第27話 誓いと凶器(6)
「疲れたでしょう。おなかはすいていませんか?」
眼鏡の奥の目を細めたまま、落ち着いた声音でそう問いかけてくる叔父。
穏やかで、物腰柔らかで、そしてお人好し。
目の前にいる叔父は、普段と何ら変わらない。変わらないその姿で、僕の目の前に立っている。
「あ、いや……まかないを食べてきたんで、大丈夫です」
「そうですか。バイト先は個人経営の飲食店でしたよね? 店主は優しい方ですか?」
「え……っと、はい。学校優先でシフトを組んでくれますし、おまけにいつも豪華なまかないをいただいていて……」
「それは安心しました。今日はお客さん、多かったんですか?」
「そ、うですね。やっぱり休みの日なんで……。でも、通常の週末と変わらないくらいの人数だったと、思います」
「すごいですね。きっとお店の方もお兄さんのような人に働いてもらって、大助かりだと思いますよ」
うんうんと相槌を打ちながら、まるで自分のことのように嬉しそうにほほ笑む叔父。
一方で僕はというと、例えば今日あったことを誰かに報告して、しかもそれに対して笑顔で反応が返ってくるという慣れない状況に内心ひどく落ち着かない気分だった。
叔父と会話をしていると、なんというか居たたまれなくなることがよくある。
体の芯からむず痒さが襲ってきて、その場からいっそ逃げ出したくなってしまうのだ。
それ故に、僕は今も叔父のよく分からない無条件の肯定ともとれる発言にどう反応していいのか、視線をさ迷わせることしかできない。
なおかつ最近の叔父は特にこんな調子で、正直なところ対応に困ってしまう。
「い、いえ……所詮、高校生のアルバイトですから……」
尻すぼみになる言葉。自分で言うのもなんだか、ひどく情けない。
僕はここで、そういえば、とバイト先で妹へのお土産にと料理の残りを持たされていたことを思い出し、叔父の視線から逃れるようにいそいそと台所へ向かった。
「こういうの」は、本当に慣れていないのだ。
正直なところやめてほしいという思いもある。
まあ、僕がこうやって会話を終了させた時点で叔父はその辺りの僕の心境を悟り、これ以上執拗に一連の話題を続行することもないだろう。
叔父と僕らとの距離感は、昔からそういうふうにできているのだから。
僕は店の料理の入ったタッパー片手に冷蔵庫を開け、空きスペースの目立つその中へタッパーを適当に突っ込んだ。
冷蔵庫の中身を確認しながら、来週の前半あたりでまた買い物に行かなければ、とふわりと算段を立て――そこでふと違和感を覚えて、何気なく後ろを振り返った。
目が、合った。
叔父は先程と同じ立ち位置で、しかし依然として僕の方をじっと見つめていた。
何を言うでもなく。
何をするでもなく。
叔父の視線は、ただただまっすぐに僕を捉えていた。
「え……っと、バイト先でもらったんです。妹の分って」
とりあえず、先程のタッパーの説明をしてみる。
なぜか掠れる声。
開きっぱなしの冷蔵庫から漏れ出してくる冷気が、ツーッと首筋をなでる。
そしてそんな僕に対して、叔父は。
「そうですか」
それだけ言って、先程までと同じように笑顔で首肯した。
それは普段と何一つ変わらない、どこまでも穏やかな表情だ。
――それなのに。
なぜだかその眼鏡の奥にある瞳から一寸たりとも目を逸らすことができない。
今ここで目を逸らすという、たったそれだけの行為が、僕にはとてつもない自殺行為のように思われてならなかった。
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