#6 : the Man that I love sure
Ash :
私達は修行を始めた。でも、特別なことはしない。それが『修行』みたい。
私達はネムの家で暮らし始めた。そして時々自分の声を聴く。それと『力』を感じて一日を過ごす。やることはそれだけ。
おかしかった。ただそれだけで良いなんて。だって、一日を楽しく過ごすだけなんて幸せ過ぎるじゃない。こんなことが修行なんて信じられない。
でも、時間が経つにつれてわかってきた。
日々の生活、そして一日を生きること。それはとても大変なことで、とても素晴らしい。それを大事にすることは、私と世界を大事にすること。
家の中や、周りの自然、街の人々の暮らし。その中に知らないことがたくさんあった。今まで気づかなかったけど、私は、何も知らなかった。そのことにも気づかなかった。
掃除や洗濯、食事を作ったり、家の周りの手入れをしたり。それをじっくりやってみる。新しい発見もたくさんあった。そして少しわかった。これが『力』の一部。私達を生かす大きな力。
ネムは時々私達を助けたり、アドバイスなんかをくれる。でも、ほとんど何もしない。私達と一緒に過ごしながら、彼自身の役割を果たしている。街に出て働いたり、山の中で過ごす。きっとそれが、この街を守る大事な仕事。
彼は時々話をしてくれる。私はとても幸せ。
NEM :
人は生まれる環境を選べない。それでも、みんな必死に生きる。
自分の幸せを求める。それはとても良い事だ。苦しみや痛みを乗り越えつつ、様々なものを見て学び取る。
俺はそこで気付いた。
何かを学ぶためには、その反対の事も学ばなければならない。
もしも俺が、何か良い事を言えたとするなら、その反対の事もやってしまったからなのさ。
Blackie :
私は自分にできる仕事をした。家の中で、だけど。
でも、それも幸せだった。私が何かの役に立てるなんて、今まで考えもしなかった。だからアッシュに助けてもらいながら、自分の出来ることを探して、増やしていった。
私は何かを感じている。今までずっと感じてきたけど、ここに来て、それがはっきりと脈打っているのがわかる。
これはきっと、アッシュやネムにもわからないことかもしれない。
私は真っ黒な世界に生きていないんだ。
私は色を見ている。
でも、目が見える人達が見る色とは違うかもしれない。私はみんなの色を知らないから。だから、これは話していないんだ。それが好い色に見えてきて、種類が増えている。すごくたくさんあるんだよ。だから、私は嬉しい。
アッシュと一緒に呼吸に集中すること。あれがすごく面白くなって来た。
私達は、その時間を一日に何回か持つ。そうすると、気分が楽になって、仕事がやりやすくなる。それを繰り返していると『力』も強くなっていった。それを感じたんだ。
NEM :
俺は色々迷ってきた。今も迷っているんだがな。
この『力』のことを伝えるべきかどうか。
でも、もしかしたら迷っているのは俺だけじゃないのかもしれない。いくつか見てきた中に、俺と同じ『力』や戸惑い、そしてどうすべきか、そんな悩みを見つけた。
正確には『見つけた気がする』なんだがな。
そして、一つ思った。ちょっと無茶苦茶だと思うだろうけど。
それは『格好良さ』を求めることじゃないか、ってことさ。
みんな、きっとそれを求めている。もしも、この『力』を求める者達がいるなら、それを楽しさと共に学ぶことが出来たなら、と思ったんだ。
そして、今の俺もその道を辿っている。ちょっと混乱して来たな。すまない。
つまり、俺が『力』を磨いてこれたのは、色々な娯楽のおかげなんだよ。
エンターテイメントってやつさ。偉大だよ、これは。
時代と共に技術は進化して、映像や音、音楽が洗練されて行く。
音の響き、映像の華麗さ。派手に、滑らかに、美しく。観客を楽しませる工夫を続ける。
俺はそれを『力』で再現しようとしてみた。そうやって行くうちに『力』が強くなっていったんだ。いくつか実現できてしまったものもある。
きっとこれは、この『力』のことだけじゃない。
人類が生み出した偉大な力なんだよ。
Ash :
私達は街に出て働くことが多くなった。
ブラッキーはすごく元気に歩いている。街の人達も彼女が歩きやすいように道を譲ってくれる。
彼女も個室で入院していたから、かなり重い症状のはずだった。でも、もうそんな風には見えない。すごく元気な女の子。私も見ていてうれしい。
ブラッキーは人を明るくしてくれる。きっとそれが彼女の『力』。すごいね。
ある時、私はプラナ・シティの『大使』になって欲しいと頼まれた。街の行政を手助けして、周りの都市や中央政府との交渉も行う役目。とても大事な仕事。私は引き受けた。
ネムはとても喜んでくれた。
そして今日も、私達は修行を続けている。
NEM:
人が病気になる原因。はっきり言ってわからない。
だが、病気に理由があることは解った。それは、その人が生きるためなんだ。
花粉症ってあるよな?
あの症状。くしゃみや、目のかゆみ、鼻水が出たりする。俺も罹っていたから辛さはわかる。でもな、それらの一瞬後には快感が来るんだ。
くしゃみをすれば、肺から空気が一気に出て、また一気に入ってくる。
目をこすれば、すこしだけ目に快感が走る。
鼻をかめば、鼻水が出て鼻で呼吸することが出来る。
もしも、それが目的だとしたら?
苦しい状態から少しでも快感を得ようと、体が起こす反応だとしたら?
周囲の環境と自分の体を考え、最も反応を起こしやすいものとして、花粉に対するアレルギーを選んでいるとしたら?
ちょっと無茶な説明だよな。ああ、わかってる。
でも、もう一つ似たようなものを見つけて、それと結びつけるとけっこう説得力があるように思ったんだ。
心理学の世界で転移行動と呼ばれるものがある。
何か行動を起こしたいが、色々な事情でそれが出来ない時。葛藤って言われている状態だな。そんな時に、人はどうにも出来ないエネルギーを吐き出そうとして、色々な仕草で発散している。ほっぺたを触ったり、頭をかいたり。
そして、俺の『力』の存在。それを合わせて考えた。
この『力』が人間全てに備わっているとする。
体の何処かが病気で苦しい事になると、痛みや苦しみでその部分に注意が向く。
そうすると『力』はそこへ向かって働く。自然治癒力は大幅に増す。
病気の正体が『これ』だとしたらどうか?
そして、癌。
自らの体を変異させてまで病を起こす。
医療や技術の進歩の果てに、そうすることでしかその部位に問題があることを訴えられなくなっているとしたら?
無茶苦茶だってことはわかってる。理論の裏付け何てあるわけない。他に聞ける人間もいない。あいつは何も言わなかったしな。
俺は人間には病を克服する力があると信じた。正確には病と共に生きる力だな。
そしてアッシュにその力があると信じたんだ。だから俺がやっていたことは、アッシュの力の手助けをすることだけだ。時々話をして一緒に笑う。本当にそんなもんなんだ。実際、アッシュは自分の力で全快した。
そうだな、あの時は……
俺はこの街で得たものを生かしたくなった。
薬や機械に頼り過ぎずに、人間の力で災害や病を乗り越えられないだろうか。
薬や機械と共に生き、共に道を探りながら、生きていく方法は無いだろうか。
いずれは、この『力』の秘密を解明して、みんなが生きやすい世界に進んでいけるんじゃないか。そう思っていたんだ。
えーと……もう七年前になるのか。
俺は自分の『力』の使い道を探るために『首都』に行った。
色々な病院を見て回り、自分の生かし方を模索していた。
そんな時、病で倒れた少女を見つけた……
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