第2話 学校でウンチするの恥ずかしかったけど、転移したら解決しちゃいました
ぼくの名前は鈴木ゆうき。小学校五年生だ。
今、ぼくは大きな問題に直面している。
「あと……三分くらいかな?」
掃除が終わって帰りの会で先生が何かを言ってるけど、ぼくの頭には入ってこない。にぎった手には汗がにじんでいる。早く……早くおわってよぉ……。ぼくは思わずそう叫びそうになるのを必死でこらえて鼻から息を吸っては吐いた。
「はい、じゃあみなさん、今日はこれでおしまいです!」
担任の百合子先生がそういうと日直の太郎君が元気な声で号令を言った。
「きりーつ、ちゅーもーく、れーい、先生さよーならー」
「さよーなら!!」
クラスのみんなが太郎君に続いて声を出す……ぼくはそんな余裕がもうないので頭を下げるだけですませた。ランドセルを引っつかむと、ぼくは素早くろうかへ飛び出す。後ろから健太君が声をかけてきた。
「ゆうきー! 校庭でドッジやろうぜー!」
「ごめん! 今日はむりー!」
ぼくは友達の健太君のせっかっくのおさそいを断って学校の外へ出た。学校から家までは歩いて二十分、走れば十五分は切れるだろう……でもそれは調子の良い時だけだ。なんでかって? それは今ぼくが腹痛にみまわれているからさ!
そう、腹痛だ、盲腸や生理では断じてない。この痛みと肛門に掛かる負荷は間違いなく下痢から来るものだ。
何処で間違った——。
何を間違った——。
今朝食べた常温放置五日目の熟成カレーか? はたまた給食中に牛乳早飲み競争を太郎君とやったせいか? 今のぼくにはわからないけど……言える事はたった一つだけだ。
「トイレに行きたい!」
ぼくは全速力を出せない。お腹にしん動が行って痛みの原因がナイアガラの滝の如く下流に下ってしまうからだ。ぼくの頭はそれを阻止しようと、ひっきりなしにエマージェンシーコールを鳴らしている。
ぼくはスキーで滑る八の字の様な格好でシャカシャカと走った。なれない動きであっという間に膝に乳酸がたまるけれどそんな事は気にしてはいられない。早く家に帰ってトイレに行かないと……。
なぜぼくが学校でトイレに行かなかったのかというと、恥しいからだ。トイレで大きいのをしているとすぐに分かってしまう。そうすると男子達はみんなでからかって来るのだ。そんな事になってしまったらぼくはもう学校へは行かれない。
「信号おぉ! 早く変わってよぉ!」
ぼくの悲痛な叫びが車の走行音でかき消される。
クソッ! どいつもこいつも法廷速度十キロもオーバーしやがって! 社会のルールを守れないクズは死んでしまえ!
トイレ行きたさに性格が凶暴になりつつある。これはいよいよ不味い事態だ。
ぼくが交差点の信号の前で内股でモジモジしていると不意にどこからか声が聞こえてきた。
「そこの君!なぜさっきトイレに行かなかったんだ?」
「え……どこからか声が聞こえる……ついに幻聴まで聞こえるようになってきたか……」
ぼくはトイレ行きたさに、ついには幻聴まで聞こえてきてしまったようだ。いよいよ限界が近いらしい。
しかしここで諦めるわけにはいかないんだ!
「鈴木ゆうきくん、私は君の幻聴じゃないんだよ……うんちを学校でするのは恥しい事じゃないんだよ」
「え? そうなんですか? でもぼくはあなたの考えに賛同できかねます! やっぱり恥ずかしいもん!」
「君には少し教育が必要だね……カミである私が君に試練を——」
あ! 信号が赤から青に変わった! 渡らなきゃ!
ぼくは急いで横断歩道を渡ろうとした。でもあせっているせいで石につまづいて転んでしまう……ああ! 転んだ拍子に漏らしちゃう!?
思わず目を瞑ってしまったけどいつまでたっても衝撃が来ない。おそるおそる目を開くと…………。
なんと見た事もない景色が目の前に広がっているではないですか!
「どこココ? というかあれ? ぼく……宙に浮いてる……!?」
なんということでしょう!
自分の体をよく見てみれば、上半身が空中に浮いてるではありませんか!
しかもみぞおちより下の下半身が無くなっている!?
これは由々しき事態です!
