#3 : It don't make no difference

NEM :

 警備が手薄な所に車が一台。慎重に忍び寄りドアを開ける。三人乗れることを確認。鍵もある。もっとも、鍵が無くても、鍵を使わないイグニッションでも、エンジンをかけることは可能なのだが。

 俺は二人を後部座席に乗せ、車を出した。気づいた者はいない……? そんなはずは無い。だが、追手も無い。今はこのまま行くしかない。

「二人とも、怪我はないか?」

「大丈夫」「だ、だいじょうぶ、だよ……」

「そうか。良かった」

 俺は運転しながら呼吸を落ち着ける。今、話しておくか。

「ちょっと状況を説明する。俺が理解していることと予測を合わせたものだ。聞いてくれ」

「うん」「は、はい」


「奴らは中央政府の特殊な軍隊だ。強力で容赦が無い。奴らは蝕まれた体を機械で補っている。その使い方を極めた連中だ。とても強い。そして人の体よりも丈夫だ。敵に回したくはない奴らだ。敵に回っている今は『逃げる』の一択だな。


 そして、奴らの中に、おそらく指揮官だろうが、俺と同じ『力』を持つ者がいる。あの病院で、俺をずっと見ていた。俺は感じ取ってそれを妨害し、利用して逃げた。だが、あれだけの力を持つ者が俺達を見逃すとも思えない。注意を払いながら進むつもりだが、また何か起こるかもしれない。辛いだろうが、もう少し周りを警戒していてくれ。何かおかしなことがあったら、それに気づいたりしたら、俺に知らせてくれ。頼む。


 俺はこれから『プラナ・シティ』へ向かう。その辺りに俺の家がある。そこに行けば安全だ。多分な。何故安全かは、その街に着かないと説明できない。


こんなところだ」


 俺は目の前に集中した。

 追ってくるとすれば、俺の感じる範囲の外、距離を取りながら来るはず。俺のルートを予測させつつ攪乱する。難しいな……


Alicia :

 鋭い奴。私の狙いを察知したか。

 私の感じる範囲にも限界がある。これ以上離されると見失うかも。


「位置に着きました」

 仲間から連絡が入る。私は指示を送る。彼らには幾つかのツールを渡してある。それらを選び、設置し、起動させる。彼らは詳しい事は知らないし、解らない。


 私は奴らのルートを、私の望むルートへ導くためのトラップを設置した。

 引っかかれば私の勝ち。引っかからなければ……


Diamond Dust :

「何か、周りに居るような気がするが……見え辛いな……罠でも仕掛けられたら、どうするか……」

 ネムが運転しながらつぶやく。私も何かしなくちゃ。

「アッシュ。お前に少しだけ教えたよな。自分の感覚を研ぎ澄ませる方法。あれをやってくれないか。それをDDにも教えてやってくれ。お前達の助けが必要なんだ。頼む」

「うん、や、やる! DD、私と同じことをして。えーと、言葉にしないと……そ、その、まず、目を閉じて……いや、これは……ええと、とにかくまずは深呼吸をして。ゆっくり。いい?」

「うん。わかった」

 私はアッシュの言葉を聞きながら深呼吸する。数を数え息が胸に入り、出るのを感じる。それを何度か繰り返す。


「ただ、感じて。頭に浮かんだことはそのままにする。辛い事、嫌なこと、それが出てきてもそのまま。私の息遣いを聞いて。それからあなたの息遣いを聞く。それを続けて」

 私は深呼吸を続けた。アッシュの呼吸と合わせて息をする。

 しばらくそれを続けていると……


「その先……なにか変。なにかある……」

「うん、何かある」

 私の言葉に合わせてアッシュも言った。

「そうか、そうかもな……ああ、そうみたいだ……」

 ネムが応える。車の進路が変わったみたい。

 私達は続ける。

「周りにたくさんある。何かが……いろいろ……」

「うん。ある。位置が……形がある……道を……作っている……?」

 ネムは少し黙った。彼も集中して何かを感じているみたい。

「なるほど……俺達を誘導するルートを作られたか……緻密な戦略を突き崩すのは……」

 ネムは、また沈黙。それから車を止めた。

「シートベルトをしてくれ。それとアッシュ、DDを押さえていてくれ。ちょっと、その、揺れるぞ」

「うん!」

 アッシュは私にシートベルトを装着させ、自分も装着してから私の手を握った。

 ネムは息を大きく吸ってから吐く。そしてアクセルを全開にした。


 車が猛スピードで走り出す。


Alicia :

 また、私の策略を見抜かれた。何て奴……許せない!

