シャッターを切る、言葉を紡ぐ。

 彼女はいつだってカメラを持ち歩いていた。華奢な彼女にぴったりの比較的小型の一眼レフカメラだ。

 散歩のときも、ちょっとそこまでコンビニというときも、もちろん遠出のときも、彼女はカメラを持ち歩いていて、僕を撮ったり、景色を撮ったり。そして、彼女は気に入った写真を印刷までして、お手製のノートに貼り付け、ペンで何かを記録する。


「記録するようなことなんてあったっけ?」


 彼女の行動を見る度に問いかけるが、彼女は嬉しそうに「あるよ」と答える。少しずつ厚さが膨らむノートをパラパラと捲っては、小さな女の子がお気に入りの人形を抱きかかえるようにノートを胸元に寄せるのだ。


〈11月28日 夜中にアイスが食べたくなって、一緒にコンビニに行った。ハーゲンダッツを大人買いした。3個ずつ。協力して全種類食べれるように被らないようにして買った。〉


〈11月29日 月が綺麗に出ていた。月が綺麗だねって言ったら、ありがとうって返ってきた。間違いじゃないから、どういたしましてと返したら「えっ」って返ってきた。〉


 中身を見てみても、変わったものなんてない。特別なものもない。他愛ない至って普通の日常。読んでみて、そういえば、そんなこともあったっけかと記憶を辿るようなものばかりだ。

 わざわざ書くようなものでもない。でも、これが彼女の小さな趣味だと理解していた。1日も欠かさずに撮って印刷して嬉しそうにノートに貼り付けるこのルーティン。理解しているが、どうしても気になることから逃れられなかった。


 今日選ばれた写真は、2人で近所のスーパーへの買い出しの帰り道のもの。ずっしりした買い物袋を持つ僕の手元だった。


「なんでこれなの?」

「忘れたくないから」


 彼女の答えは早かった。早くて真っ直ぐだった。


「何を忘れたくないの?」

「このこと」


 彼女は写真の下の余白にペンで言葉を連ねる。


「大事にしたい記憶なの」


 向き合っていた場所から彼女の隣に移し、ノートの中を覗く。


〈12月23日 明日のためにと気合を入れて買い過ぎた。大きな買い物袋を2つも使った。彼がほとんど買ったものを詰めてくれた。「片方は持ってね」と渡した買い物袋は量の割に軽かった。彼は当たり前のように手を赤くして重たい買い物袋を提げてた。〉


「気づいたから、ちゃんと忘れないようにしておきたいの」


 彼女は赤くなる僕に気づいてくすくす笑った。


「気付いても、嬉しくても忘れちゃうかもしれないから。それは嫌だからちゃんと残しておきたいの」


 記憶には大きいものも小さいものもある。人生1度だけのビッグイベントも毎年繰り返される行事も毎日繰り返す日課もたまたま起こった出来事も、それは等しく記憶の一つだ。


「何もない日も、私にとっては残しておきたい記憶なの。それが幸せなんだ」


 くすくす笑う彼女の耳は赤かった。

 次の日、僕は新しいノートとペンを買った。彼女に向けるのは、まだスマホだけど、そのうち電機屋に行く予定だ。





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