#5 Doom And Gloom PART1

 オーディリア州の州都オルデンヒル。その市街地の中枢とも言える官庁街――1番ストリートの外れの工事現場は、騒然としていた。

オルデンヒルでは初の大規模なショッピングモールとなる、ノースメガモールの建設予定地に現れた、大きな坑道。それはよくある、帝国時代の“遺物”のひとつだった、戦争後に山のように築き上げた残骸を埋め立て、新しい町並みを作り始めてから20年ほどの間、こういった物は珍しくなかったと言えた。工事現場から当時の構造物が出てくる事はよくある事だった。

 だが、現場の作業員たち……下働きのオークやドワーフたちは、その穴から流れ出る異様な空気に畏怖し、入る事を躊躇ったのだ。現場の作業員の1人が、意を決して踏み込んだが、中の暗さと、その闇の奥にある何かを見て、半狂乱になって戻ってきただけだった。

 坑道が発見されて1時間後、得体の知れない坑道が現れたとの通報を受けて、オルデンヒル市警察のパトカーが現場へと急行した。


 パトカーから降りたオルデンヒル市警察の巡査であるキースとランバートは、異様な光景を目にしていた。何の変哲も無い工事現場ではあったが、ブルドーザー、ダンプカー、パワーショベルと言った重機が、地面にぽっかりと露出した坑道の入り口を取り囲むように配置され、作業着に身を包んだオークやドワーフたちが、ツルハシやスコップを構えながら、その坑道を見張っていた。

 何をしているんだと呆れるキースだったが、ランバートの元に現場の作業監督と思しき男が急いで走ってきた。

「市警察の方ですか?」

 息を切らしながら尋ねてくる男を前に、ランバートは「そうですが」と答えた。

「ああ、よかった。我々では対応できない問題が発生しまして」

「何があったんですか?」

 ランバートの問いに、現場監督の男は説明を始めた。

「地面を掘っていたら坑道が出てきたんです、どうも、ドワーフやオークの連中が言うには、帝国時代に作られたようなもので……とにかく、何か危ない空気がするから、中に入りたくないと。連中は鼻が利きます、長いこと仕事をしているから解るのですが、この脅え方は尋常じゃないんです。何かあると大変なので、ひとまず先導をして欲しいのですが」

「それで代わりに我々が行けと?」

 ランバートが呟くが、キースがランバートを軽く睨み付けると、会話に割って入った。

「判りました、我々が調査しましょう。ついて来いランバート」

 腰から懐中電灯を取り出したキースを前に、ランバートは「了解です」と呟いてから、渋々了承した。


 坑道に入った2人は、ライトを照らしながら先へ進んでいった。

「……ランバート、お前で勝手に話を進めるな。まだ新入りだろ」

「はあ」

 不機嫌なキースの後を付いていきながら、ランバートは坑道を進んでいった。

 長らく地面にあった事と帝国時代に作られたらしいそれは、最低でも20年ほど時間が立っているにもかかわらず、つい昨日に掘られたように新しかった。帝国土着の技術で作られているとは言え、このような物が残っていることに、ランバートは感嘆さえしていた。

「特にここから先、問題がなけりゃ引き上げだ。後は市の管理局の連中が調べに来るだろう」

 キースは懐中電灯であたりを照らしながら呟いた。

「それにしても何ですかねここは……カタコンベか何かですか?」

「知るかよ……あぁ?」

 キースの靴底が、地面の何かを踏む。懐中電灯を足下に向けたキースはぎょっとした、そこにあったのは粉々に砕けた人間の骨だった。

 ごくりと生唾を飲み込むと、キースは腰のホルスターへ素早く手を伸ばした。市警察が採用している自動拳銃であるグロック17を引き抜いたキースは、素早くスライドを引いて初弾を薬室に装填した。ランバートも、地面に転がる骸に気がついたのか、反射的に腰からグロック17を引き抜いた。

「何だこりゃ……これ全部、死体なのか?」

 懐中電灯の光を地面に走らせるが、そこに照らし出されるのは、地面に転がる無数の白骨死体と、その死体の人数分だけある甲冑や剣や斧などの錆びた残骸だった。

「おい、ランバート。報告しておけ」

「は、はい」

 ランバートはキースに言われるがまま、肩に付けた無線機の通話スイッチを押した。

「S12から本部へ……本部応答願います」

 ランバートは無線に呼びかけ続けるが、無線は通じない。

「無線が通じません」

 ランバートの言葉を聞いたキースは、苛立たしく「じゃあ外に出て報告しろ!」と声を荒げる。ランバートは了解しましたと返事をしてから、踵を返して出口へと向かおうとした。

 毎度の事、言葉にトゲがあるキースに内心に苛立ちを隠せないランバートだったが、この薄気味悪い場所から出れる事を考えれば役得かもしれないと思う事にした。キースはランバートが足早に出口へ向かっていくのを見てから、少し後に自分も続こうとする。

 だが、その瞬間にキースの耳に微かな異音が入ってきた。

 カタカタと、乾いた硬い物が触れ合うような音が坑道の向こうから響く。キースはグロック17を構えると、懐中電灯でその音が鳴る方向を照らした。

「……誰だ、誰かいるのか!」

 大声を上げるが、反応は返ってこない。念の為に、うろ覚えの帝国語でも誰何するが、同じく反応は無かった。

「ランバート!こっちへ来い!何かが……」

 振り返り、ランバートを呼ぼうとした瞬間に、音が止まった。

「ひっ」

 恐る恐る正面を向いたキースは、言葉を失った。

 そこに立っていたのは、骸骨だった。いや、骸骨ではあるが、その手には剣が握られ、もう片手には盾が握られている。灰色の頭蓋骨には、帝国語と思しき文字が彫られていた。そして、その骸骨は、彼の目の前で動き始めた。

 心臓が止まりそうになったキースは、反射的にグロック17の引き金を引いた。乾いた破裂音が坑道内に響き渡り、発射された銃弾が目の前の骸骨兵に叩き込まれた。

 だが、9mm弾は骨と骨の隙間を通り抜け、地面に命中しただけだった。骸骨兵は、剣を振り上げてキースへと切りかかった。その一振りを、何とかよけたキースは足元の骨に足をとられ、無様にも尻餅をついた。懐中電灯が転がり落ち、剣を振り上げる骸骨が一瞬だけ照らされた瞬間、キースは絶叫しながらグロック17の引き金を立て続けに引き絞った。

「キースさん!」

 ランバートが銃声を聞いて駆けつけた瞬間、銃声とキースの悲鳴が止まった。

 懐中電灯の灯かりをキースの方向へ向けた瞬間、ランバートは思わず足を止めた。骸骨兵が、血のついた剣を何度も何度も、事切れたキースの体に突き刺している光景を目の当たりにし、ランバートは腰を抜かしそうになる。そして、その骸骨兵の背後から、さらに色々な「音」が聞こえている事に気がついた。

 獣の低い唸り声、無数の足音、そして骸骨兵の動く音――

 ランバートは、もうキースのことなど考えず、出口へ向かって走っていった。

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