いくら体をジタバタ動かしてみても、まったく体は動かない。
しかも体を動かしたせいでまた”下りて”来てしまった。
まずい……マズイ……不味い……!
チチチッ——と鳴きながら小鳥が空を飛んでいく。
珠のような汗が吹き出てきて、ぼくの額を伝い目の中に入り視界をふさぐ。
晴れ渡る空——吹き抜ける風——なびく草原——汗でさえぎられる視界——……。
ぼくは、その視界から眺める景色を「あぁ狐の嫁入りみたいだなぁ」と思った。
グーギュルウーウウウン——……。
キタ! 第三波だ!
体を振動が伝わり頭蓋の中にある耳骨に振動が伝播。無慈悲な現実をぼくに叩き付ける。
ああ……もう我慢できない!!
そんな時、カサリ——っと背後で音が聞こえる。
「enasu orugj tiaga erujamon taresuthika?」
背後から聞きなれない言語が聞こえる。まさか異世界の住人さん!?
誰でもいいからぼくを助けて!
「すみません! ぼくトイレに行きたいんです! この状況を何とかしてください!」
ぼくは姿の見えない相手に必死に懇願する。もう形振りなんてかまっていられない。今はこの状況を打開する為に頼れるものには何だってすがる。
背後の存在がぼくの眼前に回りこんできた。その時ぼくの時間は止まった——。
ものすごい可愛い女の子がそこにいたからだ。
まるで神の作った人間の最高傑作と言わんばかりの人だった。
「awe rougi somikakufda reinamoti towrekural」
その女の子がぼくの頭に手をあてる。白磁の様な滑らかな手を——。
風がぼく達二人を撫でるように吹き抜ける。
ぼく達は互いに見つめあったままだ。
「聞こえますか? 私の言ってる事……分かりますか?」
「え!?」
聞こえる。ぼくの頭の中に女の子の声が響いてくる。その声がちゃんと理解できるようになっている。
すごい! これがよくライトノベルに出てくる魔法ってやつか!
ぼくは驚きのあまり思わず肛門の力が緩みそうになるが、すんでの所で力み直す。危うく漏らす所だった。
女の子はそんなぼくの事なんかにはお構い無しに頭の中に語りかけてくる。
「魔法解析で貴女(あなた)の事は把握しました。このゲートを拡張しますので其方の世界へお戻り下さい」
「戻れるの? やったあ!」
女の子の体が光を纏う。するとがっちりはまっていたぼくの体がいくらか動くようになる。女の子がぼくの頭を押すと——。
スポン!
ぼくの体はワインのコルク栓を抜いたかの様に後ろへ行き、無事にぼくの世界へ戻ってこれた。
ぼくのいた空間にはそのまま胴体一つ分の穴が開いていた。ぼくはそこに顔を近づけて覗き込む。女の子の姿がまだ見えている。助けてもらったんだからちゃんとお礼言わないとね。
「だれだか分からないけれど助けてくれてどうもありがとー!」
「ar torumia koreu masakureiwa」
女の子が手を振っているのが見えた。きっともう会うことはないんだろうな……今生の別れってやつなんだろう。
すると穴がどんどん小さくなってやがて消えてしまう。後に残されたぼくはまだ穴のあった場所を見つめて——。
ぐ〜グルギュウウウ〜GRRRRR……。
「はう!」
まずいまた便意が! もう家まで持ちそうにない!
ここから学校までは二分、家までは十分以上掛かる。もう学校まで戻ってトイレに行くしか救いの道は残されていない。もう放課後だし校内には人も少ないだろう。校庭で遊んでいる人もいるはずだけど、トイレでニアミスなんて事は起こらないだろう…………ぼくは意を決して学校のトイレに向かった。
「もっもう無理だ!」
ぼくは学校に着くと靴も履き替えずに校内へ上がり廊下を走る。壁には色あせた「走るな!」のポスターが貼られている。学校のルール?そんなものはクソ喰らえだ。この危機的状況でそんなもの守っていられるか!超法規的措置というものが分からないわけじゃないだろう。視界にトイレの扉が見えた。
「着いた! ゴール!」
ぼくは手前側の男子便所の扉を開けると入ってすぐ左手にある洋式トイレに入る。鍵を掛けてズボンを下ろし勢い良く座る…………間に合った。
人生最大の危機を乗り切ったぼくはこれから先どんな事が起こっても、うろたえたりなんかしないぞ!
