EP4:時計の中の記憶

「うわぁ!」


 直撃は避けたが余波で吹き飛ばされるエクス。レイナは顔目掛けて飛んでくる砂利を手で防ぎ、時計に語り掛ける。


「どうしてあなたは泣いているの!」


 時計の文字盤がレイナをじっと見つめている。時計の振り子はもう動いておらず、針も十一時五分から進んでいなかった。


「ご主人様が……」


 レイナの頭の中にだけ時計の嘆く声が聞こえる。レイナを見つめたまま、体勢を整え飛び込んでくる時計。


「レイナ! 危ない!」


 エクスは自分の体ごとレイナに飛びかかる。時計の攻撃を何とか避け、その場に倒れこむ二人。立ち上がる時計だがその後ろ姿はまるで泣いているようだった。なにかを思い出し、嘆き、破壊しようとしている。


「もう居ない。九十年も共に歩んで来たのに……。人の命はどうして……どうしてこうも儚いのだ。あの人の居ない世界等、あの人が死んでしまうような世界等もう……もう必要ない。……あの人との思い出の上に時を刻む事など、私には……私にはできん……」


「なっ! なにを言っているのよ!」


「レイナ!?」


 時計の声が聞こえないエクスはなにかに反応するレイナに驚いていた。


「そんな事であなたの想う人が本当に喜んでくれるとでも思っているの! 自分の為に立ち止まってくれてありがとうとでも言ってもらえると思ってるの! 自分がいなくなっても後ろを振り返らないで前を向いてしっかり歩きなさいって言うのが本当の……本当の仲間でしょ!! 憎しみや怒りに囚われているあなたを見て辛い思いをしてる人がいるの! だからもうやめて!」


「レイナ……」


「黙れ。お前に私の何が解る」


「姉御って呼ぶくせに昔の失敗を未だに掘り起こされたり、ポンコツ姫でよかったって言って貰えたり、何でもない事を物知りだと褒めてくれたり……解らないでしょうね。そうやってずっと同じ場所で塞ぎ込んで泣いているだけのあなたには解りっこないわよ!」


「黙れぇえええええええええええええええええ!!」


−−ゴォーン、ゴォーン……ゴゥオオオオオオオオオオオオオオオオン!−−


 二十四回鳴り終えた時計は文字盤から煙を出し、体の色を真っ赤に変えてこちらにのしのし歩み、向かってくる。


「戦うしかないのね。……言ったそばからなかなかの向かい風ね」


「来るよ! レイナ!」







「私にかかれば容易い事です」


 壊れた時計をいつも持ち歩く工具で器用に修理するシェイン。


「そんなもん直してどうするんだ」


「別に。壊れたものを見ると動くようにさせたくなる衝動にかられるんです。……ムフフ。ただの趣味ですよ」


「そ、そうか」


 若干引き気味のタオ。倒れていた時計を立て直し、時計の中をゴソゴソするシェイン。


「あとはここのネジを巻けば。……ほら、キタ……キタですよ!」


 カチッという音と共にあの音が宿内に響き渡る。


−−ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン−−






「なんて力なのかしら」


「集まってくるヴィランまで今までのやつとは桁違いだ」


 暴走する時計にまだ一撃も加えられない、エクスとレイナ。それどころか抗戦する一方だった。


「前を向いて歩くが故に、誰もご主人様を思い出す事をしなくなった。私が立ち止まらなくて誰が立ち止まる!!」


 ヴィランが一斉にレイナとエクスに飛びかかろうと空中を舞ってこっちに来る。その時だった。なにかがレイナ達の前に現れ、ヴィランの動きを封じた。


「探したぜ! お嬢!」


「姉御! 途中で休憩でもしてたんですか!」


 タオとシェインだった。時計の想いが増幅している間に十一時五分の鐘の音を聞いた事とネジを巻いた事でレイナらがいる世界に引き込まれたようだ。


「つり橋は落としたはずだが。そうか……本体を治したんだな。想区の仕組みを理解したのか偶然なのか……どちらにせよ厄介なやつらだ。……そこで立ち止まっていればよかったものを!!」


 時計は地面をなぎ払う。もの凄いスピードで土と大きな石が飛んでくる。


「おおっと! そうはいかねぇぜ!」


「姉御にはまた水を汲んできてもらわないと!」


 導きの栞の力で攻撃を防ぐ、タオとシェイン。


「そうそう! 今度はたらふく飲ませてくれよな!」


「っさいわね」


 目の前で飛んでくる土砂を防ぐタオらの背中を嬉しそうに見つめるレイナ。


「あははは」


 エクスもそんな表情をするレイナを見て、嬉しそうだ。


「行くわよ。みんな!」









−−ゴゥオオオオオオオオン−−


「終わったのか?」


 玄関の入り口にまで飛ばされた時計。まだ動いてはいるがもはや反撃してくるほど力は残ってなさそうだ。


 レイナは優しい眼差しで時計を見つめていた。


「お前達が空白の書の持ち主だという事はお前達がつり橋に足を出した時から分かっていた。私は見てみたかった。空白の書を持つものがどんなものなのか……私に与えられた運命の書はここであの人を見守ることしかできないものだった。モノの私になぜ運命の書が宿ったのかは自分でもわからんが自分で運命を選択できるお前達がそれにふさわしいものなのかどうか確かめたかったのだ。……ふっ、分かりやすく言うなら嫉妬だ」


「で、答えはでた?」


「お前を見ていて解る。それはそれで悲しい事でもあるのだと……なぜお前たちが空白の書を持ってこの世界に生まれてきたのか。なんとなくだが解ったような気もする……これからここがどうなっていくのか、もうしばらく見守ることにするよ」


「ええ」


「ありがとう」


 悲しげに鞄から本を取り出すレイナ。周囲が緑がかった光に包まれ出す。


「混沌の渦に呑まれし語り部よ。我の言の葉によりて、此処に調律を開始せし」


 禍々しい時計の姿が元の姿に戻っていく。宿の白い側壁、綺麗な窓、美しい装飾はその姿を本来の時の姿へと変えていった。



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