 緻密な戦略を打ち壊すのは、無鉄砲で後先を考えない馬鹿な行動。

 罠を仕掛けるだけの部隊は突破される。追撃の手を考えていない。

 やられた……


 でも、その可能性も考えてはいた。その先のことを、私がやりたくない。

 その気持ちが一手後れる原因か……くそっ!


 私は自分の乗る車のエンジンを噴かす。それに加えて……


Ash :

 車が猛スピードで走り続ける。兵士が銃を向けているのが見えた。ネムは構わず突破していく。追ってくるのかもしれないけど、もうずっと後ろに行ってしまった。このままなら逃げきれるかもしれない。

「奴ら……全体のことを詳しく知らされていないのか……混乱していたような……いや、今は走り続けるしかないな」

 やっぱり凄い。ネムは凄い。私のヒーロー。私の……

「危ない! 何か来る! 何か……」

 DDが叫んだ。私の手を強く握る。痛いくらい。後ろから何か……

 ドカン! と言う音と共に車が揺れた。私達は前につんのめり、反動で後ろに引っ張られる。背中が痛い……


「このスピードに追い付けるのか……!? 一体どうやって……何だ、あれは……炎……!? これは、まずい!」

 ネムが車の速度を落としつつ、方向を変える。脇に逸れようとしている。

 私が後ろを見ると、炎に包まれた車が私達の車に体当たりしてくるのが見えた。再び車が揺れ、私達も揺れる。

「ぐっ! あれに乗っているのか!? 何て奴だ!」

 炎に包まれた車は私達に体当たりを続ける。私は体が何度も打ち付けられ、痛みが全身を襲った。ひどい……くやしい……ゆるせない……なんて……ひどいの……

 ふっ、と体が宙に浮いたような感覚。

 その次にはもっとひどい痛みが走って、目の前が真っ暗になった。


 私は床に倒れていた。でも床じゃなかった。車のドアの部分にDDと一緒に横になっていた。この車が横転しているんだ。体のあちこちが痛い。シートベルトが外れている。たぶん少し前に気が付いて、シートベルトを外した。そして下に落ちてまた気を失ったのかな……

「DD、大丈夫?」

「う、うーん……」

 私はDDを支えて起こす。出るなら、上か。ドアを開けないと……

 そう思った時ドアが開いた。自動でスライドするタイプだったのか、スムーズに動いた。そこからネムの姿が見えた。

「大丈夫か!?」

「うん。大丈夫……ネム、酷い怪我……」

 顔のあちこちから血が出ている。きっと体にも傷があるはず。なんてこと……

「ああ、大丈夫さ。とにかく出よう。まずは、DDからだ。俺の手を取れるか?」

 私はDDを支えて、ネムの手を取らせる。そして下から押し上げて車の外に出した。ネムが彼女を支えて地面に下ろす。

「そこに座っていてくれ。すぐにアッシュを出して、ここから離れる。いいか?」

「う、うん。大丈夫」

 私は自分で立った。足が痛い。でも、立てる。私は、自分で出られる。掴まれる所を探し、自分で体を車から出した。ネムが私を見た。

「アッシュ、大丈夫か? 痛くないか?」

「大丈夫よ。それにネムが一人で大丈夫って言ってくれたじゃない」

「そうだったな。お前はもう――」

 ネムの姿が消えた。

 何かがネムに向かって飛んできた。それをぶつけられたネムが吹き飛ばされてしまったんだ。

「ネム!」

 私は叫ぶ。ネムは10mほど先で倒れていた。体を起こそうとしている。私は彼の傍に行こうと車から飛び降りる。地面に着いたと思ったら首が上に引っ張られて、また地面から離れた。

「金髪……碧眼……白い肌……なるほど、お前がアッシュ・アースバウンドか」

 私の名前……ネムから貰った……なんで、知っている……?


 私は首を掴まれていた。声の方を見ると恐ろしい顔が目に入った。顔の半分が焼けただれ、そこから骨が見えている。でも、それは骨じゃない。鉄の……骨……?

