EP2:時を愛でるもの

「だいぶ谷も狭くなってきましたね」


 シェインとタオは谷に沿って上流へ歩いていた。一刻でも早く谷の向こうへ行かなければならない。実はレイナを守るという使命がこの二人にはあるのだ。


「迂闊だった。お嬢は大丈夫かね」


「タオ兄のくせに弱気とは驚きです」


「くせには余計だ」


 ふと明かりのついた家のようなものが見えた。歩いて近づくと小さな集落になっており、夕飯時なせいか家から湯気と美味しい匂いが漂っていた。


「くぅ、腹減ったぜぇ」


 家の外で風呂を沸かしているのか薪をくべているものがいた。


「とーちゃん、もうちっと熱くしてくれよ」


「ああ。任せろ。もう少し辛抱してくれ」


 話しかけるタオ。


「すまねぇ。怪しいもんじゃない。一つ教えて欲しいんだが谷の向こうへ行く橋はここから上流にはないのか?」


「ん? ああ、あるよ。そんな遠い距離でも無い。俺たち住民でかけた橋だ」


「そうか、わかった。ありがとよ」


 立ち去ろうとするタオとシェインに住民は何か言いたそうな表情をしていた。


「ん? 何だ?」


なにかを言いかけるが飲み込む住人。


「なにか言いたい事があるんじゃないのか?」


「あ、いや。すまん。向こうに行くやつなんて今じゃ見ないもんでな。……ちょっといいか? 出会ったばかりのあんた達にこんな事を話すのも変かもしれんが、もう会うこともないだろうあんた達だからこそ話せる話ってのもあるんだ。笑わないで聞いてくれ」


「ああ」


「……昼間見ただろうが向こうは変な霧がかかっている。今までこんなことはなかったんだ。すごい雷雨の日があってそれ以降、ずっとあの霧はあの町を隠してる」


「ああ」


「俺の兄貴はさっき言った橋をかける時、もう少しで完成って時に谷の向こう側で事故で死んじまったんだ。それは俺がまだこんなガキの頃の話だ。だが今でも兄貴の顔くらいはっきり覚えてる。ついこの間だ。あれは昼前だったが薪を拾いに谷沿いを俺たちが作った橋の近くまで歩いていたんだ。珍しく少し霧が晴れたと思って向こう側を見たら……向こう側を見たら、兄貴が、兄貴が立ってんだよ! あの頃のままの姿の兄貴が! こっちをただ見てた。しばらくもしねぇうちに霧で見えなくなっちまったが……不気味だった」


 半信半疑ながらも少し冷や汗をかいているシェインが聞く。


「み……見間違いじゃないのですか」


「いや、見間違いじゃねぇ。間違いねぇんだ。しかもこれは俺だけじゃなく他にそういう奴が何人もいる。みんな馬鹿にされて終わりさ。俺もこの事を誰かに聞いてもらいたかったが狭い村だ。俺には子供もいる。変な噂でも流されちゃかなわんからな」


