BEAST & GUNSLINGER -51番目の世界-

大佐

プロローグ

 ばんっ。

 乾いた破裂音が狭苦しい路地の中で響き渡った。5.56mmの小銃弾が女の顔面にめり込み、一瞬の内に脳と頭蓋を貫通し、鮮血をばら撒いた。

 長いブロンドの髪が一瞬だけ揺らぎ、女の身体が崩れ落ちる。足元の汚い水溜りに身体が落ちた。

 後には、男の悲鳴が残った。


 厄介な事になった。銃を撃った張本人である青年――ガスは、状況を素早く整理しながら次の手を考えた。

 たった今転がった女だった肉の塊は、銃を取り出そうとしていた。その片手に握っているのは小型の自動拳銃のグリップで、明らかに銃口をこちらへ向けようとしていたのは明白だった、正当防衛の理が通るので誰かに見られても大丈夫な筈だった。

 次に、目の前に男をどうやって止めるかが問題として浮上した。男は叫び声を上げながら、踵を返して路地の奥へと走っていく。大き目のギターケースを背負った男は、見た所今殺した女と同じく若い。20代になったばかりだろう、人種は白人だ。

 とにかく、男を止めるためにガスは銃を構えた。男はギターケースを捨てて身軽になろうとして、少しだけ速度を緩めた。

 その瞬間を狙って、ガスは、引き金を引いた。

 銃声と共に発射された弾丸が、男の右太ももに命中した。ぱっ、と赤い鮮血を散らして、男が金切り声のような悲鳴を上げながら薄汚いコンクリートの地面へと倒れた。

 這いずっても、なお逃げようともがき苦しむ男を前に、ガスは銃を構えたまま男へと近づいた。

 男は観念したのか、逃げるのを止めてこちらへと身体を向けた。 

「おっ、お願いだ、やめてくれ」

 懇願する男の顔は恐怖ですっかりくしゃくしゃになっていた。短い金髪の下にある青い瞳は、涙でたっぷりと潤んでいる。男の股座からはかすかな湯気が漏れ、失禁したのかズボンを汚く濡らしている。

 ガスはため息を吐きながら、足元に転がったギターケースを拾い上げた。黒く大きな、ナイロン製の生地で出来たそれを拾い上げると、ジッパーを開けて中身を取り出した。中に入っていたのは大き目のエレキギターだった、どこのメーカーかも解らないそれを見たガスは、地面に捨てると思い切り足でギターを踏みつけた。

 軍用ブーツの硬い靴底が、プラだか木だか解らないギターを完全に破壊した。弦が千切れ、ボディーがバラバラに砕け散る。ギターを壊した瞬間に男はひっと小さな悲鳴を上げたが、愛用のギターを壊された反応ではない事をガスは見抜いていた。

「運び屋か」

 破片に混じって、ビニール袋へ丁寧に詰められた青色の粉の塊があらわになる。その小さな袋が数個、更に丸まったドル札も少し入っていた。

 巷で話題の合成麻薬である事は間違いなかった。男はついに何も声が出なくなった、ただ陸に打ち上げられた魚のようにぱくぱくと口を動かしながら、絶望に満ちた目でガスを見ている。

「か、金ならあげますっ……!何ならそのブツでも……!」

「オメー、俺がそのへんのジャンキーだと思うか、この格好で」

 呆れ果てるようにガスは呟いた。全身に纏っているのは黒の迷彩服、弾倉ポーチの付いたアサルトベストであり、そのへんのジャンキーとは到底思えない格好であったし、何よりもその片手に握った武器は、粗雑な密造拳銃でもなく、軍用のカービン銃を更に切り詰めた特殊な自動拳銃だった。

 状況が理解できていない男を前に、ガスは足元に転がった麻薬の袋に視線を落としながら、哀れな目の前の人間に説明を行う。

「ここらへんで麻薬売ってたバカはお前だな?ここが誰のシマなのか解って売ってるんだったら正真正銘のバカだな」

「あ……あ……」

 全てを察して何も言い出せなくなった男を前に、ガスはその哀れさに同情すら沸いてしまった。

 14番ストリートを仕切るルタノファミリーは麻薬禁制の、今時古風な犯罪組織だった。そのシマで今まで麻薬を捌いていた奴らはほんの一握りだったが、その一握りは全て見つけ出され哀れにも消された。その殆どが、言い訳や謝罪や取引の言葉を呟く間もなく、無残に殺されているのだ。

 ましてや強力な麻薬を売りさばいているこの男を、ファミリーの連中が直接見つけた時には目も当てられないだろう。おそらく四肢をバラバラにされて口に切り落とした自分の性器でも突っ込まれ、ストリートの外れにある生ゴミの回収ボックスか下水道の中に放り込まれるのがオチだった。

 カチカチと歯を鳴らして震える男を前に、ガスは拳銃の銃口を男の眉間に向けた。

「や、やめてくれ、命だけは」

 男の言葉が終わる前に、ガスは引き金を引き絞った。小銃弾が男の眉間を撃ち抜き、後頭部から血と脳漿の破片を汚くぶちまけた。

 派手に飛び散った血が、一滴だけガスの頬に張り付いた。

 灰色の毛――身体全体を覆うそれ――に張り付く血を、片手の指でふき取りながら、ガスは無事に仕事を終えて一息ついた。

 ガスは人間ではない、人間のように二足で立ち、人間ではなく狼の顔を持つ――狼男だった。


 二十年前、アメリカのロッキー山脈のとある場所に、正体不明の門が現れた。

 そして、その門から、この世のものとは思えない種族や人間たちが、侵略のために現れた。異世界と地球を繋ぐ扉が開かれ、ついに武力衝突が発生し、アメリカ軍と侵略者との戦争はわずか5日間で決着がついた。

 多数の屍の山を押しのけ、アメリカ軍は門の向こうへと進軍し、ついに異世界への逆侵攻作戦が実施された。異世界の向こう、アメリカを侵略した敵国である「帝国」は短時間で崩壊し門はアメリカ軍に確保され、人類と未知の世界とのファーストコンタクトは人類の圧倒的勝利で幕を下ろした。そして、帝国はアメリカの51番目の州――オーディリア州として併合された。


 これは、51番目のアメリカと、人でなきアウトローたちの物語。

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