#4 Exile on Main St. PART.4

 夕刻。沈みかけた夕焼けが夜空に飲み込まれかけようとしている頃、ガスとヘックスはオルデンヒル郊外の倉庫街に来ていた。

 道路を挟み、何軒か向こう側にある倉庫を一望できる建物の屋上に来ていた2人は、双眼鏡を片手に様子見をしていた。

 目標となる倉庫は一見して何の変哲もない倉庫ではあったが、灯りが落ちたほかの倉庫とは違い、電気の灯りが倉庫の窓から漏れていた。そればかりか、何台かの自動車も倉庫の隣に停車している。情報で言われていた麻薬組織の本拠地――麻薬製造施設だった。

「……ルタノの連中はまだか」

 ガスは少し苛立ちながら、腕時計に視線を落とした。

『連中はルーズだからな』

 ヘックスはいつもの様子だとあきらめていた。

 今回の仕事は、ルタノの構成員と合同で行う仕事だった。ファミリーが用意した兵隊の突入を援護するのが今回の仕事内容であるが、現段階でわかっている情報は限りなく少なく、何が起こるか予測はし辛かった。

 レイン曰く、構成員の素性までは割れなかったため、ルタノファミリーから「調合師を見つけたら極力、生きてつれて来い」との命令が下っていた。ガスとヘックスには理由は知る由もなかったが、概ねその察しは付いていた。ストリートを麻薬で汚されたルタノにとって、元締め以上に憎むべきは薬を作っているその張本人なのだ、恐らくはボスの前まで連れて来られて、口にするのもおぞましい内容の拷問を重ねられ、秘密裏に死体を処理させられるのだろう。決行までの時間は驚くほど早かった、この麻薬組織が抗争の準備をしているという情報屋からのタレコミがあったからだ。

 報酬は弾むとは言われているが、何が起こるかわからない以上、楽だと思った仕事が泥沼にはまり大事に発展する可能性も否定できないのだ。

 ヘックスはいつもの重武装だったが、ガスもまた何が起こるか解らないため、いつもの黒いBDUという仕事着に、さらに防弾ベストを着けて前の仕事でも使ったAA-12散弾銃を持つという重武装で挑む事になった。

 しばらくして、双眼鏡の中に一台の大型トラックが現れた。

 ガスの腰につけた携帯無線機から反応があり、ガスは携帯無線機を引っつかむと、通話ボタンを押して交信相手と二言ほど話をした。

『何だって?』

 ヘックスの問いに、ガスは答えた。

「連中が到着した」


 大型トラックが倉庫の前へ停車した途端、幌のついた荷台から、数体のオークたちが現れ始めた。

 屈強なオークたちの手には、大きな斧や剣、水平二連式の散弾銃や小銃などの武器が握られている。重火器こそ持っていないが、まさに凶器と言っても差し支えのない戦力だ。

「正面から攻めるには不利だな……」

 ガスは思った事を口にした。

『私もそう思うよ。ルタノの連中には悪いが、これは自殺行為だ』

 しかし、いくら百戦錬磨の屈強なオークと言えども銃弾には絶えられないだろう。拳銃の弾程度ならばどうにかなるだろうが、相手は突撃銃のような強力な武器を持ち出してくるとも限らない。

 ガスは双眼鏡を下ろすと、傍らに置いたAA-12を手に取った。

「こうなったら、一緒に突撃した方が良さそうだな」

『ガス、それは賢明な判断じゃないよ』

 ヘックスはガスを制すと、傍らに置いたガンケースから武器を取り出した。

 それは、狙撃銃だった。樹脂製のストックと金属製の機関部と銃身をくっ付けた自動小銃ベースの銃で、7.62mmNATO弾を使う武器――M14DMRだった。射撃を安定させるための二脚が付けられ、望遠鏡のようなスコープが取り付けられている。

