EP3:過去と現在の狭間
「もう少しだ! 頑張れ!」
「さすがに少し疲れました」
タオとシェインは谷の上流で新たなつり橋を見つけ出し渡った。上流へ来た分、今度は下流を目指し沈黙の霧の中を崩れたつり橋のあたりを目指し歩き続けていた。しんどそうに歩くシェインを見てタオは鼻からふっと息を吐く。
「そうだな。少し休むか」
その辺で拾った枝で火を焚き、かなり遅い食事を取る。
「向こうはちゃんと食えてんのかね」
「まだ逸れて一日も経っていません。昨日こしらえたパンでもかじっていますよ」
「そうだといいがな」
「はぁああああ! お腹空いたぁあああ!」
レイナは食堂の椅子の背もたれに全体重を掛け、天井に向かって言い放つ。過去をさまよっているせいか食堂の机や椅子は初めて来たときと違い、真新しくなっていた。
「そうだね。もう少し持って来ればよかった」
乾いたパンと水以外、特に食料は持ち合わせていなかった二人。
「もう我慢できない! 何かないか探してくる!」
「勝手に触ったりして大丈夫なのかな。……待って! 僕も行くよ!」
誰もいない宿を二人で探索する。次の十一時五分まで時間もある。
「それにしても広いわね。長い廊下」
「やっぱりキッチンかな」
食堂をでて左側突き当たりはキッチンになっていた。
「あ、なんだ。食堂と繋がってるじゃない。さっき私たちがいたテーブルが見えるわ」
それにはエクスは食堂にいる時点で気が付いていた。たぶんあの扉の無い、奥の部屋はキッチンなのだろうなと。しれっとキッチンに誘導したのも実はエクスだったりする。エクスはひそかにさすが水汲み二時間の偉業を成すだけの事はあると思っていた。
「なによ。その目は」
「えっ! なっ! なんでも無いよ! あ、あの台車。ドームカバーがたくさんある。あの下に料理とかあったりして」
「ドームカバー?」
「ほら、あれだよ。銀色のドームの形した料理を隠すための」
「ああ、クロッシュの事ね。隠す為じゃなくって保温の為に使うのよ。まぁお客様への演出という意味では隠すというのも答えになるかしら。……開けてみましょう」
今度は真面目にさすが元王女なだけの事はある。そうエクスはひそかに思った。
「だからなによ。その目は」
「いやっ! 時計のネジもそうだけど物知りだなと思ってさ」
「こんなの知ってたって何の役にも立たないわよ」
と言いながらもどこか誇らしげなレイナだった。
「あ、あるよ! レイナ! 見た目はすっごく美味しそうだけど……食べて大丈夫かな。きっと、鐘の音で遡った過去で作られたものだね。鐘の音が止んで人だけが消えたってことかな……ってええ!」
すでにがっついているレイナ。
「おいひー! どこからか、ほんのり匂いはしてたのよ。これだったのね! こんなの何日ぶりかしら」
タオの心配をよそに普段たべられないようなご馳走に有り付く二人だった。
「もうそろそろのはずだな」
タオとシェインは少し仮眠を取り、エクスらがいたであろう落ちた吊り橋の辺りまで辿り着いた。
「ありました。タオ兄」
切断されたつり橋の一部を見つけるシェイン。
「こりゃ、ヴィランの仕業だな」
「でも不思議です。姉御たちの足跡があるので無事だと思うんですが、森の方を向いた足跡を最後にここで消えています」
「行ってみなきゃわかんねぇって事だな」
足跡が向いたその方向へ足を進めるタオ達。しばらくすると茂みの中に建物を発見する。
「なにかあるぞ」
「なんでしょう。ぼろぼろです」
そこにあったのは今にも崩れそうなの宿の姿があった。ボロボロの建物の正面に足を進めようとするとシェインの足にコツンとなにか当たる。
「なんだそりゃ」
「ん? ただのお酒の瓶ですね」
「こんなとこにお嬢達はきたってのか。なんもねぇってのに」
おそるおそる開いたままの玄関に足を踏み入れると床は撓み、今にも抜けそうなほどに腐っている。
「お嬢ー!」
ホコリが落ちる音以外なにもしない。人の気配ももちろん無い。
「うおっと! あぶねぇ。なんだこりゃ棺桶か? ガラスが飛び散ってやがる。なにか書いてるぞ。親愛なる……途中が消えちまって。ジェン……ズ。名前だろうが消えてて読めん。シェイン手伝ってくれ」
