにか戦えるのは一部のメタル・ミリティアとメタル・マスカレードだけ。もしも突撃してきたら、それらに続いてくる兵士たちを街の中に誘い込んで門を閉じる。後は包囲して攻撃。占拠されそうなポイントにはトラップや爆弾を仕掛けてある。それにブラフを混ぜて脅せば壊滅状態。攻撃を遠くからの射撃に専念させて、余裕をもって交代を繰り返す。後はもう見ているだけで良い」


 見事な作戦だ。だが、そう上手く行くだろうか?

 いつも出てくる不安。だが、アッシュが失敗すると思えなかった。

 こんな感覚は滅多にない。きっと大丈夫だろう。


 それから二日後、政府軍は突撃してきた。

 離脱者、負傷者、戦死者が多数。門を突破した者達はまるで亡者だ。アッシュの予想を超えた所まで進行を許してしまった。包囲はしたものの、街の混乱は大きかった。包囲を突破した者達が街の住民を攻撃。住民が戦闘への参加を希望し、街全体に闘争心の火がついてしまった。


 アリシアは門の傍の建物に陣取った。そこが政府軍の司令部になったようだ。どうにかメタル・マスカレードが政府軍を奮い立たせている。

 あいつはこれからどうするんだ?


 アッシュは戦闘を指揮しつつ、CFCを街の治安維持に当たらせた。元々地域密着の組織だったため街の混乱は収まっていった。これで戦闘も、もうすぐ終わる。


 俺とアッシュとブラッキーは建物の屋上から政府軍の司令部を見る。アリシアが屋上に居て、向こうも俺達を見ていた。


「これで、この一帯は自立できる。自給自足でやっていける。まだ課題はたくさんあるだろうが、きっと大丈夫だ。俺達がいなくなっても」

「ええ、その通りよ。この地域は発展を続ける。自立と自律を兼ね備え、経済や社会の方向を自分達で選択して行く。コロニーとスプロールを合わせたシステム。そして彼らは人間にとっての新しいデバイス。ニュー・ウェア」

「……? 何を言ってるんだ?」

「ここは世界中の注目を集めている。かなり前から。戦争や災害にあえいでいる各地の復興のモデルにしようという動きも多い」

「何だって?」

「もしもこの場で、世界が恐怖のどん底に落ちるような力を見せつけたら? 世界中の人間が、信じてきたものすべてがひっくり返るような『何か』を見たとしたら? 善悪の境界、正常と異常の境界、自分と他人の境界、自分と世界の境界、それが揺らぎ、自分の可能性と責任の認識が変わってしまったら?」

「ちょっと、待ってくれ……」

「世界は変わる。そんなものでは終わらない。この星は、この宇宙は、すごく『おもしろい』ことになる」

 やめてくれ。それは、それはまるで、あいつの言葉じゃないか。


 その時、あいつの言葉が響いた。

「見事な働きだ『ファントム・ロード』。次のフェーズへ進め」

「はい。マスター」

 アッシュの前にブラッケンドの幻影が現れ、語り、消えた。

 嘘だろ……こんなことがあって良いはずが無い。


 アッシュが信号弾を打ち上げた。向かいの建物に居るアリシアも同時に信号弾を打ち上げた。

 戦場が動いた。双方の陣形が突如乱れた。味方の軍隊で同士打ちが起こっている。メタル・ミリティアもだ。みんな、もうなにが起こっているか解らないんだろう。俺もだ。


「何を……何をやってるんだ? どうして、どうしてあいつと……あいつと話している? 何でマスターと呼ぶんだ!?」

「私が……選んだの……私の、ために。でも、それは……」


 アリシアの声がした。


<将軍を殺したわ。あとはマスターが全部やってくれるでしょう>

「ええ、そうね」

<あなたも自分の役割を果たしなさい。返事は?>

「了解」

<オーケー。通信終わり>


 アッシュは俺を見た。

「私は、あなたを倒す。そして、私があなたの後を継ぐ。それで、きっと良くなる。全部良くなるの」

 俺は後ずさりする。何てことをするんだ、ブラッケンド。こんなのはないぞ。

「私が、この地域をマスターと共に治める。そして私達の仲間"CFC"が世界を巡る。世界を回す。これが私達の力 "Callous Frigid Chill" (残酷で恐ろしい寒さ)」

 俺も寒気で腕が震える。ブラッキーが俺の腕にしがみついてきた。とても強い力。腕が痛むほどだ。

 アッシュは『剣』を抜いた。

「ネム、『剣』を抜きなさい。ブラッキー、あなたも戦うのよ。あなたは戦える。あなたは強い。だから私と戦いなさい。私は全力で行くわ。あなたも全力を出さないと死ぬわよ」

「いや……」

 アッシュはブラッキーに『剣』を振り下ろした。俺が『剣』で受ける。


「そうよ……それでいい。あなたは……あなたの力はそんなものじゃない! 私が全部引き出す! それこそがあなたへの恩返しなのよ!」

 俺はアッシュと斬り合う。アッシュの振るう一撃が重い。『剣』で受けるごとに体の一部が削られるようだ。

「『剣』の腕はどう? あなたに近付こうと、ずっと頑張って来た。私はブラッキーに負けてない!」

 圧倒されている。腕力が問題じゃない。心で『力』で押されている。守っていてはダメだ。俺も攻めなければ。アッシュを倒す……

「そんなもので、私に勝つつもり!? 舐めてるの!? それじゃ意味が無いのよ!!」

 アッシュが攻撃と共に『力』を振るってくる。風や衝撃だけじゃない。生み出されているのは炎。アリシアの力を盗んだ……? いや、自分で生み出した。自分だけの炎。それに雷、黒い雷を……

「うっ!」

 アッシュの動きが止まった。風が強くアッシュを押している。

 ブラッキーが両手を前に出している。お前もか……

「そうよ! でも、そんなものじゃない! あなたはもっと強い! 何故恐れるの!?」

 アッシュはブラッキーの『力』を押し返して、勢いをつけてぶつける。ブラッキーは後ろに弾かれ倒れた。


 そこから俺の頭は麻痺した。ただ『剣』と『力』を振るう事だけ考えていた。それが呼吸と同じような感覚で何も考えずに出来ていた。アッシュの動きが緩やかに見え、その先まで見える。ただ、それを繰り返す。まるで、アッシュとダンスをしているようだ。どれくらい時間が経っただろうか。もう一週間くらいそうしていたような気がする。流れとリズムに乗りながら、アッシュの『剣』が俺の足を切り裂き、俺は倒れた。

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