 ただ、スコープには奇妙なことに覗く場所がどこにも無かった。

「何だ、これ」

『私のヘルメットのバイザーにはディスプレイ機能がある。こいつとヘルメットを接続すれば、自動的にスコープの映像が表示される。覗く必要はないんだ』

 ほう、と関心するガスを横目に、ヘックスは接続ケーブルをヘルメットの顎下にある端子に接続し、うつ伏せになって伏射の姿勢を取る。

『出来ればその双眼鏡で観測手を勤めて欲しいのだけれど』

「お、おう」

 ガスは改めて双眼鏡を手に取ると、覗きこんだ。

 覗いたまま無線機を腰のポーチから取り出したガスは、通話スイッチを押し込んだ。

「ガスだ、お前らまだ突入はするな」

 無線越しでオークたちに指示を飛ばす。オークたちは、そのままトラックの裏手に隠れ、待機する。

 倉庫の屋上に人影が現れる。突撃銃を持ったチンピラ風な男が数人ほど、迫り来るオークたちを撃ち殺そうとしている。

「……倉庫の屋上にいる、見えるか?」

『見えた』

 ヘックスがM14の引き金を引き絞る。乾いた破裂音が炸裂し、ガスが覗いた双眼鏡の中で、200メートルほど先にいる男の頭頂部が、弾丸で砕かれる。

「上手いぞ、隣だ」

 ヘックスが立て続けに引き金を引き絞る。突然の銃声に崩れ落ちた男を前に、他のチンピラたちが慌てて突撃銃を周囲へ構え始めるが、立て続けに飛来する銃撃がチンピラたちの脳天や心臓をすばやく潰していった。

 オークたちが突入を開始しようとするが、扉はすべて厳重に封鎖されているのか、双眼鏡の中でオークたちがあかないドアに悪戦苦闘している姿が見えた。

「こうなったら俺が行く」

 ガスは立ち上がると、双眼鏡を置いてからAA-12を手に取ると、グリップを握った。

『蹴破るのか』

「俺が内側から空けるんだよ」

 ガスは、ヘックスの言葉を聞いてから首を横に振った。

 それから、ガスは屋上の縁に立つと、そのまま飛び降りた。2階ほどの高さがある建物の屋上から飛び降りたガスは、そのままどしん、アスファルトの地面へと着地した。

 並外れた身体能力を持つガスだからこそ出来る技だったが、この飛び降りは彼の驚異のほんの一部に過ぎなかった。

「ヘックス!もし屋上に変なヤツが現れたら援護しろ!」

 ガスは返事を待たずに駆け出すと、道路を横切り、近くの倉庫の屋外階段を伝い、屋上へと駆け巡った。

 すさまじい脚力で屋上を駆けたガスは、屋上の端で思い切り跳躍した。長身の体躯が、まるでロケットでも付けたかのように飛ぶと、向かい側の屋上へと着地する。速度を緩めず、走り続けたガスは同じように跳躍し、屋上を伝いながら目当ての倉庫へと向かっていく。

『……ニンジャか』

 ヘックスはぼそりと独り言を呟きながら、M14を構えなおした。

 倉庫の屋上に、AKを持ったチンピラが現れる。ヘックスはすかさず、その男の顔面に銃撃を叩き込んだ。

 あっという間に距離を詰めたガスが、最後の跳躍と共に、死体が転がる倉庫の屋上へと降り立った。


 屋上への出入り口を見つけると、ガスはすばやくAA-12を構えながら突入する。出入り口には、すでにヘックスの狙撃で倒された死体が転がっていたが、それを踏みつけて中に入ったガスは、降りる間際に屋上への階段を上ろうとしていたチンピラを発見する。すばやく引き金を引き絞り、12ゲージの散弾を顔面に浴びせて倒すが、次の瞬間、下の階へつながる出入り口のドアが閉められた。

 鍵をかける小さな音を聞き逃さなかったガスは、勢いを付けてドアへとタックルを仕掛けた。

 一瞬でドアを破ったガスは、そのまま床に転がりこむ。銃声が響き、ドアに幾多もの弾痕が穿たれるが、ガスは冷静にAA-12を構えて反撃に転じた。

 フルオートでばら撒かれた散弾が男の体を襤褸切れのように切り裂く。それと同時に、怒声と叫び声が、ガスが転がった廊下の向こう側――詰め所か事務所のような部屋から漏れ始める。