「いきますよ。せーの」
−−ゴゥーゥツ、ゴゴン−−
ひっくりかえすとそれは大きな時計だった。ガラスは時計の扉のものだった。時刻を知らせるはずの鐘がひっくりかえした衝撃で歪に鳴く。
「なんだ。時計じゃねぇか。ったく。ビビらせるんじゃねぇよ」
「十一時五分で止まっちゃってます」
「どこいっちまったんだ。お嬢たちは……」
「疲れてるのかしら、私。今、タオの声が聞こえた気がした」
「次の鐘で二十四回鳴るはずだ。頑張ろう」
玄関の階段のところに疲れた表情で座り込むエクスとレイナ。
「ええ。回を重ねるごとにヴィランが強くなってきている気がするのだけれど気のせいかしら。時計が放つカオステラーの気配も強くなってる」
「それは僕も思ってた。大型のヴィランの数が増えてきている」
「私たち、本当に帰ることができるのかしら。この想区から出られたとして元いた世界なのかしら」
遠い目をしながらレイナは弱気な言葉を言う。
「なにを言ってるんだよ。帰れるに決まってるだろ」
少し怒っているかのようにも思えたエクスの言葉。レイナはエクスを驚いた表情で一度見つめ、また遠い目で庭を見つめ話し出す。
「お気楽も度を越すと長所になるのね。ありがとう。……私ね、過去に戻る事ができたらどんなにいいだろうって旅に出た頃はそんな事ばかり考えてた。叶うなら、私の両親にもう一度会いたいって。……でも叶わないんだよね。そういう風にこの世界はできてるんだもの。そんな事を望んでた私は力さえあれば、カオステラーと同じように自分の思い描いた世界に書き換えていたかもしれない。でも、タオやシェイン、エクス、あなた達に出会えた事も私の人生でとても大切なもの。それは前を向いて、歩いていたからなんだよね」
エクスは顔を伏せ、細々と声を震わせながら話す。
「今まで黙ってたけど、レイナがカオステラーの気配を感じた時にする表情。なんていうか、見てて……見ててとても辛いんだ。……っ。……昔の事は知らないっ。……知らないけど、……憎しみや怒りに囚われないで。……お願いだから」
顔が見えないように下を向き、息を殺して話すエクスだが泣いている事はレイナは見なくてもわかった。エクスをあえて見ようとせず、悲しそうな表情のレイナ。
「ごめんなさい」
呼吸を整え、湧き出る感情を押し殺すとエクスはいつもの表情で言う。
「いや、僕のほうこそ。偉そうな事言ってしまって、ごめん」
玄関の中をレイナは見ると立ち上がり、いつものようにお尻についた土埃をパンパンと叩いて払う。
「さぁ、おでましの時間よ! 過去に束縛されてる暇はないのよ。私たちは前にいかなきゃならない。たとえ向かい風でもね!」
−−ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン−−
目を数回こすり、嬉しそうな表情のエクス。
「そうこなくっちゃ」
−−ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン−−
鐘の音と共に人の姿が現れ出す。今までは宿に泊まりに来たお客達が断片的に現れていた様子だったが今回は様子が違う。皆、喪服の衣装でだれかを弔っている。
「レイナ! もうすぐ二十四回目だっ!」
−−ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン−−
「これは一体なんなの」
玄関の中のなにかの気配に気がついたのはエクスだった。
「レイナ! 時計が! 時計が動いてる!」
「動いてるって、ずっと動いてたじゃ…」
振り返ってレイナは驚いた。今まで変異はするもののその場から動かなかった時計が自らの足でこちらに向かってこようとしている。
「ぐうぉおおおおおおおおおおおおん!!」
肌にビリビリと音がぶつかってくる。レイナはその中に混じる感情が伝わってきた。
「時計が嘆いてる?」
次の瞬間、エクスら目掛けて猛スピードで飛び込んでくる時計。
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