#1 Exile on Main St. PART.1

 オーディリア州の州都オルデンヒル。惑星と“地球”を繋ぐゲートから、およそ250キロ離れた場所に存在するその場所こそ、かつて栄華を誇り世界の覇権を握っていた帝国首都の成れの果てだった。

かつては帝国の議事堂を中心に、放射線状に伸びるストリートと石とレンガ造りの家が並ぶ美しい町並みに最新鋭の上下水道を備えたその大都市は、今や都市の区画と外周部を除いて様変わりをしている。


 20年前、この地にいた数え切れないほどの帝国軍勢は進撃してきたアメリカ軍によって無残にも壊滅し、レンガと石作りの町並みは絶え間なく続いた“鉄の鳥”と“鉄の箱”の攻撃で廃墟と化した。戦争が終結し帝国が降伏すると、アメリカ人は帝国の併合と共にこの都市の再建を宣言し、その言葉の通り戦後復興という名目でこの町を作り変えた。

 時間が流れ、かつての帝国の庁舎や教会と言った建物を除き、アメリカから持ち込まれた高層建築物が新市街地へ聳え立った。門の向こうから流入してきたアメリカ人と元いた帝国人――そして、人間あらざる種族たちがこの街に暮らしている。


 一仕事を終えたガスは仕事着からライダースーツへ着替え、人目に付かないよう銃をリュックへと詰め込み、バイクに跨り、エンジン音を響かせながら路地を走っていた。

 すでに夜は更けて、人通りもまばらになったストリートには数人の通行人が歩いているだけで、たまに客引きの娼婦が外灯の下で客を捕まえようと待っているだけだった。

 やがて、ガスは目当ての場所へとやってきた。

 オルデンヒルの29番ストリート。そこはお世辞にも治安がいい場所ではなかった。表通りならばごく普通の歓楽街であったが一度裏道に入れば治安の悪い別世界が広がっている。元々は都市再編の際にダウンタウンとして整備された区画であるが、治安の悪さゆえに多くの建物からテナントや住居者が逃げ出し、今やガラの悪い連中や得体のしれない商人が新たな居を構えている有様だ。

 一度入ると出れるか怪しい建物がそこら中にあり、荒れた集合住宅に入居しているのは所得の低い貧乏人のアメリカ人か夢を追い求めてやってきて辛い現実にぶち当たった移民に帝国人や非人間種という掃き溜めのような街だ。

 市警察もこんな危険な場所に関わりたくないのか、パトロールも日に数回程度であり治安の悪さに更に拍車をかけていた。尤も、市警察の監視が少ないこの場所は、多くの犯罪組織が事務所を構えるにはもってこいの場所でもあった。

 そんな29番ストリートの一角。ビルとビルの隙間に建つように、小さなビルが挟まっていた。4階建ての鉄筋コンクリートのビルで築12年、地価の低いオーディリアらしいリーズナブルな安物件だ。狭い出入り口には英語と帝国語の両方で「人材派遣会社 トライデント」と書かれている。

 ここがガスの職場だった。人材派遣会社と大層な名前が付いているが実際には何でも屋に近い会社であり、社員の数も両手の10本指で足りるか足りないかくらいの小さな組織だ。入り込んでくる仕事は殆どなく、閑古鳥が鳴いているし、たまに仕事が入ったとしても引越しの手伝いだとか下水道の清掃だとか、種族間トラブルの仲裁など、控えめに言ってもショボいものばかりだ。

 だが、人材派遣会社というのは表向きの顔であり、それとは別の本来の仕事が存在する。裏社会における何でも屋、殺し屋・逃亡用ドライバー・違法魔術師・傭兵……そういったフリーの連中を依頼主の元に派遣したり、または表立って行えないような裏の仕事を代理で頼むという、裏の仕事を引き受ける会社なのだ。

 尤も、似たような会社はオルデンヒルを問わず、このオーディリア州のどこにでも存在した。戦争前から何百年と続く盗賊ギルドやオークの蛮族団の成れの果て、似たような事をしているアメリカから来た人間達の中にも同じような会社を持っている奴らがいる。だが、トライデントはそれらの組織の中でも抜きん出て規模が小さく、そして伝説的であった。


 バイクを降り、エンジンキーを抜いてからヘルメットを脱いだガスは、コンクリートの階段を上がり、ガスは2階の事務所のドアをノックする。「入れ」という女の声が部屋の向こうから響く。