 危険を察知したガスは、すぐさま身を起こして廊下を駆け抜ける。階段を下りると、倉庫の1階部分へとたどり着いた。倉庫を見下ろせる二階の部屋の窓が叩き割られ、突撃銃の銃口が何個も顔を出した。

 ガスは真っ先に、倉庫の1階にあったコンテナの影へ隠れた。突撃銃の銃声が至る所で鳴り始め、放たれた弾丸が火花を散らしてコンテナに命中する。

「馬鹿野郎!ヤツごと撃ち殺すつもりか!!」

 銃声をかき消す程のひときわ大きな罵声が上から聞こえ、すっ、と銃声が止む。

 ガスはそのタイミングを見計らって、倉庫の壁までたどり着くと、赤いボタン――正面の搬入口の開閉ボタンを握りこぶしで押し込んだ。

 モーター音と共に、大きな搬入扉が上へとあがっていく。そして、ついにオークたちの軍団が殺到を始めた。

 地鳴りのような大きな叫び声を上げたオークたちが突入した途端、ついに銃撃が再開された。ガスはコンテナに素早く身を隠すが、オーク達は間に合わず何匹かが突撃銃の弾丸で蜂の巣にされた。それでも、銃撃を生き延びたオークがどしどしと巨躯を動かし、弾幕をかいくぐって階段へと駆け上がった。

 二階の事務所のドアが破られた瞬間、悲鳴と銃声と怒号の三重奏が、倉庫の中を埋め尽くした。



 狙撃位置から移動したヘックスは、M4A1突撃銃を構えながら、目的地の倉庫へとやってきた。

 突入から数分たち、銃声も途絶えていたが、ヘックスは考え得る最悪の事態――ガスの死だけは考えなかった。この程度の無茶で死ぬほどの男でないと、ヘックスは今までの仕事で知っている。

 倉庫の中には複数の貨物用コンテナがあり、倉庫を見下ろせる二階は窓がすべて割れて、恐らく死体であろう人間の上半身が窓からぶら下がり、流れ出た血がコンクリートの床に水溜りを作っていた。やがて、糸が切れたように死体が一階へと落ちていき、静かな倉庫の中にどさりと大きな音を立てた。

 二階の階段から、見知った顔が降りてくるのを見たヘックスは、構えていたM4A1の銃口を下ろした。

『ルタノの連中は?』

「全員死んだ、真正面から連中が待ち構えている中に突入しちまったよ」

 ガスはそう伝えると、手にしたAA-12の弾倉を交換した。

「……とりあえず、生きてる奴はもういないはずだ」

『例のボスのアンディはどうなった?』

「見てないな。そもそもここにいなかったか、どこかに隠れているか、さっきの乱闘で顔面ごとぶっ潰した死体に混じってるか、そのどれかだ……お前は倉庫から出てくる人影を見なかったか?」

 ヘックスは『見てない』と答えると、再びM4A1を構えてあたりを見回した。

「もう一度、事務所の中を見てくる。ここの捜索は任せたぞ」

 ガスはそう告げると、再び階段を上がって二階の事務所へと向かっていった。

 ヘックスは、倉庫の中にあったコンテナを調べる事にした。

 数個あるコンテナは、どれも電力が通っていないのかコンテナのすぐ隣には発電機とガソリン缶が置かれ、配線が中に伸びていた。

 とりあえず、ヘックスは手近なコンテナのドアを開けると、すばやくM4A1を構えた。

『……ほう』

 ヘックスは、コンテナの中を見て声を上げた。


 その隣のコンテナでは、今まさにここの最後の生き残りが、静かに脱出の機を窺っていた。

 電気も落とし、扉も閉じたコンテナの中はさきほどの銃撃戦の流れ弾で出来た弾痕から漏れる、微かな灯りだけが薄暗闇を作り出していた。先ほどの銃撃戦から辛くも逃げ延びた最後の1人――アンディは、片手に握ったチーフ・スペシャルのグリップの感触を確かめながら、ごくりと唾を飲みこんだ。