「お前の治療の成果で私達は強くなった。それは事実。だから恩はしっかり仇で返すわ。倍の倍の倍返しでね」

 その女は私を投げた。地面に倒れ、痛みに悶える。立ち上がれない。どうにか動こうとしていたら、顔を足で踏まれた。

「良い恰好ね。その名の通り、地面に伏せたまま灰になりなさい……」

 力が強まって顔が押しつぶされそう。すごく痛い。痛いよ……


 涙で視界が歪む中、何かが見えた。白い蜘蛛……


「痛いか?」

 すごく痛い。


「苦しいか?」

 すごく苦しい。


「悔しいか?」

 すごく悔しい。


「その女が憎いか?」

 すごく憎い。


「その女を殺したいか?」

 殺してやりたい。


「そのための力が欲しいか?」

 欲しい。すごく欲しい。


「ならば望め。そして求めろ。そして動け。お前にはその力がある。あとは……」

 それから、私は体に熱いものを感じた。それが大きくさらに熱くなる。そのままこの女を燃やし尽くすことを考えて……


Alicia :

 何だ? この感じ……足が熱い……押し返される……?

 馬鹿な!? 私が? あり得ない。だが、足に力を込めても、跳ね返される。

 私の『力』を込めても、跳ね返される。まさか、こいつも……?

 だったら、尚の事、燃やし尽くさないとね。


 私は『剣』を抜き、彼女に突き立てようと腕に力を込めた。

 振り下ろそうとしたとき、何かが私に当たった。


 気が付くと、私は夜空を見ていた。


NEM :

 アッシュを殺そうとしている者に、『力』を使って大きめの石を投げつけた。そいつは後ろに吹き飛び、倒れている。俺はアッシュに駆け寄って抱きしめた。そのままありったけの『力』を流し込む。死なないでくれ。頼む。

 俺は、その場から少し離れたところに彼女を寝かせる。それからDDを強引に引っ張ってその場に座らせた。

「無茶は承知だ。でも、お前にしか頼めない。アッシュを頼む。死なせないでくれ」

 そう言って返事も聞かずに追跡者の許へ走っていく。あいつも体を起こしたところだ。

「きさま……よくも……!」

 怒りの形相を見せる女。だが、顔が半分機械だ。いや……まさか……こいつは……

 そいつは『剣』を持っている。間違いない。俺と同じ『力』の持ち主。そして自分専用の『剣』を作った。ブラッケンドの仲間だ。それはいい。よくないが、今気になっているのはそこじゃない。

 『剣』で斬りかかって来た。俺の『剣』で受ける。お互いに『力』を振るってのつばぜり合い。顔が近くに来た。

「お前は、全部機械なのか?」

「そうよ。マスターがゼロから作り出した新しい人間。お前なんかに負けるわけがない……!」

 体から炎が湧き立っているのが見える。幻覚ではない本物の炎。

「炎を生み出せるのか……相当な負担だろうな……無茶は早死にへ繋がるぞ……!」

「この技を生み出したのは……お前だろう……! 中途半端で投げ出した者に……とやかく……言われる……筋合いはない……!」

 俺達は弾かれたように離れた。

 そう、確かに俺だ。負担が大きいだけが理由じゃない。俺は風の力とそれが生み出す衝撃なんかに惹かれて行った。その方が使いやすくて気分が良かった。それを望んだんだ。

 あいつの体の弱点が見えた。こんなことは、あってはいけないんだ。

 お前は酷い奴だよ。ブラッケンド。

 俺は『力』を周りの空間に向ける……


「息が上がってるぞ。機械の体にしては妙だよな……?」

 俺は『剣』を構えたまま言った。

「ちょっと、エネルギー不足なだけよ……ふっ……ふぅっ……このっ」

 さっきと比べて動きが緩慢だ。俺は彼女の『剣』を払い、心臓の辺りに『力』で衝撃を打ち込む。

 彼女は後ろに吹き飛び倒れた。胸の辺りから火花と炎が出ている。

「がっ……がはっ……ぐぅっ」


 その女は這いつくばって俺から離れる。そのまま腹ばいで進み、やがて立ち上がる。ふらふらとよろめきながら、俺の視界から消えていった。


 俺は『剣』を納めて、その場に倒れた。

 そのまま黒い闇に落ちていく……

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