#5 : Someday you're gonna have to cry

NEM :

 初めのころは、自分の力が認められたのが嬉しかった。

 だが、次第に恐ろしくなっていった。そして気付いた。ブラッケンドの恐ろしさに。

 あいつは、この国を、周辺の地域を、世界を恐怖に陥れようとしているんだ。

 自分が支配者になるだけじゃない。自分が死んでだ後も、その恐怖が未来永劫続くように策を巡らしているんだ。ずっと前からそれをやっていた。そして今も、この先もずっとだ。


 ある時、俺は逃げ出した。全てを捨ててな。

 そして途方に暮れながら、この『プラナ・シティ』にたどり着いたんだ。

 なぜここに来たのか、はっきりした理由は無い。ただ、なんとなく居心地が良かった。それだけなんだ。


 俺はこの街で働いた。誰かの為に仕事をして、その報酬を貰う。

 買い物をしたり、食事をしたり、誰かと他愛ないことを話したり。

 それを繰り返しているうちに、気持ちが楽になって来た。この街にいることが楽しくなっていたんだ。自分の過去を忘れるほどに。


 それから、もう少し時間が経ったあたりかな。この街や国を、なんというかこう、俯瞰して見る余裕が出来たんだ。だから色々と観察してみた。あちこち行ってみたりしてな。それで、気付いた。


 この街の住人は世界中で最も健康的なんだ。体だけじゃない。心の方も。そして周りの土地からの評判がすごく良い。ブラッケンドは俺がこの街に居ることは知っている筈だ。だが、何もしてこない。そのころには『メタル・ミリティア』が世界に名を轟かせるほどに強力になっていたから、俺を殺すために街に乗り込んできても止められるものは居ない筈だった。でも、奴らは来なかった。


 俺はちょっとした仮説を立てたんだ。

 もしも、俺が『力』を無意識に使っていたとしたら?

 俺の日々の生活が、この街の住人、土地、自然を元気にする力を持っているとすれば?

 俺がこの街に与えた影響の対価として、この街が俺を守っているとしたら?

 そんなことを考えたんだ。


 俺にとって都合が良すぎる解釈だ。でも、そう思うと、どこか納得できるところもあった。

 この街が発展しつつ、周りからの干渉を受けず、それほど目立たずに経済や人々の活気が巡る。日々様々な出来事が起こるが、この街はそれを認識しつつも、実にうまい具合にかわしていく。悪い影響が出そうなことが起こっても、それが最後には良い事になって街に残る。俺はこの街の人々が幸せならそれで良かった。だから、それ以上は考えたくなかったんだ。


 あまりにも無責任だと思うが、この街にいれば俺は安全だと思った。

 だが、絶対なんて保証はない。だから、この山の中に家を移した。だから、お前達も安全だと思う。すまないな。情けなくて。


―――――


 俺はそこで一旦話を止めた。少し休んだ方が良いと思ったんだ。


 二人は、俺の話を全て信じてくれた。そして、自分を責め過ぎだと言ってくれた。

 もっと自信を持て、なんてことも。


 俺は、また救われた。人がこんなにも暖かく思えるなんてな。

 涙が出そうだ。


 それから二人は『力』の修行をすると言ってくれた。

 俺も覚悟を決めた。



NEM :

 修行を始める前に、語っておかなければならない。

 俺のこと。そして過去の事を少しな。


 俺の力の正体、それはわからない。だが、現実に存在する。認めざるを得ない。

 ブラッケンドは何も教えてくれなかった。だが、あいつの存在で俺の力は強くなった。あいつも『力』を持っている。

 この『力』、何と呼べばいいか解らない。だが、最も近いものを見つけた。かつての人々が語り伝え、残したものの中に。

 ある物語の中で『フォース』という名で呼ばれていた。まさに『力』だな。

 自分だけの名前を付けてもいいんだろうが、好い名前が思いつかなかった。俺はただ『力』と呼んでいる。

 俺は身を守るための手段として剣や格闘を重視していた。偶然なのか、その世界の戦士も剣での戦いを重視していたんだ。そいつらの剣は、その、格好良かった。だから、その点は見習って、俺も自分の剣を格好良いものにしようとした。それがこの刀だ。


 自分で作り上げたんだ。それと、金属を気体として操る術も。それを鍛造する術もだ。『エア・ブレス・メタル』。この刀は俺の『力』を乗せることが出来、尚且つ、空気の中に溶け込ませることも出来る。俺だけの『剣』だ。あの女の『剣』も彼女なりの工夫で作り上げたんだろう。


 ああそうだ。さっき友達から教えてもらった。すこし調べ物をお願いしていたんだ。あの女の名前はアリシアと言うらしい。アリシア・ローゼン。


 そして、その物語の中にブラッケンドも見つけた。

 ブラッケンドのやっていること、というべきかもしれない。

 その物語の中の、ある組織の事だ。『シス』と呼ばれていた。

 俺は、その物語が好きだった。何度も観た。だが、ある時『シス』の恐ろしさに気付いた。

 俺は、少しだが世界の歴史や伝承を見て来た。娯楽として作られたフィクションなんかも含めてな。

 だが、その中でも『シス』という組織の恐ろしさは突出していた。これほどの冷徹さを持った集団は他に見つけられなかった。合理主義と力への渇望、そして人の脆弱さ。それらをすべて合わせて個人の力を高めていく。

 『シス』は常に二人。師と弟子だ。師は自分が認めた者を弟子にする。弟子は師に従い、師は弟子に教え共に学ぶ。そして、殺し合う。常に相手を警戒し、隙あらばこちらから攻撃する。そんな状態で共に過ごすんだ。

 だが、修行と見れば理にかなっている。『力を高める』という事になれば、まさに最適の環境だ。そして実際、俺の力は強くなった。

 俺は自分が強くなることが嬉しかった。だが、自分達と『シス』の類似性に気付いた時、恐ろしさに震えた。今までそのことに気が付かなかったことも恐ろしかった。物の見方が全て変わった。世界も変わってしまった。

 そして、俺は逃げたんだ。ブラッケンドから。


 俺はブラッケンドを殺せない。あの時、力では俺が上回っていたかもしれない。

 だが、ブラッケンドを殺せば、俺は本当に超えてしまうんだ。一線を。

 どんなに憎くても、自分の正義と信じても、それだけは出来なかったんだ。


 そして逃げている時に気付いたんだ。俺が生きていること。あいつを殺さないという選択をしたこと。一日を生き抜き、より良くあろうとすること。その力が俺を動かす大事なもの。俺はそれを信じて生きる。それ以外は何も無い。

 だから、NEM "Nothing Else Matters"。

 かつての名前も、リーパー・ロードの名も忘れようとして、自分で名前を付けたんだ。


 そして、アリシア。あいつは俺の罪だ。

 ある時、俺は考えた。脳も含めた完全な人造人間を作れないか、と。その研究もしていた。そして、完成前に逃げた。だから、実現することは無いと思っていた。

 だが、アリシアと戦って解った。あいつは、俺が生み出した。そして、俺と同じ『力』を使う。

 あいつが俺を殺したいなら、俺に止める術はない。


―――――


 そこまで語り、俺は俯いた。

 しばらく黙っていたら、アッシュに頬を叩かれた。三回。

 アッシュの顔がゆがんで見える。目の前全体がぼやけてしまっているから。

 アッシュも、俺も、鼻をすする音を発してる。変だよな。


 翌日から二人の修行が始まった。

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