 全身に緊張感が巡っていた。いまや築き上げてきた組織が崩壊した事に対する喪失感よりも、ここから生きて出るという切実な問題がアンディの頭を支配していた。

 ブルーピースの調合人である少女は、アンディに細い手首をがっちりと掴まれている。生き残りは今やアンディ含めて2人のみだった。

「……まだだ、まだ大丈夫だ……まだ……」

 アンディは自分に念じるように、ぶつぶつと呟いていた。

 仮にここがつぶされようとも、自分の命があればそれで良かった。彼は、この近隣の山の奥に自分の資産を埋めていた。それさえ手に入れば、こんな州をおさらばして、懐かしきニューメキシコの我が家へと帰れる。さらに、ここにいる少女を生かして連れ出しさえすれば、また1からのスタートになるが組織を立て直す事も出来る。

 自分に言い聞かせるように最後の希望を頭に浮かべていたアンディだったが、外にいる襲撃者の足音が、隠れているコンテナに近寄ってきているのは明確だった。

 がこん、とコンテナのドアが動き、開かれる。

 意を決したアンディは、少女の身体を引き起こすと、立ち上がった。

「動くな!!銃を捨てろ!!」

 アンディは大声で叫んだ。盾にするように抱き込んだ少女の頭にチーフ・スペシャルの銃口を押し付け、撃鉄を引き起こす。

 扉を明けたのは、異質な人影だった。アンディは思わず息を呑んだ。

 強化外骨格とアーマー、そして顔全体を覆い隠すフルフェイスの防弾ヘルメットに身を包んでいるヘックスは、アンディにとって死神に見えるのも同然だった。ヘックスは、アンディを見てM4A1を構えながら、ゆっくりと後ずさった。

 アンディはコンテナから出ると、銃口をぐいっと少女のこめかみへと押し付けて威嚇した。

 ヘックスが渋々、手にしていたM4A1を捨てる。地面に転がった突撃銃を見つつも、ヘックスは大人しく指示に従った。

『捨てたよ。満足かい?』

「……お前らの仲間がいるだろう、あと何人いる」

『さあ。オークの連中もほとんど壊滅したらしいし、あとは私たち2人くらいだろう』

 アンディは、キョロキョロと周囲を見回すと、少女を盾にしながらじりじりと出口に向かって後ずさる。

「ならお前のお友達にも伝えろ、俺を追ってきたらこいつを殺す、何か変な事をしてみろ、同じくこいつの頭を撃つぞ!」

『伝えるも何も、お前の後ろにいるよ』

 ヘックスの声を聞いた途端、アンディが思わず後ろを振り向いた。

 そこに立っていたのは、ガスだった。アンディは反射的にチーフ・スペシャルの銃口をガスへ向けようとするが、その一瞬をも上回るスピードでガスはアンディの腕を掴んだ。万力のようにがっちりと腕を固定され、上へ向けられると同時に撃鉄が落ちたチーフ・スペシャルが火を噴き、倉庫の天井に弾痕を穿った。そのまま手から零れ落ちたチーフ・スペシャルが、床を転がった。

 ガスは拳を思い切り握む。メキメキと音を鳴らして、アンディの右手がへし折れていった。

「ぐぁっ!?がぁっ、あああっ!!」

 悲鳴を上げるアンディを尻目に、ガスはアンディの左手から少女を引き剥がすと、右手を抱えて蹲ろうとしていたアンディの顔面へ蹴りをぶち込んだ。硬い軍用ブーツの靴底で思い切り顔面を蹴られ、鼻の骨を折られたアンディはそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 体中を駆け巡る痛みに絶えながらも、アンディは鼻から血を流し、ぐらぐらと揺れる意識をしっかりと繋ぎ止めようとしながら、今すぐに逃げようとする。