 ガスは事務所の中へと入った。蛍光灯の灯りに照らされ、事務机が数個と壁を囲む書類棚という、素っ気無い事務所がガスの目に飛び込んできた。

 その部屋の奥にあるデスクに、この会社の社長……ガスにとっては組織のボスと言うべき女が座っていた。

 褐色の肌に細長の耳、透き通るような瞳と美しい銀髪は、この惑星に古くから伝わるダークエルフ族の物だ。整った顔立ちだが、その目は鋭い。女物のスーツに身を包んでいる彼女は、その長耳さえ無ければ人間のキャリアウーマンと言っても差し支えなかった。

 だが、若々しいその風貌とは裏腹にエルフ族特有の100歳を越す齢を持ち、戦争時には迫り来るアメリカ兵相手に戦いを繰り広げ、占領下から併合に至るまでの混乱期に裏社会で暴れまわった、伝説的なエルフでもあった。


 ガスは手身近にあった椅子を手に取ると、デスクの前に置いて腰掛けた。

「遅かったわね」

 ボス――エルフのレインは、腕時計の針に視線を落としてから呟いた。

「予想以上に死体の処理に手間取ってしまって……ファミリーの連中から連絡は?」

「あったわ。仕事ぶりに感謝する、ですって」

 万事上手く言ったか、とガスは一安心した。

「で、殺ったのは2人?」

「人間の女と男で、いかにも無軌道な感じの若い奴らでしたよ……」

 なるほど、とレインは頷いた。

「全く、馬鹿な連中ね。よりによってあんな場所で売るなんて。ファミリーの連中もいい加減に元締めを潰してもいい頃よね」

 そういわれても、ガスにとってはありがたくも無い話だった。元締めを潰すとなれば更なる厄介ごとをする羽目になり、より危険な仕事を任される事になるからだ。

「それで、連中が裁いていたブツはどうだったの?」

「地球産のコカインではなくて、ブレンドした“ブルーピース”が10袋ほど。全て処分済みです」

「そう……」

 レインはまたか、と言った表情でガスの話を聞いていた。


 ブルーピースとは、ここ最近市場に出回っている強力な合成麻薬だ。ゲートの向こう、地球産の薬物と帝国内に自生している複数の植物から抽出した成分で作られた代物で、青色の粉になっている。溶かして血管へ注射したり、鼻で直接吸う事で摂取すると強力な快感を得る事が出来るが、依存性はかなり高く、一度手を出すと後戻りが出来ない上に、純度が高い混ぜ物無しは、並みの人間種ならば常用すれば半年も経たずに死ぬほどの強力な薬物なのだ。

 最近になって台頭してきた犯罪組織の殆どが、この手の薬物で異常なほどの儲けを出しており、それが原因で様々な抗争や揉め事の引き金となる、いわば悩みのタネのようなものだった。トライデントでも、何度かこの手の薬物の生成施設をライバル業者の依頼や市民の依頼で潰してきた過去があるが、最近では特にブルーピースが絡む仕事が多い。


「ま、お疲れ様。今日の報酬よ」

 レインは、机の引き出しから封筒を取り出してガスへと手渡した。

 それを受け取ると、ガスは中身も確認せずに懐のポケットへと入れる。人殺しの報酬にしては随分と寂しい額だが、楽な仕事だった事を考えれば納得は出来た。

 そうこうしている内に、事務所のドアが開いて、ガスが見慣れた人物が入ってきた。

『お疲れ様です』

 男性の声を合成した無機質な機械音声。

 それは、傍から見れば異質な格好であった。狼のガスと比較して、160センチほどの低い体躯だが、両手両足の関節と関節をカバーするように鉄製の器具――電力で駆動する外装式の強化骨格を身にまとい、その顔を全て覆い隠すような黒いフルフェイスの防弾ヘルメットを付けている。声をボイスチェンジャーで変換し、つま先から頭頂部に至るまで黒い迷彩服と防護アーマーで肌を全く露出させていないそれは、性別どころか何の種族であるかすら怪しい。

 それはガスの同僚、ヘックスだった。ガスと同じくヘックスの仕事は主に殺しであり、その強化外骨格で並外れたパワーで凶暴なオークや完全武装した標的などをいとも簡単に殺すのだ。ガスのような狼男や、ボスのダークエルフ、他にも人間種ではない亜人の多い会社の中でも一際奇異で目立つが、その仕事ぶりはガスと同じく極めて優秀だった。


「お帰り、ヘックス」

 レインが言葉を投げかけると、ヘックスは『遅くなりました』と答えてから、レインのデスクの前までやってくると右手から下げた黒いアタッシュケースを置いた。ケースに付いた滴が、何かの血である事を確認したガスは思わず何の仕事だったのか問うのを躊躇った。