 シェインがもじもじしている。


「きょ……今日はやめておきましょう! 明朝、出発というこ……」


「あんた、どうかしたの? もめごと?」


 住民の家族が心配そうに表に出てきた。


「いや、なんでも無い。……とにかくあんたらが向こうに何をしに行くのか知らねぇが気をつけてくれ」


「ああ。わかったよ。話してくれて感謝するぜ」


 一度下ろしたカバンを肩にかけ直すとタオはまた上流を目指し歩き出した。


「今動けば明朝には向こう側についてるだろ! 俺は行くぜ! 幽霊だろうがなんだろうがかかってこいってんだ。テンション上がってきたぜ!」


「タオ兄!」


「なんだ! 強気なタオ兄だぜ! 嬉しいか!」


「弱気なタオ兄に戻って!」


 顔面からこけるタオ。





「ふぅ。大方片付いたわね」


 エクスとレイナは宿の前に集まったヴィランたちをなんとか蹴散らすことができた。だが導きの栞の力も大分使ってしまった。疲れた様子で玄関の柱にもたれかかる二人。


「ほら、なんとかなったでしょ」


「ギリッギリだったどね」


「そうだ。時計は!」


 玄関の奥を見ると時計は元の姿に戻っていた。恐る恐る近づいても何か起きる様子もなく、同じリズムを刻んでいる。時刻はもう零時を超えていた。


−−チックッ、タックッ、チックッ、タックッ−−


 さっきまでいた大勢の人影もいつの間にか消え去っていた。


「一体、何なの。確かに時計が変異していた。でもモノがカオステラーになるなんて事……風車の時と同じとでもいうのかしら」


「まるで叫んでいるみたいだった。声のような音」


 戦闘も疲れも有り、食堂の隅で周囲に気を配りながらではあるが二人は寝てしまった。





 思いの他、二人は熟睡してしまっていたようで太陽の光が食堂の窓から差し込み二人の顔を照らし出す。


「うーん。ふぁああ」


 伸びをしながら目をこするレイナ。なにかに気付く。


「エクス! 起きて! 起きてってば!」


「うん? ……おはよう。レイナ」


「何呑気なこと言ってんのよ。ほら見て! あれ!」


 窓から見えたのは昨日現れた人たちが飲んでいたお酒の瓶。針金でできた虫籠が転がっている。


 時計を見ると時刻は十時を指していた。


「昨日からあったのかな。これ」


 二人は何が起きているのか理解できなかった。


「何で。昨日レイナも見たよね」


「思い切って言うけど、幽霊?……とか」


「うーん、どちらかというと僕たちがあの人達の世界に紛れ込んだような……まっ、まさか」


 次の瞬間、エクスは走り出した。


「エクス!」


 つり橋のあった場所までエクスは走り続けた。それを追いかけるレイナ。


「待ってよ! エクス! ……どうしちゃったのよ。 はぁはぁ」


 膝に手をつき、走り疲れた様子のレイナ。


「レイナ。見てよ、これ」


 レイナが上がった息を整え、体を起こすとそこには昨日確かに落ちて無くなったはずのつり橋がかかっていた。だがまだ真新しく、完成していない。途中で途切れており、建設途中の看板まで刺さっている。


「昨日確かに」


「僕たちはきっとこの想区に閉じこめられてしまったんだよ」


 レイナはエクスの言葉に確信を得たかのような話し出した。


「私も昨日、寝る前にいろいろ思い出してみたの。そしたら、時を司る想区というものを知人の魔女から昔に聞いたのを思い出したの。そこには決められた場所決められた時間にだけ入ることができるって。あとそこでは二十四回鳴る鐘の音を聞いたものだけが想区から出ることができるって」


 エクスはしばらく俯き考え、何かを一生懸命思い出している。


「昨日の昼間、ヴィランに襲われたあの時に僕たちがつり橋で聞いたあのゴォーンって音。確か三回だったよね。そして昨日、晩に鳴ったのは六回だ。昼間もあれは確か十一時頃だ。きっと同じ時間、十一時五分に鐘が鳴ってる」


「そして三回ずつ増えてる」


「もしここがその魔女の友達が言う場所だったとしたら……二十四回。 ……計算するとあと六回、十一時五分を待たなきゃいけないってことだ。あの時計がカオステラーだとして二十四回目で何が起きるっていうんだ」


「それは私にも分からないわ。様子を見ましょう。ただわかった事は近いうちに私はあの時計を調律しなければならないかもしれないという事」




 エクスとレイナは宿まで戻った。玄関の時計を確認する。


「特に変化はないね」


「そうだ!」


 時計の扉を開け、その中をゴソゴソするレイナ。


「ふぅ。これでよし。ちょっと確かめたいことがあるのよ……もうそろそろね」


 周りを見渡すレイナ。


「まだかしら」


 その時だった。


−−ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン−−


「十一時五分。あとは鐘の回数ね」


−−ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン−−


 レイナが時計を見上げている。歪な外観に姿を変えていく時計。鐘を鳴らす間だけ、変異しているようだ。


「くそ! またか!」


 また鐘の音と共に人影が現れ、他愛もない事を話し出す。


「久しぶりの休暇なんだ、今日くらいゆっくりさせてくれよ」


−−ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン−−


「クルルルァアアアアアアアア!!」


 こっちに向かってぞろぞろとヴィランが押し寄せる。エクスとレイナは宿から飛び出しヴィラン達と戦うことにした。




 エクスとレイナはへとへとになりながらも、ヴィランを蹴散らした。


「ふぅ。どれだけ出てくるんだ」


「ん? あれ見て、レイナ。あのポスト、新聞がささってる。さっきまでなかったのに」


「そのかわりに朝見たお酒の瓶と虫籠がないわね」


「いつのかわからないけど見てみよう」


 ポストから新聞を抜き取り開くエクス。傍からレイナも覗き込む。


「百年以上も前の日付ね」


「そんな! ここは過去なのか」


「エクス。わかったわ。私、考えてたの。鐘の数が増える理由。時計のネジよ」


「ネジ?」


「昨日の昼。鐘は三回だったのに晩に六回に変わっていた。私たちが手を加えた事といえば……」


「つまりネジを巻かないと鐘の音の数は増えないってこと?」


「たぶん……だけどね。しかも巻いた分だけ過去へ戻っている。お酒の瓶の製造年月日は二十年前のものだったけど、さっきこの時計のネジをめいっぱい巻いたの。新聞を見る限り、その分遡っている」


 一度に二十四回の鐘が鳴るその時まで十一時五分、午前と午後、鐘が鳴る前にネジを巻く。そして鐘が鳴る度に現れる大量のヴィランを倒さなければならない。それがこの想区を抜け出る唯一の方法のようだ。

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