 だが、ヘックスは腰のホルスターからガバメントを引き抜くと、そのまま撃鉄を引き起こし、這いずり回るアンディの太もも目がけて銃弾をぶち込んだ。乾いた破裂音と共に、ズボンの繊維と肉を裂いて.45口径の弾丸が太ももに穴を穿った。

「がああっ!!あぁぁぅぁああ……」

 悲鳴を上げてのたうち回るアンディを、ガスとヘックスが見る。視界に移っているのは、無様に転げ回る哀れな男の姿だけだった。

『時間稼ぎには十分だったな……こいつがアンディか?』

「そうらしい」

 ガスはスリングベルトで肩から吊ったAA-12のグリップを右手に握った。

『よしなよ、人質取るようなクズ相手じゃ弾代が勿体ない。既に.45口径を1発無駄にした』

「……それもそうだな」

 ふと、ガスは隣に立っている少女に視線を移した。

 ぼろぼろのワンピースと痣だらけの顔と身体、そしてアンディへと向けられる憎悪の目を見てから、ガスは少女へ声をかけた。

「お前の飼い主か?」

「……」

 少女は無言で頷いた。

「ここから出たいか?」

 ガスの問いに、またも少女は無言で頷いた。

 ヘックスは少女の返事を聞くと同時に、ガバメントの安全装置をかけ、ホルスターへと収めてから辺りを見回した。

「どう“料理”する?」

『この場所ごと焼こう。それが一番都合がいい』

 うめき声を上げ、血だまりの中でもがき始めるアンディを尻目に、2人は準備を始めた。

 コンテナの横に置かれたドラム缶――発電機用のガソリンを見つけたヘックスは、ドラム缶を転がすと蓋をはずした。

 ガソリンの臭いが辺りへ充満し、押し寄せたガソリンがアンディの身体にかかった。

「やめろぉ、お願いだ、止めて、止めてくれ」

 血とガソリンまみれになるアンディを前に、ガスは近くに転がったチンピラたちの死体を探り、ズボンのポケットから、ジッポーライターを取り出した。

『……そこは火の付いた煙草を取り出して“さよなら”と言いながら投げつけるべきだ』

「俺は煙草は吸わないんだ」

 ガスは火が付くのを確認すると、床に広がりつつあるガソリンの水溜りへ足を向ける。

「や、止めろ!金ならやる!頼む!見逃してくれ!やめろ、す、すまなかった!命だけは」

 命乞いを続けるアンディを前に、ガスはため息を吐いてから、冷たく言い放つ。

「あばよ、何かあったら地獄で言いな」

 ガスの手から零れ落ちたライターが、火をともしたままガソリンの水溜りへと落ちていった。



 燃えさかる倉庫を後にしながら、ガスとヘックスは倉庫街を後にしていた。

 消防車とパトカーのサイレンが遠くから響き渡っているが、州警察の対応からして見ればまだ早い方であった。屋上に置いた武器と装備、薬きょうまで回収する時間を稼げた2人は、用意した逃走車両に乗って、後は現場から立ち去るだけだった。

 おそらく、警察は現場の状況からルタノファミリーの襲撃を受けた麻薬組織が銃撃戦の果てに殺しあったと見るだろう。中にあった麻薬精製設備は灰塵に帰し、焼け跡から見つけ出した死体を見てから、よくある抗争事件として処理されるのだ。ニュースを騒がせるだろうが、すぐに関心は失われる事は明白で、殺しあったクズたちはたちまち人の記憶から消えていく。オルデンヒルではよく見かけるニュースだった。