『仕事を完了しました。多少、梃子摺りましたが』

「相変わらず頼もしいわね」

 レインはニッコリ笑うとケースを引き取り、脇へと置いた。

「それじゃあ、後は私が依頼主に報告をしておくから。2人ともお疲れ様、また何かあったら電話で呼ぶわ」

「はい」『了解しました』

 ガスとヘックスの返事が、同時に事務所に響いた。


 事務所を後にし、階段を2人で下りながらガスは不意に口を開いた。

「なあヘックス、お前なんでいつもその格好なんだ」

 ガスにとっては何度投げかけたかわからない質問だ。

『さあね。私の趣味とでも言っておくか』

 見た目に反して静かな物音で動くヘックスは、肩をすくめて見せた。

「お前まさか仕事着じゃなくて普段着もそれなのか」

『普段はもっと違う格好をしているに決まってるだろう。仕事している時だけだ』

 ガスはむむ、と言葉に詰まる。

 正直なところ、ガスにとってヘックスの装備は羨ましかった。狼としての体力や体躯で人間種以上の高い身体能力を持つガスにとっては強化外骨格など不要の存在ではあったが、あれはいざ購入し運用し仕事で使うとなると大量の維持費が掛かるのだ。そんな代物を、平気で使うヘックスを見ていると自分とは比べ物にならない貯蓄をしているのではないかと負けた気分になってしまう。

『羨ましいのかい?』

 見透かされたヘックスの言葉に、ガスは「ちげーよ」と誤魔化した。

『大体、私はガスの方が羨ましいね。背は高いし力も強いし、何よりも顔がクールだ。もっと狼である事を誇りに思えば?』

「クール……?クールなのか」

 もう何度したかも分からない不毛な会話を続けつつも、2人はストリートに出た。

 時間は夜中11時。ストリートに人影は殆ど無く、道路の信号だけがチカチカと動き、辺りは静まり返っていた。2人は簡単に別れの挨拶を交わすと、ヘックスは路肩に停めた型落ちのセダンタイプの車に乗り込み、ガスは獣人用のヘルメットを被ってから載ってきたバイクに跨り、エンジンを掛けて別方向へ消えていった。


 ストリートを外れ幹線道路に乗ったガスは、郊外にある高級住宅街の手前――中流層向けの住宅街へとやってきた。自宅である安いアパートの駐車場にバイクを停めると、すぐにアパートの自室に入った。

 電灯のスイッチを付けると、部屋の概観がすぐに浮かび上がった。ガスの部屋はシンプルで、テーブル、椅子、ベッド、ゴミ箱、テレビ、それから仕事や趣味で使う武器を収めたガンロッカーと今の生活にとりあえず必要なものだけを置いた部屋で、それ以外の物は何もなかった。

 ひとまず身体に張り付いた硝煙や血の匂いを落とすために、ガスはスーツを脱いでから熱いシャワーを頭から浴びた。

 シャワーを終えてから、尻尾も含めてバスタオルで拭きながらも、簡単な寝間着を着て、寝る前の日課である武器の整備を始める。


 リュックへとしまいこんだ愛用の武器を取り出して机に置くと、ガスはガンロッカーからメンテナンス用品を取り出して準備を始めた。

 ガスが使っているのは、OA-93と呼ばれる自動拳銃だった。自動拳銃と言っても元はM16突撃銃であり、それの全長を極端まで切り詰めた上に動作方法まで弄くった、いわばコンパクトカービンという分類に入る武器なのだ。

 普通の人間種ならば、両腕で保持するのが普通なのだが、体格も大きく獣人特有の強靭な身体能力を持つガスにとっては通常の拳銃と同じように片手で保持して撃つ事も出来た。

 当初は大げさな武器を使うことに、ガス自身も呆れてはいたが、いざ実戦で使ってみると、これが意外にも活躍したのだった。人間種ばかりかオーク種、ゴブリン種などの凶暴な標的を倒すとなると貧弱な9mmパラベラム弾、アメリカ人が好きな.45口径弾と言った破壊力に欠ける拳銃弾よりも、5.56mm弾という突撃銃の弾を使うこの銃がここぞとばかりに活躍したのだ。それでいて取り回しもよく、30発という大容量の弾倉も非常に心強いとくれば、すぐさまガスの相棒たる武器となった。

 尤も、さらに上を行く荒事をする時はこれではなくバレットの対物銃や軽機関銃を使う事になるのだが。


 ガスはOA-93の手入れを終えると、専用のホルスターにその銃を仕舞い、そのまま電気を消して、ベッドの上に転がり込み、ぐっすりと深い眠りに落ちていった。

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