そう……これ以上の困難が来ない限りは。
「ふー出た出た」
ぼくはそう言って備え付けてあるトイレットペーパーに手を伸ばす……無い。
無いのだ……トイレットペーパーが。
「おいおい……」
ぼくは座ったまま屈みこんでズボンのポケットに手を入れる。ちゃんとポケットティッシュは持っている。少し焦ったじゃないか。ぼくはお尻を拭こうとする。ちなみにぼくは座った状態で股を開きお尻を拭く派だ。そんな事はこの際どうでもいい。こんな所を誰かに見られる前にとっとと出て行かなければ——。
「おい誰かトイレでウンコしてるぜー!」
しまった……この声は健太君!?
扉の向こうから健太君の声が聞こえてくる。他にも男子が数人いるみたいだ。
「誰が入っているか見てみようぜ!」
「えーやだよ、言いだしっぺの健太がやれよ」
「ちぇわかったよ……よっこいしょ」
健太君が天井付近の隙間から顔を出して覗いてきた。ぼくは下半身が露出した状態を健太君に見られてしまう。
「え? ゆう——先生ごめんなさい!」
健太君は突然そんな大声を出す。他の男子たちはみんなバーッと逃げて行ってしまった。ぼくは静かになった事を確認して、お尻を拭いてトイレを流し、ズボンを履いて外に出た。扉を開けると健太君が気まずそうに立っていた。
「その……ごめん……まさかゆうきが入っているなんて思わなかったから……」
「いいよ別に、もうすんだ事だもん」
「そっか……悪かったな……じゃあな!」
そう言って健太君は走り去ってしまう。ぼくだけがトイレに立っていた。
それからというもの。ぼくは学校でウンチをするのに何の抵抗も無くなっていた。漏らすよりは全然マシだもんね♪
他の人たちがからかって来たりもしたけれど、ぼくは「だから何?」と言い返すと一週間もしないでそれが無くなった。
ああ今日も快便だ! 以前の自分は何だったんだろうか、たかが学校でウンチをする事に恥ずかしいと思っていたなんて。本当に馬鹿みたいだ。異世界に繋がる穴にはまったおかげでこんな素晴らしい事に気が付くなんて!
あの女の子には感謝しないとな。そんな事を思いながら今日も快便ライフが過ぎていく。
一年後。
「今日はみなさんに転校生を紹介しまーす!」
「え? こんな時期に転校生?」
「太郎君、こんな時期も何も今は四月後半よ」
「あ、先生ちょっと言ってみたかっただけです」
「じゃあ入ってきて、エナちゃん」
教室の扉が開けられる……そこにはあの異世界の女の子が立っていた。
「エナちゃんはまだ日本語が上手く出来ないからみんなで助けてあげてね」
「エナていいます、よろしくおねあいします」
ペコリと頭を下げるエナちゃん。視線が合った。何でエナちゃんはこんな所にいるんだろう?
「エナちゃんの席は窓際の一番奥のあいてる所よ……ってエナちゃん?」
エナちゃんが指定された座席とは反対方向に歩き出す……そうぼくの座っている方へと……。
エナちゃんがぼくの頭に触れ喋り始める。みんなにはきっと意味が分からないんだろうな。
「やっとお会いする事ができました」
「どうやってこっちに来たの?」
「私の持っているチートスキル『ワールドジャンプ』を使いました」
「そんなのもあるのか……でもどうしてわざわざこっちに来たの?」
エナちゃんがモジモジとしている。
「私……貴女に一目惚れしてしまったんです!」
そう言ってエナちゃんはぼくを抱きしめるとキスをしてきた。
教室中が大騒ぎになった。
周りが五月蝿いけれど今はどうでもよかった。唇が柔らかいなぁ。
異世界の穴にはまった事でぼくの価値観は大きく変わり、トイレでウンチをしても恥ずかしいとは思わなくなっていたし、覗かれても別にどうでもいいと思うようになっていた。しかも異世界からやって来た女の子が、ぼくの彼女になったのだ。これ以上幸せな事はないだろう。
今日もぼくは快便ライフを満喫する。
「どうだい? ゆうきくん、学校でウンチするなんてどうって事無かっただろう?」
「はい! ありがとうございます! カミさま!」
ぼくはとても大事な事に気が付かせてくれたカミ様に感謝する。
「さあ! みんなも恥ずかしがらずに学校のトイレでウンチしようよ!」
完
毒肝二兎 作
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