 問題は、その現場から薬の調合師が消えていた事だった。


 ガスは少女を車の後部座席に乗せた。少女は痣だらけの顔ながら、ほっとしたような、安堵した顔を浮かべている。ガスはエンジンを掛けて車を走らせた。

 助手席に座るヘックスがシートベルトを締めながら、後ろへ顔を向ける。少女は、顔が見えないフルフェイスの防弾ヘルメットを見て、思わずぎょっとした。

『ああ、大丈夫だ。これは保身と保護の為でね。私はヘックス、君の名前は?』

 ヘックスの合成音声を聞き、少女は一瞬の間をおいてから、小さな声で答える。

「……ライファ」

『よし、ライファ。君がブルーピースの製造に加担していた事はともかく――』

「は?」

 ガスは、ヘックスを見ると思わず声を上げた。

「この子供が?ブルーピースの製造者だと?」

『前を見て運転してくれないか』

 ヘックスは一言だけ注意をした。

「どうして私が、あの薬を作ったと?」

『気を悪くしないでほしいが、さっき殺した連中は君を“楽しむ”ような連中はいないように見える。それに、コンテナの中に入っていたのは魔術関係の仕事をする人間の仕事場だった、殺してきた連中にそれを使える頭脳の奴は恐らくいない。ここまではあくまで推測の範疇だ、消去法のね』

 ヘックスの言葉に、警戒を解いていたライファがかすかに強張りはじめる。

『次に、キミの指を見てわかった。何かしらの虐待を受けている跡があるが、両手にはその傷がない……商売道具に関わる重要な部位だからだ、そこを怪我したら使えないから手を出さなかったという感じだ。それに、腕にかすかにブルーピースの粉が付いている。手首の辺りだから、恐らくあの銃撃戦が始まるまで、ゴム手袋でも付けて仕事をしていたと思える』

「……」

 ライファは何も言わなくなった。沈黙を受け取ったヘックスは『図星だろう』と呟いた。

「私を、これからどうするつもりなの」

 ライファは覚悟を決めたような口調で呟くと、ヘックスを見た。

『ルタノファミリーは今の時点では何も知らない、だが、君がブルーピースの製造者と解れば容赦はしないだろうね。もちろん市警察の麻薬捜査課や、麻薬取り締まり局の連中が君を製造者だと見破ったら、多少の酌量はあるかもしれないがそれでも罪は免れないだろう。だが、今ここで逃げ出して都会の闇に消えれば、君を追う者は誰もいない、好きにすればいいさ』

 ヘックスは一通り説明をしてから、改めてライファの顔を見た。

『ただまあ、もしも君が、この違法な家業に肯定的なら、思う存分活躍できる場は存在する。そこで働くというのも一つの手だろう。何しろ私たちの組織は魔術関係に強いヤツが欠けているからね。君のような人材は歓迎しているよ』

「おいヘックス!こんな子供相手に……」

「やります!!」

 ガスが反論を仕掛けた瞬間、ライファは車内を埋めるような大声で叫んだ。

 あっけに取られるガスは、運転しながらバックミラー越しにライファを見た。その瞳は、覚悟を決めて吹っ切れたような目で、ガスの相貌をミラー越しにじっと見ていた。

「……いいのか?死体になって転がってもおかしくない仕事ばっかりやるんだぞ」

「いいんです。私はどうせ、あの場所で一度死んだ身なんです」

 語気を弱めないライファの声に、ヘックスは『わかった』と答えると前を向こうとする。

「その前に、顔を見せてください」

『顔?』

 ヘックスが思わずライファに向き直った。

「私の信条なんです、顔や名前を隠すような人間には付いて行くなと、母から……」

『しょうがないな』

 ヘックスはそう呟くと、身を乗り出した。

 それから、ライファの目の前で、防弾ヘルメットのバイザーを上げた。ライファが顔を確認したのを見てから、ヘックスは再びバイザーを下げた。

『皆には内緒だぞ』

「……はい!」

 2人のやり取りを運転しながら見ていたガスは、内心そわそわして仕方なかった。

「お、お前……顔見せろ!俺だって見えてなかったぞ!!」

『ガスはまた今度だな』

 ははは、と笑うヘックスを前に、ガスは精霊にでも化かされたかのような気分でハンドルを握り直した。

「そういや自己紹介がまだだったな。俺はガス、こいつと一緒に仕事をしている」

「……よろしくお願いします!」

 これから騒がしい事になりそうだ、とガスは頭を掻きながら、ボスにどう説明するか考え始めていた。



Exile on Main St. END

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